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占い・スピ不要論

最初に述べておくが「人間には認識不能なもの」「人間には予期不能なもの」は存在する。

私が占いやスピリチュアルを批判する理由は占いやスピリチュアルはそれを可能だと誇張しているからだ。

なぜそれを神職や占い師や陰謀論者がわかるのだろうか。連中の頭の悪さはホームラン級である。

(1)占い師やスピに未来はわからない

占い師やスピは「未来をわかっていそうな口ぶりで話す」が占い師やスピは誰1人として未来の事などわからない。1ヶ月後に自分が占い師やスピ商法をしている事さえ予測できないのである。

(2)占い師やスピは歴史に通じない

占い師は四柱推命やタロット占いなどを使って「それっぽい」事を云うが四柱推命やタロット占いなどは一様とは言えず時代や文化によって意味や解釈が付加されているため占い師もそれが明白に正しいかどうかわかっていない。

スピは「日本古来から云々」というが日本古来というのがいつなのかが不明である。

明白な時代軸や時間軸を提示できない漠然とした時代軸や時間軸でモノを語るのがスピの低能さである。

(3)神社仏閣参拝=情弱の集まり

神社仏閣は文化遺産として必要であるがそれをパワースポットと捉える必要は微塵もない。

そこに行ってお参りして祈願したからといって何も成就しない。安産祈願など100回行っても子どもが産まれる保証などない。恋愛成就のために神社に行っても詐欺られる可能性が高まるだけだ。

そもそも神道はご利益とは何の関係もなく自然の脅威をなんとか治めようという一心から作られたものである。

そうは云っても「エンタメとして面白ければいいじゃないか」「占いやスピで救われている人だっているんだ」という意見はあると思う。しかしそんなものわざわざ占いやスピでやる必要があるのかという話だ。

触らぬ神に祟りなしというが「人間には認識不能なもの」「人間には予期不能なもの」にわざわざ人間が触れる必要などないのだ。占い師やスピは不敬である。

以上のことから合理的予測も大方外れるが、だからといって占いやスピの主張が正しいという事にはならない。むしろ占い師やスピこそ人の因果誤謬を利用した詐欺グループなのである。

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