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星やどりの恋人

恋人は、夏の星座をからだに宿している。光って見えるちいさな黒子は、わたしだけが知る秘密。抱きしめられた腕の中でこっそり願いをかける。「永遠に隣にいられますように」星に願いを、彼の瞳を見つめながら。

恋人と出会ったのは、本当にありきたりなもの。離婚して、興味本位でいれたマッチングアプリで初日に出会ったのが彼だった。なんとなくお互いのいいねで始まる現代的なラブストーリー。メッセージを何回かやり取りして、電話をした。気づけば4時間も電話していたわたしたちは、きっとその時にもう運命を感じていた。だって、こんなに面白いひとこの世界にいないもの!単純なわたしは簡単に恋に落ちた。恋をしてないと死んでしまう、新手の回遊魚なわたし。こんなすぐにひとを好きになるなんて、ダメだなあと一人落ち込む。懲りないねえ、という友人の声が聞こえる気がした。それでも、わたしは恋の落とし穴に簡単にはまってしまう。追いかけた白うさぎは、わたしを不思議の国に運んでゆく。恋心はちいさくなったり、おおきくなったりしながら、アリスのようにめくるめくファンタジー。3月うさぎより変わっていて、帽子屋より面白い彼はきっとわたしにとってのスターだ。

出会って、何時間も電話をした。ある日は4時間、ある日は5時間。出会うまでの時間を埋めるように、二人で話し続ける深夜は永遠に続いてほしかった。電話を切る時は、まるで胸を切り裂かれるような痛みを感じた。わたしたちは台風のように急速に恋に落ちていった。

そして、彼は嵐のようにわたしの地元にやってきた。震える手でわたしを抱きしめて、「付き合いますか?」となぜかカタコトの日本語で囁く。そんな彼が愛おしくて、わたしは間髪入れずに「ぜひ!」と答えていた。甘く愛おしい、永遠の一瞬。わたしと彼の思い出の一部はきっとタトゥーのように刻まれている。それほど緊張して、愛おしい時間だった。

彼はわたしの心に風を吹かせるひとだ。爽やかな愛を、時には暴風のような切なさを、ときめきに胸が高鳴る春の風を。「きっと運命だね、」そうつぶやくわたしを、優しく彼は否定する。「運命だから僕といるわけじゃなくて、自分の意思でいてほしい」その言葉の意味を深く味わうほどに、このひとと出会えた奇跡にやっぱり運命だと言いたくなってしまう。

二人でわたしの地元の民泊に泊まった。青く塗られた小さな古民家は、海が一望できる秘密の隠れ家。窓を開け放って、潮風がたおやかに吹く畳の部屋。恋人はわたしの膝のうえでただまどろんでいる。鳥の鳴き声が微かにして、波の音は遠くへ。ただそこには"愛"があって。戦争の足音も聞こえないここは幸福、ただ「あなた」がいることの幸せを噛み締める。

恋人はとても頭がよくて、研究者をしている。わたしは昔0点を取ったことがあるし、いつも赤点常習犯。きっと、恋人の話をしたら当時の担任は驚くだろう。「騙されてない…?」と聞かれるのはたぶん恋人の方だと笑ってしまう。文章を書くわたし、研究者の彼。真逆のわたしたちだけれど、同じものもたくさんある。笑いのツボ、会話のテンポ、好きなことを仕事にしていること。テレビを見ないこと、映画が好きなこと。過ごした数日、ただ二人でおしゃべりをしていた。そんな風に誰かと過ごすのは特別で、恋人の隣にいられるだけでほんとうに幸福だった。他には食べ物も、音楽も、何もいらなかった。 

万年筆を愛する恋人は、インクで書いた手紙をくれた。半年ほど経つと薄墨のようになるこだわりのインクで書かれた文字は、ひとつひとつが愛おしい。ずっと、花を見るのが嫌いだったと彼は言う。「だって僕に向かって咲いている花は一輪だってないじゃないですか」わたしが彼に笑いかけたとき、初めて僕に向かって咲いてくれる花があったと知った、と綴られた文字。季節が移ろうたびに花の名前を教えてほしい、と結ばれた手紙。美しい言葉と感性を持つこのひとに惹かれたことは必然だったのだと気づき、手紙を強く抱きしめる。

別れ際、抱きしめてひと雫こぼれた涙。ひとと別れる時に振り返ることをしない血も涙もない彼が、何度も、何度も振り向いてくれた。少し笑ってしまいながら、その愛にひとり震えながら泣き始める。これほどまでに愛しいひとと、出会ってしまったわたしの人生はたぶん今終わってもお釣りがくる。「女の子にとってはいつだって今が初恋なんだね」と椎名林檎が好きな恋人のセリフを思い出す。わたしの初恋は間違いなく彼だと、そんな勘違いに溺れてしまうほど。

RADWIMPSの告白を聴きながらひとり帰る道。「ぼく、RADWIMPSと相性悪いかも」とまったく共感できないらしい信じられない奴である恋人を、思い浮かべる。

好きなものも嫌いなものも、これからたくさん知ってゆきたい。ふたりの合わないところ、合うところ、ガタガタのピースがぴたりとハマることはない。だからこそお互いに合わせながら、押したり引いたりしながら、少しずつ形を合わせてゆこう。いつか終わりを迎える恋だとしても、わたしにとっての初恋を。永遠に刻まれた愛の日々を、一生抱えて生きてゆこう。

万年恋愛病のわたしを、どうかみんな温かく見守ってくれると嬉しいです。

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