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多様性が知れる本

幼い頃怖かったものってなんだろう?

私は漠然と「戦争」が怖かった。
「戦争」の理由がないのに殺されるかもしれない理不尽さが怖い。

祖父が戦争体験者で、家から車で10分ほどの戦没者の墓に毎月参るのだが、それに同行させられるのが嫌で仕方なかった。

特に祖父に戦争体験を語られた事はない。
祖母にもない。
テレビで見たイラク戦争のニュースと、夏がくると繰り返し放送される「火垂るの墓」の記憶が私を怯えさせていた。

火垂るの墓のリアルな戦争の描写と、ちょうど今、他国で起きている戦争のニュース。その相互性が想像力を働かせる。

そこにきての祖父との墓参りは一気に現実味が増してしまう。

高台の上にさらに小山が作られた、一番高い位置にある戦没者の墓は、今思えば慰霊碑だったと思う。
そのぐるりは、共同墓地とキリスト教墓地で囲まれていて、天辺に長く高く何か銀色のスティールみたいな物で作られた塔がある。ギラギラと光を反射させ、急に現れる合金は墓と言う厳かな場所には不釣り合いだし、一番古い筈なのに新しい事に違和感を感じていた。

国道を挟んで焼き場もある。その焼き場の隣に中学校と市営プールがあって、季節や風向きで人の焼ける匂いがしていたらしいが、実際はただの趣味の悪い噂話だろう。

私はよくそのプールに遊泳に行ったが、カルキの匂いしか記憶にない。

もう少し大人になってからは「妖怪」が怖かった。
今も人気がリバイバルしている「ゲゲゲの鬼太郎」の水木先生の「妖怪辞典」を図書館で読んでから、妖怪達が繰り広げる理由の無い悪戯が怖くて仕方なかった。
アカナメが毎夜風呂桶の垢を舐めたり、その行動の意味が分からない。

その次は「注射」
痛みより、針を刺されることの理由が理解できず怖かった。

恐怖は「不安」だと聞いたことがある。
得体が知れなかったり、先行きが分からない不安を恐怖と勘違いしているらしい。

そう聞いてしまうと、不安とは多種多様で一気に幅が広くなる。
その恐怖を羅列したようなものが、この本である。

恐怖の正体〜トラウマ・恐怖症からホラーまで〜
春日武彦著

毛布の上で撮影

自分が思い立っただけでもこれだけ浮かぶ恐怖が、淡々とグロテスクに描写されている。

特に「止まった電車」のエピソードを読んでいて目を背けそうになった。
たった3ページ目にあるのに、こんな頭からそんなので大丈夫か?!と、思ったが、あとは意外とさらさらと読めた。
人生色々、男も色々、恐怖だって千差万別なのだ。

子供の頃は経験値不足から「理不尽」なことや「理解」が追いつかないことが恐怖だった。

小学校、中学校と年を重ね、思春期なんてのは制服を着ていれば怖いもの無し!の無双状態だった私も、大人になって落ち着いた。

ある日ニュースで見た不幸な男の事故が私に新しい恐怖を植え付けた。
経緯は忘れたが、男が排水溝に嵌った事件だ。

映し出された映像では、排水溝はコンクリート製で、そこに男が体を真っ直ぐにして仰向けにフィットしている。意識もあり、インタビューにも力無く答えていた。
失礼ながら、その映像を見た時、私は笑ってしまった。
いい大人がそんな所に収まっている映像をシュールに感じたのと、テレビカメラも来ているくらいだから、絶対に助かると思ったからだ。

次の日ニュースを見ると、男は死んでいた。

前日から降り続く雨で、土砂崩れを山頂で起こし、救助が一時ストップ。
幸い男の所まで土砂は流れなかったが、排水溝の水位は上がる。そう、そもそも水捌けの為に作られていたものなのだ。
冷たい雨に押されながら男は奥へ奥へと意識のあるまま少しずつ押し流され、自分の体で水を堰き止めて少しずつ溺死していった。

私はそれから体一つしか入れない場所は不安になって入れなくなった。

この「止まった電車」も少し似たようなエピソードで、当時ニュースで飛び飛びに見ていた映像の男と「止まった電車」のおじさんがリンクして、心理描写に身の毛が立つ。

私は安全や不安を自分でコントロールしたいんだろう。

思えば、戦争映画を見ていても、母は「戦艦」姉は「戦闘機」系のものを好んで見るが、私は好まない。
閉じ込められてしまった後のどうしようもない恐怖に耐えられないのだ。空の上や海の中は逃げ場がない。
私は「陸軍」ものをよく見ている「最悪大地は走って逃げれるじゃないか」と言うと笑われた。
これは映画を見ている時の目線の違いかも知れないな。


この本の恐怖は色んな気づきがある。
なんでこんなもの怖いんだ?と言う疑問にも答え、言われてみれば恐ろしい!事にも気づける、チャンスでもある。
でも寝る前の軽い読書には重すぎる。

あぁ、いやだ、もう勘弁。
でももう少し、もう少し。

後味が悪いと知りつつページを繰る手が伸びる。
見なけりゃいいのに、恐怖は尾を引いてしまう。

肝試しでもいいし、自分が何を一番恐れているのかを知るのもいい。そのきっかけになってくれる本です。

多様性の時代だからこそ、好きなものだけでなく、他人の嫌がるものも知っていかなきゃ理解できないもんね。

一番怖いのは「怖い」「嫌だ」と言いながら覗いてしまう好奇心だな。

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