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松本零士さん追悼記

松本零士さんの説明はもはや不要であろう。

2023/2/20 は彼のファン及び作品に影響を受けた人々に衝撃を与えた。


これはそんな松本先生のファンの末端の末端である1人の青年時代の逸話であり、彼が誰かにスペースで話し供養したかったが叶わなかった話である。(誰も手を挙げてくれなかったため)


しょうもない話で恐縮だが、どうしても誰かに伝えたかったのでここに記す。

※この話はフィクションです。登場人物など全て架空もしくは実在の名前が出てきたとしても借りてるだけで、実際にあった話ではありません。

※ガチの松本零士さんファンは読まないでください、念のため。






東日本大震災から日本が立ち直っていく中。

蝉が高らかに鳴き響く季節。


僕は漫画家の彼女と付き合っていた。

いや正確にはワナビー(wanna be)だったのかもしれない。


彼女の名前はかすみと言った。


付き合った経緯はよく覚えてない。多分、友人の紹介とかそんなありきたりな話だっただろう。

僕も若かったし、相手も若かった。付き合い出すまでに大したエピソードも無かった。

多分、僕にとって彼女の容姿がタイプで、向こうも何となく彼氏が欲しい時期だったのだろう。

出会ってから2、3回デートしてすぐ付き合い出した。

共通の趣味なんか無かったし、そんなに相性も良い方では無かったかもしれない。

漫画家を目指してる子と付き合ったのは初めてで、後にも先にもそのような女性は彼女以外いない。


そんな彼女は手塚治虫氏や松本零士氏など一世代昔の漫画を好んで読んでいた。

僕もどちらかと言うと漫画は読む方ではあったが、北斗の拳や気まぐれオレンジ⭐︎ロードが愛読書であったので、お互い話題で盛り上がれる作品はほぼ皆無であったと言って良い。


そんな中、彼女の好きな作品の中で唯一僕が読んだことがある作品が銀河鉄道999であった。

母親を機械人間に殺された少年が機械の身体を手に入れるため、案内人の女性と汽車に乗って宇宙の旅に出る作品。

彼女の部屋にはそれが全巻置いてあり、僕は彼女の部屋に遊びに行く時、しばしばそれを読んだものだ。

確かにそれは若い2人のデートとしては色っぽい話では無いかもしれない。


と言うのも、彼女はしばしば締め切りに追われていた。それもその頻度がとても多かった。

僕は詳しくないのだが、漫画家というのは何度か応募で投稿を繰り返すと連載に至らなくても担当がつき、新人用の作品募集などで声をかけてくれるという。

そこで作品を描いて入選すれば次は〇〇で読み切り、落選してもどこが悪かったか、構想が面白ければ担当さんからアドバイスを受けて直して次の募集に応募、と言った具合で、かすみは担当と二人三脚で読切を目指す段階であった。


何となく察するに、彼女にとってはかなり大事な時期だったのだろう。

僕は昼ごはん(と言っても料理は出来ないのでスーパーで惣菜を買ってきてテーブルに並べるだけ)の用意をして、松本零士氏の作品を読み、かすみがキリの良いところで漫画を描く作業部屋から出てきた所で一緒にご飯を食べる、ということをよくしていた。


インドア派の僕にとってそれが特に苦痛というわけでは無かった。

(1人で)ゲームをしたり、漫画を読んだり、作品の投稿が終わると2人で遊びに行ったり…

特段楽しい!と言うわけでも無いが別に文句は無い付き合いだったと僕は思ってた。


でも多分、向こう、かすみ、正確にはかすみの周囲にとってはそうでは無かったのだろう。


付き合いたての何しても楽しい時期が過ぎると、かすみは徐々に憔悴していった。担当と喧嘩する声も何度か聞くようになった。気合いで全ての締め切りに間に合わせていた原稿も次第に何本も落とすようになった。


ぼんやりと、僕と付き合い出したせいだろうな、と思った。担当さんと喧嘩する原因も僕なんだろうな、と思っていた。

このまま一緒にいる時間が長くなると、今度は僕が邪魔扱いになって喧嘩になるかもしれない。そう思った。


徐々に2人のいる時間は減っていった。それは付き合ってからの期間が長くなってきたからかもしれないし、彼女が本気で漫画家の道を目指すためだったのかもしれない。


その間も特に喧嘩もなく、それでも本当に時々お互いの僅かな時間を見つけて会っては、しょうもない話をしたものだ。


それから1ヶ月くらい合わない日々が続いたある日、かすみから電話が来た。

もしかしたら別れ話かもしれない。そう思って電話をとると、機嫌の良いかすみから松本零士氏に会えるかもしれない、とはしゃぐ声が聞こえた。


話を聞くと、どうやら彼女の何らかの作品が何かの募集に入賞し、それきっかけでファンである松本先生とお会いできる機会が得られるとの事だった。

どちらかと言うと日に日に憔悴していった彼女が久しぶりに元気を出してくれた姿に安堵すると共に松本氏に少しばかり嫉妬したのが当時の僕だった。

かすみは僕を連れて東京まで一緒に松本先生と会いに行く事を望んだが、何も成し遂げてない僕はそれを固辞したのだった。

しかし場所が場所だったので、僕たちと住んでいるところから遠い所に行かねばならず、車の運転手兼話し相手として現地までは一緒に行くことになった。(なお、僕は聞かされてなかったのだが、かすみのお父さんも突然東京に来て僕と2人で蕎麦屋に行った話は今回は割愛する)



僕の分のサインも貰ってくるから。そう言って彼女は待ち合わせの建物に入っていった。

久しぶりの東京の天気はあまり良く無かった。雨は降らなかったが晴れとも言い難いモヤモヤした天気だった。
厚い雲が空を埋め尽くす中で、2人の今後のことを考えていた。

彼女が松本先生に会うきっかけとなった作品が読み切りになったら、おそらく今以上に忙しくなるだろ。

そして僕もその頃には今以上に忙しくなるだろう。
何となく2人がこのまま一緒になることは無さそうだな、と言うことはボンヤリと考えていた。

もしかしたら別れをもうすぐ切り出されるかもしれない。そう思ってた矢先の東京への誘いだったので戸惑ったくらいだ。


松本先生と会う用事が終わった彼女から連絡が来たため、田舎もんがイキって入ったリッツカールトン東京(コーヒーが当時1500円して目玉が飛び出た)からかすみを迎えにいき、2人で出来たばかりのスカイツリーに登った。


彼女の話は当然ながら終始松本先生の話だった。ずっと雲の上の憧れの存在だったのだから、さもありなんだろう。

久しぶりに終始機嫌の良い彼女に相槌をうちながら流れ作業のようにスカイツリーの内部で写真を撮ったものだ。


展望台につくと彼女がどうしても見せたいものがあると言う。
東京の街並み?と間抜けなことを想う僕に見せてきたのは銀河鉄道999の単行本だった。その単行本のカバーの裏には僕の名前と「かすみ」の名前が一緒に書かれていた。松本先生の紛れもないサインだ。


ハンマーで頭を殴られる衝撃を受けた。
あれほどまでに尊敬していた松本先生から、僕の名前と連名でサインをもらったのだから。
近い時期での別れを予期していた僕は相手もきっとそうだろうと思っていた矢先の出来事であった。

彼女がどんな気持ちでその連名のサインを貰ったのか、今の僕に確かめる術は無い。

でもきっと彼女は今を全力で生きる子なんだろう。別れた後のことなんてこれっぽっちも考えてない。

だから僕と付き合うのも、漫画を描くのも。全てが今が全力なんだろう。先のことなんか考えてない。

いつもこの先どうなるのだろう、そうしたらどしようと目先のことばかり考える僕にはいつも彼女が眩しく映った。






田舎に帰り、夏が終わり、秋が深まりそして冬が近づいてきた頃。

かすみは入選を機に一気に忙しくなっていった。


僕も徐々に生活が忙しくなっていく中で、やはり2人は別れることを決意した。多分、切り出したのはかすみだった。
僕もそうだろうな、と思ってたので呆気なく2人の関係は終わった。


漫画家として生きていく彼女を支える気概も準備も無い未熟な僕を見切ったのかもしれないし、そもそも彼女自体が恋人を必要としていなかったのかもしれない。

あまりにも喧嘩もなくアッサリ終わったので、本当に付き合ってたのか首を捻りたくなるほどだった。

別れた理由は全て推測でもはや確かめようもない。



それから10年近い日々が過ぎようとしている。

子供3人と妻と忙しい毎日を過ごす中で、松本零士氏の名前を久しぶりに見た。

訃報だった。享年85歳。

銀河鉄道999の大ファンだった僕にとってそれはショッキングな出来事だったが、同時にかすみのことが頭に浮かんだ。


『あの連名のサイン入りの銀河鉄道999どうしたのかな?』


そんなアホな疑問が頭に浮かんだ。不謹慎だと言われるかもしれないが、僕にとって、大事な松本零士氏の、そしてかすみとの記憶だ。

 


別れたあの日以来、僕たちは一度も連絡を取ってない。故に彼女がその後どうなったのか全く知らない。

あの子の名前はGoogleで検索しても出てこない。
漫画家としてデビューしてたとしても本名じゃなければ出てこないかもしれない。


…かすみは漫画家になれたんだろうか?

答えはもうわからない。

…彼女は今幸せなんだろうか?

答えはもうわからない。

…僕は?

幸せです。

…あの連名のサインは捨てたのかな?

答えはもう誰も教えてくれない。


感傷的な気分でTwitter開くとこんな書き込みが目に飛び込んできた。


大阪タワー
ららぽーとの自転車屋さん これが本当の三井の自転車操業




…午後に。2人が一緒になるには若過ぎたあの頃の想い出を。ノスタルジックな気分を台無しにしてくれたこのTweetをどうしようか。

そんなことを考えながら引用ツイートボタンに手をかけるのだった。


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