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軽鬱とセックス

軽鬱の騒がしい雑音で美しい世界が壊れちゃいそうなときがある。そんな時は、死を選ぶよりも絶対にセックスがいい。魂が悪魔に取り憑かれたって平気。死んでも不死鳥みたいに必ず生き返るその呪術的な儀式の中でまた命が静かに呼吸をはじめるから。

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理性に殺されたその肉体、どうしてる?

チャクラを信じて開きたい人はヨガ教室に通い詰めて、汗にまみれた美しいしなやかなインナーマッスルをインスタグラムにアップすりゃいいし。クスリでイかれたジャズメンは美しく狂った旋律を快楽のヴィーナスに捧げて音楽でぶっ飛んじゃえばいいです。

でも「肉体なんて理性の入れ物に過ぎないじゃん、くっだらねえわ」って理性を信仰するように教育された優秀なホモ・サピエンスはいつか必ず自らの肉体に復讐されるの、世界が壊れそうな雑音にまみれた軽鬱で。乾いた空気の社会の中で理性だけを卒なく使って息をするのに憑かれてしまえば、生と死の境界線は限りなく薄くなってく。生きてたって死んでたってまるでおんなじことになる。映画 American Beauty (1999)の静謐に絶望した登場人物たちみたいに。 理性が肉を蝕んで、どばどば出てたドーパミンは理知的な言葉にとって代わられる。限りなく続く振動の鼓動も気管支の呼吸も、脳裏の言葉の雑音に紛れて何も聞こえなくなれば、その肉体は文明の理性に殺られちゃってる。やばいね。さあどうする?

覚醒剤だってSSRIだって強弱は違えどクスリという毒を飲めば死んだ肉も生き返るけど、セックスだって強烈な蘇生の儀式。好きな人の首筋にゆっくりキスしてベッドに潜り込めば、言葉に縛られた肉体を官能的にときほぐせるから。肉の快楽は声帯に哀しげな音を漏らさせ、身体中に汗が滴り、加速的にどくどくする心臓の音と反射的に出ちゃう声とともに絞り出される気管支の音が耳の内鼓膜を伝って脳に「生きてる」ってことを教えてくれる。筋肉が弛緩しただらしない舌、酸素を消費しまくった真っ白な脳みそ。目の前にある美しい顔は快楽で歪み、ここがどこかも、今が何時かも、明日地球が破滅するかしないかも、全てどうでもいいの。そして、肉体を突き刺す圧倒的な美しい快楽に、世界の一切は意味を成さなくなる。全てが白に包まれたその瞬間は「死」が体中を巡り、全身震えて白目をむいて体液を垂らす。束の間のドーパミンで一度死ねたらこっちのもんで、理性によって瓦解された肉体は悪魔から再び魂を取り戻す。

セックスの圧倒的な肉体的快楽は最大級の生の肯定であり、クスリの毒を摂取するより副作用も少ない原始的で呪詛的な美しい儀式。もう世界は終わりだって?軽鬱で生きる力が出ないって?生きることがひどく億劫だったら最高にきもちいセックスしちゃおう。世界の全てが破壊されても大丈夫。その灰の中からはまた美しい不死鳥が生まれる。




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