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長嶋茂雄監督と万年筆 私の取材メモ術を教えます

以前、ゴルフ場のロビーを借りて選手をインタビューした。取材を終えてゴルフ場の職員に御礼を伝えると、恐縮した様子で「1つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」と言われた。

「取材されている様子を遠目に見せていただいたのですが、メモをするスピードが速くて驚きました。私もお客様との打ち合わせや会議でメモを取るのですが、追い付かずに困っています。何かコツがあれば教えていただけませんか」

私がメモする速度が速いのかは分からないが、記者生活の中で工夫は重ねてきたので、「その範囲でよければ」と伝えた。

❶ 万年筆で紙上を滑らせて書く

私は筆圧が強く、ボールペンでは力が入って速く書けなかった。

困ったのは、1999年(平11)に巨人担当記者になったとき。長嶋茂雄監督のコメントはひと言も漏らさずにメモし、記事に使わなかった部分も記録して、部内で共有する必要があった。

当時の長嶋監督は早口で、次から次へと言葉が出てきた。話題の転換も素早い。私がメモする速度では、まったく追いつけずにいた。

もちろんICレコーダーで録音もするのだが、ナイター後はいつも締め切りギリギリで、テープ起こしをしている時間はなかった。今のように録音しながら文字起こしをしてくれるアプリはなかった。

そんなとき、一緒に取材していた他のスポーツ新聞の先輩記者が目に入った。長嶋監督が話す速度に遅れることなく、スラスラとメモしていたのだった。取材後、その先輩にコツを聞くと「万年筆を使って、ペン先を滑らせるようにして書くとスピードが上がる」と教えてくれた。

早速、文具店に行って万年筆を買った。張り切ってモンブランの高級品を買ったが、最初はボールペンと同じように強い筆圧で書く癖が抜けず、すぐにペン先をつぶしてしまった。

2本目に買ったバーバリーの万年筆は使いやすく、私も慣れてきたので「滑らせる」書き方ができるようになった。何しろ腕が疲れない。長嶋監督が速いテンポで長時間、話し続けてもスラスラとメモできるようになった。

いや、スラスラではなく「カリカリ」という音が適しているだろう。録音したICレコーダーを聞き直すと、取材対象の言葉とともに「カリカリ」という音が響くようになった。

気に入っていたその万年筆は銀座で深酒した際に紛失してしまい、あまりに無念でしばらく探し回っていた。しかし、2003年(平15)1月、松井秀喜選手のヤンキース入りに伴って大リーグ担当になったので、渡米前に捜索をあきらめ、3本目にパイロットのノック式万年筆を買った。

歩きながら取材する機会も多いため、片手でペン先を出せるノック式は好都合だった。21年が経った今も、この万年筆を使っている。

❷ 大きめのノートに余白をたっぷり取って書く

私はA4サイズの大きなノートを使っている。持ち運ぶには不便なのだが、速記には適している。

余白をたっぷり取って書き進め、ぜいたくに次のページへと移っていく。ムダにするわけではない。あとから記憶や録音で補足し、相手の発言を裏づける資料なども書き足せるスペースを取っておく。

こうしておくと、原稿を書く際に「どこに書いてあったっけ?」とノートの中を探し回らなくて済む。

なお、A4サイズのノートはポケットに入らないので、カバンの中にしまったままになり、急にメモしたいときに対応できない。そのため、若い頃は小さなメモをズボンの後ろポケットに入れておいたものだが、今はスマートフォンに音声も使ってメモができるので、便利である。

私は極端に記憶力が悪いので、記憶には頼らず、必ずメモに残しておく。

私の取材メモ。ICレコーダーの文字起こしと併用する

❸ メモが遅れてきたら最新情報を優先

私の速記では、どれだけ頑張っても取材相手の言葉をすべて書き取れない。まして、私は書記ではなく記者である。相手の話を聞き、理解し、質問を重ねて、深く掘っていく作業がおそろかになっては元も子もない。

メモが遅れてきたら、取り戻そうとはしない。書き取れなかった部分が入るぐらい、ノートのスペースを空けておき、常に最新情報…つまり「今まさに話している内容」を優先して書く。今を重視しなければ、会話や質疑応答が成り立たなくなってしまうからだ。

❹ 重要点に印をつけておく

インタビューの最中に感じたことは、記事を書く際にとても重要になる。
「おもしろい」「興味深い」「重要点だ」
そう感じた箇所には、その場で印をつけておく。丸で囲っておいたり、星印をつけておいたり、余裕があれば赤ペンでアンダーラインを引いておく。

ICレコーダーや文字起こしアプリが発達し、便利になってきた。私も使っているが、あくまで「メモ勝負」だと考えている。メモとは、つまり取材のライブ感である。

文字起こしをした取材リポートを見てから、重要点を探すようでは取材にはならない。話を聞きながら感じたこと、重要だと感じてメモした内容が何より大切である。

❺ 取材直後に記憶で余白を埋める

取材現場に行く際は、近くの喫茶店やファミリーレストランに目安をつけておく。取材が終わったら、すぐ店に入り、記憶が鮮明なうちに取材メモの補足するためだ。

会社や自宅に戻ってからでもできそうなものだが、自分の記憶力を信じていないので1分1秒でも早くメモしなければ、完成度が下がってしまう。

このとき、取材で撮影した写真は、必ずパソコンに取り込み、記事に使えそうな数枚はメールで自分自身に送ってもおく。撮影したカメラやスマホが故障しても、記事に影響が出ないよう二重三重にバックアップを取っておくわけだ。

❻最後に録音で確認して補足する

取材ノートが完成したら、ICレコーダーを聞き流して細部を確認する。メモにも記憶にも残っていなかった部分も出てくるので補足していく。

正確にメモを取ったつもりでも、いくつか勘違いしている点が出てくるので欠かせない作業といえる。最近では文字起こしのアプリが充実しているので、確認作業はかなり楽になった。

ゴルフ場の職員は、長々とした私の話を「ほう」「なるほど」などと相づちを打ち、メモを取りながら聞いてくれた。話す立場になる機会は少ないが、聞き手が興味を持って真剣に聞いてくれると、こんなにも話しやすいのかと、いまさらながらに勉強になった。

そして、彼がメモを取る速度は、私よりも速いように思えた。


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