見出し画像

元受刑者 出所後3ヶ月目

かれこれ刑務所を出所してからもう3ヶ月程経ちました。
つい先日、出所してきたように思えるのですが時間が経つのが本当に早くこの3ヶ月あっという間で気づけば今年も終わりに一歩づつ近づいています。

出所してから感じることも多く今日はそのことについて書いていこうかなと思います。
刑務所の中にいる時も
前科がある人間、前科のない人間
塀の中、塀の外
と、差別ではなく区別されるのだろうなと心構えはしていたのですが、ここまでこの塀の外で生活しにくく窮屈だとは到底想像もできませんでした。

何故そのように思ったのかと言いますと、まず1つ目に銀行の口座を作れない。
私は犯罪を犯しましたが、暴力団の団体に所属したことはありません。なのに、出所してから銀行口座を作ろうと思い書類を提出しましたが、悉く断られています。

この上の2つのメールはそれぞれ違う銀行ですが、もちろん2行とも総合的判断により断られています。

私の場合は、事件も大きかったので新聞やニュースなど全てのメディアで報道されておりその記事がネットにもまだまだ残っているからかなと思います。

前科が付くというのは普通の人の生活ができなくなるということです。
これも全て自分の選んだ道です。仕方のないことです。

2つ目はお父さんの妹のおばさんにお願い事があり、私のお姉ちゃん経由で連絡を取ってもらったところこの返事が来ました。

体調なんて悪くないのは知っているのですが、それでも体調が悪いと嘘をついてまで前科者と会いたくないのでしょう。

どこまでいっても甥っ子だし親族だから多少のお願いも聞いてくれると思っていた私が馬鹿でした。
しかし、初めに裏切ってしまったのは勿論私なのでこの事については少し落ち込みましたが信用がないのは、自分が信用をお金に変えてきたからでこれもまた仕方のないことなんです。

誰も私のことを信じてくれないものなのかと友人とのトラブルもあり最近よく感じています。
価値観の違いから少し友達と喧嘩をしてしまい、今は距離を置いていてそれがきっかけでその友人以外の友人全員とも連絡をとっていません。

矢張り刑務所の中に入ってしまった人間と外に居た人間とでは何処か本質的な部分で必ず交わえないようになっているのかもしれません。

最近の色々なことで感じました。私は人間と関われば関わるだけ軋轢を生むのかなと。

私は別に1人でも生きていける人間なので、当分は何にも縋らず歩いて行こうと思います。

こういう体験をしていると塀の中の方がある意味では楽だったなぁと感じる時があります。
今は塀の外にいるとはいえ、銀行の口座も作れない、仕事も3kの月給20万円の仕事くらいしかない、自由であって自由じゃないんですよね。

見えない塀と言いますか、そんなものがあるような感じです。

私たち前科者に残されている選択肢は3つしかありません。
・3kの月給20万円の仕事をして死んでいく。

・生活保護を受ける。

・再び犯罪を犯す。

前科は勿論、自己破産や学歴に至るまで日本は自己責任論がとても強い国ではないかなと最近よく思います。
1度躓くと中々起き上がれません。躓いて人生のレベルが落ちると元のレベルに戻るのは相当の意志がないと、まず無理でしょう。

もう少し他者に寛容な社会になってほしいなと願うばかりです。
まずは自分から。最近は人のことを慮るようにしています。そうやってそんな気持ちが広がっていってくれたらなぁと。

この3ヶ月程で感じたことです。

次のnoteは私の仕事について書いていこうと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?