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『公園物語』 その1

『公園物語』 その1

移住した僕は、公園の草刈りから始めた。

真夏の団地の近くの公園は、雑草が生えまくっていて、誰も中で遊びたがらないことが容易に想像できた。
ただでさえ陸の孤島と呼ばれるほどの田舎町で、子どもが年々少なくなってきているのに、公園がこの状態ではどうしようもない。
行政に頼む、街の組合みたいなものに頼む、などなど考えてみたがどうにもめんどくさくなって、とりあえず自分でやろうということになったのだ。
毎日

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小説『走る。』 最終回

小説『走る。』 最終回

 十年後……。
おれとりこはフランスのパリにいた。

パスターパウロの知り合いの神父が、二人の評判を聞いて、それぞれの作品を見て気に入り、大聖堂に飾る絵を依頼してくれたのだ。
どうせなら夫婦二人の合作として描いてほしいということになり、二人でパリに来てもう二週間になる。

薄暗い中、ステンドグラスを透った太陽の光と静寂と共に作業を進める。
「その感じいいね。おれ好きやで」
絵は二人でキャンバスを半

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小説『走る。』 9話

小説『走る。』 9話

 土曜日になった。

あの日曜日以降もずっと描き続けた。
あの日を境に描きたい絵のイメージも描きあがる絵も徐々に変わっていった。
水曜日だけ会社を休んで描いた。
仕事は嘘のように平和で、何をしたかもあまり覚えてないほどだった。
今度は絵画教室に行くことにした。
描いた絵を持って行って仙人に見てもらおうと思った。

教室につくと一週行かなかっただけなのに、ずいぶん久しぶりな気がした。
いつも通りにウ

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小説『走る。』 8話

小説『走る。』 8話

 そこからの一週間は描きまくった。

浮かんだアイデアもあいまいなものなので、何回もスケッチをしては描き直した。
教室で仙人にアドバイスをもらうことも考えたが、これは一人でやるべきだ、やりたいと思った。

りことわかれて、そこから家に帰り、すぐにスケッチブックを取り出した。
朝まで描いて、寝て、起きてからも描いた。
月曜と火曜も、どうしても絵以外のことをしたくなくて、体調不良と言って会社を休んだ。

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小説『走る。』 7話

小説『走る。』 7話

完成した絵は教会の入り口のところに飾られることになった。
りこの絵は絵画教室で題材を見て描くような実在するものを描いてあるわけではなかった。
近くで見るとわけがわからないような、いわゆる抽象画というやつだ。
しかし一歩離れて全体を見ると、感動した。

真ん中には曲の中で感じたような真っ赤で熱いものがある。
炎のようにも見えるし、そうでないようにも見える。
その周りは希望があふれているような温かい色

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小説『走る。』 6話

小説『走る。』 6話

あっという間に一週間が過ぎた。

ライブペイントの日。土曜日。
教会には、絵画教室の後にりこと一緒に行くことになった。
教室ではだれかわからない石膏像の絵を描いた。
影をつける色の塗り方を教わった。
少し色を暗くして重ね塗りすることでグッと奥行きが出てリアル感が増す。
じっくり二時間、描くことができた。
作品として完成はしなかったが、またグンとうまくなったような気がした。

教室の時間が終わり、片

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小説『走る。』 5話

小説『走る。』 5話

週が明けると仕事が忙しくなっていた。

客先で商品の不具合があったのだ。
その回収やら謝罪やらで、自分の客先のみならず、ほかのところにもヘルプで行かなければならなかった。
残業に残業が重なり、土日には出張が入り、とても教室に行く余裕などなかった。

その次の週には少し落ち着いた。が、それでもまだ忙しく、土曜日にも仕事が入り二週連続で教室には行けなかった。

忙しさの中で紗良さんの顔を思い浮かべては

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小説『走る。』 4話

小説『走る。』 4話

 帰り道、いつもの土手を歩いて帰る。
土曜日の午後、人は少ない。
最後に仙人に言われた言葉を考えずにはいられず、頭の中でくるくるとさせながらふらふらと帰っていた。その時、
「あ! 紗良さん!」
今日は紗良さんをデートに誘おうと思ってたんだった。すっかり忘れていた。急に思い出して声に出してしまった。

もやもやしてきて、
「よし、戻って誘いに行こう!」
と、つぶやいて振り返るとそこにはあの、教室で睨

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小説『走る。』 3話

小説『走る。』 3話

 一ヵ月が経ち、
早くも絵画教室が毎週の楽しみになっていた。

就職でこっちに来たから同期以外に仲のいい人はいないし、休日に予定もない。週に一度の楽しみとしてはちょうどよかった。

 絵はどんどんうまくなった。
家でも暇があれば描いた。
それでも周りの学生たちやプロと呼ばれる人たちには追い付ける気がしなかったが、仙人の教えは毎度目からウロコだった。
構図や光の扱い方、筆の流れなど、知るたびに納得で

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小説『走る。』 2話

小説『走る。』 2話

絵画教室は週に三回やっているらしい。
平日は夕方、土曜日は午前中から昼過ぎまでやっているということだった。
あの日はたまたまヌードデッサンの関係で平日の午前中にやっていたのだ。

運命の彼女の名前は紗良さん。
ヌードモデルというわけではなく、この教室の生徒で、バイトとして時々ヌードモデルをしているらしい。
あの時は堂々として見えたが、よくよく聞いてみるとすごく恥ずかしかったらしい。
それを聞いた瞬

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小説『走る。』 1話

小説『走る。』 1話

 その時、心臓をグッと掴まれた。
 その時、キュウンと絞られる音がした。
 その時、時間が止まった。

 目の前の景色が吹っ飛ぶ。
アクション映画でおっきなガラスが割れる時のように派手に。
真っ白な世界に彼女一人が立っていて、彼女から放出される魅力の針が心に刺さったような、そんなふうに見えた。

 おれにとって恋とは、逆境のことだ。
彼女は坂の上、こっちは坂の下にいた。
一瞬だけ目が合った。

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小説『洋介』 エピローグ

 帰り道。
落ちている石を、おもむろに宙に浮かせる少年。
背負うランドセルより高く石は浮かびあがり、そしてクルクルと回る。

 秋、夕日がかった河原、周りに人はいない。

 土手の上から河原を見渡しながら、少年はこの一年のことを思い返す。
一年前のあの日、夕日が心に刺さったあの瞬間にすべてが始まったのだ。
あの日から世界の見え方が、感じ方が、広さが変わった。

「おーい!」
後ろから声をかけるもう

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小説『洋介』 最終回

小説『洋介』 最終回

 帰り道。今日は一人。
ゆっくりと朝の閃きを見つめなおす。

頭の中は水の様な透明で、澄んでいる。
心地がよかった。

「生きる意味は幸せになること」
このアイデアは心を元気にする力があると思った。

歩きながら考える。
僕の幸せってなんだろう。
お父さんとかお母さんの楽しそうな顔が浮かんだ。
ペスが元気な姿が浮かんだ。
あの子が笑っている顔が浮かんだ。
僕はみんなが幸せだったらいいなぁ、と思った

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小説『洋介』 19話

小説『洋介』 19話

朝。
学校に行く道。
河原の横を歩く。
太陽が水に反射して、キラキラと揺れながら光る河原を、少し早足で通り過ぎた。

もう少しで学校というところだった。
突然、頭にピーンとなった。
何がきっかけかはわからない。
閃きだけが急にきたのだ。

頭のてっぺんから一本の電流が心に向けて走り、
その閃きが頭をいっぱいにした。
うおお!と叫びたくなった。

「掴んだ!」
と、言った。

 その直感はまだ言葉で

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