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【短編小説】 走馬灯甲子園

「両校が得点無しで向かえました9回の裏、二死満塁! いやぁ、両校選手たちの素晴らしい走馬灯に、一進一退が続き、得点を許さない状況となっております! 7回表の場面で高田農業高校の山本くんがノーアウトで長打コースの14点走馬灯を繰り出してくれましたが、品川高校センター蒲田くんの『雨降る中で交通量の多い幹線道路に立ちすくむ子猫を助けた走馬灯』で、ここ甲子園のバックスクリーン前特設席にいらっしゃる、両校選抜ご親族による得票がまさかの15点となりアウトになりましたからねぇ!」

「本当ですねぇ、やはり猫エピソードの強さたる所以でしょうか、濡れた小動物のイメージは心を揺さぶります。」

「本当ですねぇ、ここまで勝ち上がって来た両校の走馬灯もそろそろ小粒となっておりますので、やはりピッチャーの浜中くんにも走馬灯のブレが出て参りました。三者連続フォアボールを出してしまい、絶体絶命のピンチとなっております!」

「さすがに『小学校二年生の時に、好きだった隣の席の女の子に落としたエンピツを拾って貰って嬉しかった走馬灯』は、甘いですねぇ。 準々決勝のセイント学園から出た『図書館で取ろうとした本を同時に取ろうとした女の子と上手いこと付き合えた走馬灯』などの、「そんなことホントにあるんだ!!」っと夢を見させてくれる位の走馬灯じゃないと、厳しいものがあります。」

「あぁ~っと、我々が走馬灯している間にツーストライクスリーボールと両者追い込まれました!! これは、次の一球走馬灯に相当なプレッシャーがかかると思われます!! ピッチャー浜中くん、どんな一球走馬灯を繰り出しますかね! キャッチャー高見里くんの要求に首を振り続けております! お? 浜中くんから逆サインが出ている模様ですが、高見里くんが激しくかぶりを振っております!! 高校生活最後の夏、全国走馬灯甲子園ファンが固唾を飲んでおります!!」

「まさかの逆サインですが、本当に温めて来た走馬灯と思われますね。ん?・・・ベンチの監督も激しくかぶりを振っております。これは、凄い走馬灯が出そうです・・・」

「浜中くん、チーム全員からのストップ要請を物ともせず、投げた!! こ・・・これは・・・・!!!」


バックスクリーンいっぱいに『同校の女教師が運転する車で、妖しく輝くネオンの灯るホテルの長暖簾をくぐる助手席に座る浜中くん』が映し出される。


「いやいやいや、これは・・・、これはいけませんが、ある意味、最後の走馬灯に相応しい一球ではあります!! 両校選抜ご親族の方による得票も・・、おおっと!! 17点、17点が出ております!! 恐らく、感動や喜びではなく憤怒による高得点でありましょうか!? 最期の1点は浜中くんのご親族でしょうか。マウンドの浜中くんが投げたそばから項垂れておりますが、この一球は見ただけでも重い、そしてキレのあるスピードでキャッチャー高見里くんに向かって行っております!! いやぁ、色んな意味で凄い勇気の一球、鬼気迫ります!!」

「これは厳しい走馬灯ですね、バッター児玉飛鳥くん、これは見送るしかないと思いますが・・、あ・・、いや・・・」


バックスクリーンに『産まれたばかりの赤ちゃんを病院玄関前に置き去りにする若い女性の後ろから大きな鳥が飛んで来て、おくるみごと赤ちゃんをくわえ飛び去る走馬灯』が流れ始め、球場がどよめく。走馬灯は止まらず『子宝に恵まれなかった高齢夫婦の元に鳥が赤ちゃんを置き去りにして飛び去る走馬灯』さらに『半紙に「命名 飛鳥」の文字が躍る走馬灯』で、バックスクリーンは静けさを取り戻した。


ウオオオ!!!!


球場内の大歓声とスタンディングオベーションが轟き、大歓声と感動の涙に包まれたバックスクリーンには「得票数:18点」の文字が踊り、球はバックスクリーンへ吸い込まれた。


その時、球場にいる全員が、バックスクリーン上を舞うコウノトリを目撃した。

今まで見守り、そして彼なりの声援であろう、高く高く舞い飛んでいた。


こうして、走馬灯甲子園は劇的に幕を閉じたのである。


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