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あの子は天使

蒼く染まる空、白い湯気がもうもうと立ち込め、わたしたちはまるで幻想の中。ちいさなすっぱだかの天使が「おねえちゃん、かわいいねえ」と微笑む。まるで天国のような場所に、1泊2日の旅をしてきた。



ひとりでお酒を抱え乗り込んだのは、その名の通り「ロマンス」を乗せて箱根に向かう列車、ロマンスカー。向かい合わせで4人座ることもでき、飲食も自由。まさに旅人たちのための列車だ。おばあちゃんたちがキャッキャとはしゃぐ車内。「これ食べる?」「わたしの半分食べてよ〜!」「きゃ〜オイシッ!」大体の会話が食べ物で、まるで女子高生みたい。可愛いひとたちを肴に飲む酒は、いつもより美味しい。

待ち合わせた湯河原、温泉の香りがする気がして、久しぶりに会った友だちとはしゃぐ。わたしたちもまるで女子高生じゃん、と笑ってしまいながら向かった温泉旅館。畳張りで、大きな窓の側には二つの座椅子。この空間を味わうために旅館はあるのだよ、と勝手に満足げなわたし。ごろごろしながら永遠に話せそうな二人の距離に「もう帰らなくていいんじゃない?」と言う彼女。開始1時間で最高な旅、すでにもう思い出は鮮やかだ。

とりあえず、と露天風呂へ。お風呂はほんとうにちょうどいい温度で、急に寒くなった外気が心地いい。わたしは髪の色が白と青、眉毛も色を抜いている。化粧を落としたら怖すぎて2人で爆笑する。すっぱだかですこし熱めのお湯に肩まで浸かる。心の底からただ、ほっとする。「あのね、疲れは水溶性だよ」と真剣な顔をして理系の彼女は言う。彼女のそういうユーモアが、とてもすきだ。

お湯から出て、すこし外気にあたっていると、ちいさな女の子が話しかけてきた。「おねえちゃん、ツメ、かわいいねえ」そう言いながらわたしの爪を触る。かわいいでしょ、カーキだよ、みどり!と言ったら、嬉しそうに笑う女の子。「さむくなあい?」と桶にお湯を汲んではわたしにかけてくれる。重いだろうに、何度も何度も。まるでずっと前から友だちだったみたいに、やさしくてかわいい、裸の天使。

それを見て「なんか、神の使いかなんかと思ってるんかな?ご利益ありそうやもん、洗われてるお地蔵さんみたいやわ」と笑う友だち。わたしもつられて爆笑して、天使も笑っている。3人で仲良くおしゃべりしては、永遠に過ごせそうなお湯の中。からだもこころもふやけては、やさしく、やわらかくなってゆく。

気づけば、最近はたくさんの出来事があって、ずっと走っていた気がする。少し立ち止まって、あたたかさに触れる。まるでおとぎ話のような時間は、簡単にわたしのこころを奪う。人生の宝物は、すぐそこに転がっているのだ、きっと。

「子ども、ほしいなあ」と思わず口からこぼれ落ちたことに気づいて、不妊症と告げられたことを思い出す。視界がぼやけてゆくのは湯気のせいだ、きっと。「あんたが元気なら、わたしはそれで十分よ」と友だちが何気なく言う。大丈夫よ、と肩を叩かれた気分で、お湯以上に彼女の愛があたたかい。

「おねえちゃん行っちゃうの?」と悲しそうな天使とハイタッチしてお別れ。わたしたち大人にとっては、ひとっ風呂の出会いは"素敵な思い出"だ。でも、きっとあの子には違う。小さなころはすべてが新鮮で、すべてが一瞬で、すべてが永遠で。あの子のなかでのわたしは、今この瞬間にお別れをしたら永遠に会えなくなってしまう、悲しい悲しいお別れなだったのだ。それに後から気づいて、あの子を抱きしめなかったことを後悔した。どうか、天使よ、いつかまた。心のなかでひっそり祈る。

その後は夕飯を好き放題食べて、好き放題風呂に入って、好き放題しゃべり倒した。友だちと過ごすひと晩は、ほんとうに楽しくて「帰らんでええんちゃう?」と何度も何度も言った。

まるで"大人の修学旅行"。もう枕投げはしないけど、その代わりに酒を酌み交わす。夢中で投げた枕みたいに、夜更けまで話した恋バナみたいに。現実と夢の狭間、"今"アラサーのわたしたちにしか話せないこと。きっと、いつまでも覚えてる夜、わたしと彼女には深い友情がある。

次の日もたくさん食べては、お腹をまんまるにして2人とも反対方向へ帰宅。名残惜しくお別れしながら、もう来月会う話をする。先にきた電車に乗り込む友だちに、手を振ってお別れ。やっぱり、走って追いかければよかったかなあ。



わたしたちは、長い道の途中で、なんども分かれ道に出会う。ずっと一緒だよ!と手を繋いだはずのひとと、別々の道をゆくことになることもある。永遠なんてないんだ、とすねては道端で膝を抱える夜もある。だけどね、わたしが「好きだ!」と正直に走っていけば、道の先で待っていてくれるひとがいる。それは家族も、友だちも、いつか出会うはずの恋人も。

好きだ、と言うのはとても難しい。なかなか舌にのらない言葉は、いつだって飲み込んだら苦い。だから勇気を出して、汗を垂らして、かっこ悪くても言おう「好きだ」と。いつだって人生は短いんだもん、一回きりなんだから、好きなひとには好きって言おうよ。

そしたらきっと、また手を繋いでくれるひとがいる。

天使に会えたらわたしは言おう、「神の使いじゃないけど、魔法使いだよ」って。だってわたしは、永遠にことばの魔法を信じてるから。

あなたに会えたら抱きしめて、好きだと言うね。恥ずかしがらずにあなたも言ってね、好きだって。そしたら見える景色は、違って見えるよ、きっと。鮮やかな景色にしよう、世界を変えよう。わたしたちなら、きっと、ずっと、大丈夫。

だいすきだよ、またね。

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