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ハーメルン【13】

これはフィクションです。
ハーメルン【1】
ハーメルン【2】
ハーメルン【3】
ハーメルン【4】
ハーメルン【5】
ハーメルン【6】
ハーメルン【7】
ハーメルン【8】
ハーメルン【9】
ハーメルン【10】
ハーメルン【11】
ハーメルン【12】の続きです。

「ドア、反対側から開けてみる。」
イズミちゃんの体を、またみんなでしっかり掴んだ。イズミちゃんは冷蔵庫のドアの取手が付いていないほうに両手を掛けると、グイッと引っ張った。けれど、ドアが開く気配は無くて、冷蔵庫ごと、ズズッと1、2センチ前に引き摺られた。
イズミちゃんは首をかしげて、今度はいつもの方からドアをを開く。
「シャラーン…」
気の抜けたようにあの音が鳴り響いた。そこにはヨーグルトや牛乳や納豆が入っている。いつもの冷蔵庫だった。

「こんな感じの音だったっけ?」
「もっと…、なんか、こう、すっごくいい音だなぁって、いつも思ってたんだけど…。」
「うん。炭酸が抜けちゃったコーラみたいっていうか…。全然気持ち良くないって言うか…。」
ノリちゃんとコウくんが口々に言う。
「そうなの?」
初めて冷蔵庫の音を聞いたイズミちゃんは首を傾げた。

強ばっていたみんなの体から緊張が抜け落ちた。僕は大きく息を吸いこんで吐き出す。
「逃げちゃったのかな?」
コウくんは気遣うように僕の顔を見る。
「そう、かもしれない。」
「僕、ここから音が出てると思ってたんだけど、そうじゃなかったんだね。ここからは『癒し波動』っていうやつが出てたんだ。全然『癒し』なんかじゃなかったけど。きっと催眠術みたいなやつだったんだと思う。」
ノリちゃんは何度も冷蔵庫を開けたり閉めたりして言った。
「とりあえず、音はスカスカになっちゃったし、もう大丈夫なんじゃないかな。」
「そうかもね。でも、一応、まだしばらくは気を付けておいてね。」
イズミちゃんの冷静なアドバイスに、僕は頷いた。
「で、どうする?これ?」
コウくんは困った顔をしてぽっかり開いた穴を指す。
「パパとママに事情を話したら、わかってもらえるかな?」
みんな、顔を見合わせる。
ママはきっと、理解できなかったとしても怒らないだろう。でも、パパは?
僕の眉間にしわが寄る。
僕を見ていたノリちゃんは思いついたような顔をした。バッグをゴソゴソ探って、いつも持ち歩いているダイアリーを取り出す。透明なビニールカバーに挟んである、まあるい手のひらほどもあるステッカーをつまみ取った。
そして、ぽっかり開いた穴の周りをゴシゴシと自分の袖でぬぐって、ステッカーの裏の紙を剥がし、シワにならないように丁寧に張り付けた。
ピンク色のウサギがファイティングポーズをして、キリっとした眉毛でこっちを見つめている。ステッカーは前からそこにあったみたいにピッタリなじんでいる。
「これで、よし!あとは、落ちてる破片、バレないようにチラシに包んでからごみ箱の底の方に捨てて!小さい屑は…掃除機持ってきて!」
ノリちゃんがてきぱき支持するから、僕らは慌てて片付けにかかった。
きれいになった床と、かわいくなった冷蔵庫をノリちゃんは満足そうに眺めた。
「ありがとう、ノリちゃん。でもこのステッカー、大切にしてたやつだよね?いいの?」
「ふふん。かわいいでしょ?このウサギ最強なんだよ。お守り!」
そう言うと、いつもの顔でにやりと笑った。


つづきはこちら
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