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【日記5】1月21~27日=メールに腹を立て、焼き鳥を食べ、ドラマ「不適切にもほどがある!」に笑う


◆1月21日(日) Amazonプライムでドラマ

天気が悪いため屋外で予定していた取材を延期し、午前は自宅で原稿と資料集めに専念する。

午後はチョコザップで軽く運動した後、Amazonプライムでアメリカの連続ドラマ「BOSCH」を見始める。いつもながら軽い気持ちだったのだが、やめられなくなった。

1本45分程度を全10話まで見終えて満足したのもつかの間、シーズン7まで続いていると気づく。シーズン3に突入した。やめればいいのだが、やめられない。仕事に影響しそうだ。

◆1月22日(月) メールを読んで腹が立つ

メールの文章には気を付けたい。相手の方が何時に、どのような状況で読むか分からないのだから、冷静な文章で、用件を的確に送る必要がある。ゆっくり話せば理解してもらえることも、誤解されてしまいがちだからだ。

きょう届いたメールを読んで腹を立ててしまったのだが、冷静になってみると、私もそのようなメールを送っているのではないかと心配になった。目前にいる友人ならば笑える軽口でも、文章になると流せない場合もある。

メールはもちろん、文章は受け手(読者)の立場で書く必要があると、あらためて思った。

◆1月23日(火) 甲子園100周年の清原和博氏

朝日新聞に清原和博さんの記事が掲載されていた。今年が甲子園の開場から100周年という記念イヤーであり、その企画のようだ。

見出しは以下の通りである。

努力を試され、色あせない13本塁打 息子も同じ舞台に
夢を 光を 授けてくれた甲子園
目標なき日々に再訪 「皆が頑張れる場所であり続けて」

高校3年間に甲子園で13本塁打は、大会の方式が大幅に変わらない限り、破られない記録なのではないだろうか。

スーパーな打者が出現しても、甲子園に出場できるとは限らない。しかも、甲子園である程度は勝ち抜いていかないと、多くの打席に入れない。つまり、清原さんが並外れた打者であったと同時に、強力なチームメートに恵まれたわけだ。同じ条件がそろわないと更新はできない。

破られないと思う反面、これを破るような選手の登場を待ち望んでもいる。

◆1月24日(水) DリーグSEPTENI RAPTURES

朝からダンスのプロ、DリーグSEPTENI RAPTURESの原稿を書く。今年勢いに乗っているチームで、LDH所属のダンス&ボーカルグループ「THE JET BOY BANGERZ」のパフォーマー、Shigetora、AOIも今年から参戦している。

リーダーITTONは非常に話が上手で、分かりやすく、興味深い話題ばかり。昨夜のうちにメモはまとめておいたので、一気に書くつもりが……何げなく映していたAmazonプライムビデオ「アントニオ猪木 名勝負10選」に心を奪われて、なかなか原稿が進まなかった。

昼にラーメンを食べて、午後からはテレビを消して集中して書き切った。

◆1月25日(木) 恋しい焼き鳥

朝から取材と打ち合わせが続き、疲れたので夜は焼き鳥を食べに行く。自分へのご褒美である。

大リーグ担当でアメリカで過ごしたとき、寿司は恋しくならなかった。確かに大好物だが、日本にいても年中食べているわけではない。むしろ、アメリカに滞在している時の方が寿司を食べる回数は多かったかもしれない。ニューヨーク、トロント、シカゴ…各地においしい寿司店があった。

恋しくなるのは焼き鳥だった。もちろん焼き鳥店もたくさんあるのだが、どうも「焼き鳥」というより「チキン」に感じられ、私の好みに合う店を見つけられなかった。

だから日本に戻ると、すぐに焼き鳥店へ行った。大リーグ担当だった2年間に私の焼き鳥熱が高まった。

カウンターが空いていれば、できる限り炭火の近くに座る。もくもくした煙も、つまみのうちだ。

◆1月26日(金) 金足農業への思い

調べたいことがあって昔のスクラップブックを見返していたら、若い頃の自分が書いた記事があまりに下手で驚いた。秋田県の金足農業高校に密着して甲子園まで取材に行ったのは1995年(平成7年)……もう29年前になる。

当時は記者になって3年目で、多少の自信が芽生え始めた時期なのだが、やはり未熟だ。秋田大会から1点勝負の素晴らしい熱戦が続いたものだが、熱い戦い、彼らのストーリーをまったく書き切れていなかった。

金足農業は2018年(平成30年)に甲子園で準優勝して、日本中に旋風を巻き起こした。魅力あるチームだと思う。再び記事に取り上げるチャンスを狙いたい。

◆1月27日(土) 不適切にもほどがある

TVerでドラマ「不適切にもほどがある!」を観て、笑った。主人公(阿部サダヲ)が、1986年(昭和61年)から2024年(令和6年)にタイムトリップする。

昭和の常識は、令和で通じないというストーリー。1986年といえば、私は高校2年。当時の雰囲気を思い出しながら楽しく観た。まあ、時代は変わるものだから、どちらがいいではないだろう。

「PLの清原くんは?」「昭和42年生まれだから2個上」という会話が出てくる。1月の設定のようなので、清原は卒業を目前に控えたPL学園の3年生。初めてプロ野球のキャンプに臨む直前である。

過去の日刊スポーツ紙面を振り返る連載「日刊スポーツ28000号の旅」では、ちょうど次回2月2日に「【注目新人の初キャンプ〈1〉】18歳の清原和博のキャンプ持参品は明菜のカセットと…」を公開する。

そういえばドラマでも、カセットテープの話題が出ていた。ドラマと同じ時代なのだと思いながら、ぜひ読んでもらいたい。

※これも1986年(昭和61年)。日本シリーズの話です。