今年やりたいこと、最近の父と母のこと

多分、わたしは創作者になりたいんだろうなぁ、と思った。

なにもやりたいと思うことがなくて、とくに自分を肯定するような気持ちもなくて、他人を羨ましく思うのは、その人がなにか他者に認められるようなアウトプットを持っていること。プロの脚本家とか、インターネットの人とか、友人とか、そういうのは関係なく。わたしにはそういうものがない。

子供の頃は絵を描くのが好きで、あとお話も書くのが好きで、中学生くらいのときに「イラストレーターの専門学校に行きたい」とか「ライトノベルの作家になる」と言って、親にそういうのはダメだと言われて、親がそう言うのはあたりまえなんだけど、その反動で、「正しい道」とされる中でももっとも正しくあるように、勉強し、地元の進学校に入り、浪人して京都大学という立派な大学に入学し、東京でのぜんぜん就活もうまくいかなくて、秋口にたまたま内定をもらえた京都のWeb制作会社に入社して、それなりにサラリーマンみたいなフリをしてがんばって働いて、転職で上京して、またがんばって働いて、休職して復職してまた働いて、ようやくふつうの社会人になって、まだまだお金を稼いだりすごいことをやったりしたいと思っているけども、多分、自分が「こういうキャリアを歩みたい」「キャリアアップしていかないといけない」と言っているのは、本音を隠すための、半分嘘だな、と思った。

そういう創作者にはなれないという刷り込みが、創作活動というものにうちこむことからわたしを阻み、その逆の世界で自分が納得できるくらいまで、もちろん納得することはないのだけど、努力することに向かわせているのだろう、と思った。

けれども、いまでもコソコソと仕事の傍ら書いた小説がいきなり芥川賞をとって芥川賞作家になるとか、自分がなにげなく撮った写真が写真賞をとるとか、なんとなく書いてみた脚本を賞に出したら受賞するとか、そういうことにでもなったりしないかなぁ、と何も書いてもないのにそう思うのだ。実は休職中に、自分の好きな写真家が審査員をする写真賞があったので応募してみたが、特に受賞することもなかったのだけど。

前置きが長くなってしまったけど、つまるところ2021年からはそういうことも少しずつやっていこうかなと思います、という話です。仕事の傍らコソコソとなにか物語とか脚本とかそういうものを書こうかなと思っています。

社会人4年で転職や上京をやって、「東京都23区内でそれなりの暮らしをする」ということを達成できた感じがするのでわりと満足してきたのと、一度休職して、3ヶ月仕事を休んだらわりとどうでもいいな、と思ったという心境の変化があります。なので普通にやることをやればいいかなと(もちろん与えられた課題に対してきちんと応じたいと思いますが)。

いつなにを書くのかはわからないけれど、年末に帰省したときの父と母の姿がとても印象に残っている。

わたしの父は現在無職である。父はメガネの小売店で店員として勤めているのだが、持病で原因の分からない手の震えがある。それが年々ひどくなり、それは客からみると手元がおぼつかなく、見た目も頭でっかちでぶきっちょな父はあまり印象がよくなく見える。そういうわけで「接客禁止令」が下り、正社員からパートになり、そしてもうひとつの持病である心臓の発作で一時、入退院を繰り返しているうちに解雇となった。それが昨年の5月ごろのことで、半年以上たっても無職のままだった。58歳である。

働く気力を失ってろくに転職活動をしていないのかと思っていたのだが、話を聞いたところによると、半年間転職活動をして、書類選考を通って面接にたどり着いたのはたったの2社。あとは書類選考落ちだという。仕事人の立場になって考えると、まず採るメリットがないので、書類選考で落ちてしまう、というのは悲しくも納得できるものがあった。

ひどく老化が始まっていた。座椅子から立ち上がるにも、3度ほどはずみをつける必要がある。たまにはずみを付けるのが3度では足りなくて苦しんでは恥ずかしそうに笑ったりしていた。足を横に曲げるのも苦手なようで車から降りるのさえも苦しんでいる。80代後半になる祖父母のそうがチャキチャキしている。反射神経のようなものも鈍りだしているのか、たまにテレビを見ているとよだれを垂らしたりしている。母に父のことを聞くと、ワイシャツのボタンを上までかけれなかったり、靴下を自分で履けないので履かせてあげるときもあるらしい。ただの老化でない可能性もあり心配ではあるのだが、とにかくまぁ、父、本人も驚くほど身体が衰え始めている。

経理や事務などのデスクワークやパソコンもできない、組み立て作業など複雑な工場仕事もできない、身体も衰えてきているので体力仕事も無理。いったいどんな仕事があの町にあるのだろう。

一方の母親は、家庭のあらゆる家事をこなしながら、50過ぎてから転職した介護職の仕事で、日勤・夜勤を日々こなし、今も続けている。実家の片付けをしていると小さなメモ帳が何冊も出てきて、それらには患者の容態やなどの仕事のメモがびっしりと書かれていて、「本当にしごとをやっているんだなぁ」と関心した。わたしはそれらを捨てずに、大切にまとめて保管した。

ずっと家にいて昼間で寝て起きてきて「腹減った」としか言わない父の状況に対しては文句は垂れるものの、あれやこれやと求人を探してきたり、なんとかせねばとお金を払って父をパソコン教室に通わせたりしたそうで(結局身にはならなかったのだが)、母は強しだな、と思った。わたしならすべてを諦めるか、捨てているだろうと思う。

仕事が見つかる気配もなく、自分の身体が想像以上のスピードで衰えつづける父親の心境や、自分にたいしてなんの献身も貢献もしてくれないパートナーを養わなければならない母親の心境、生きること、老いること、結婚とは、愛するものに添い遂げるということとは、病めるときも健やかなるときもともにあることとは。

というのが、今の所の関心事である。


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