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コンテンポラリーダンス「ヨハン・インガー版 カルメン」イングリッシュナショナルバレエ @ロンドン

4th April 2024 1930 Thu, Sadler’s Wells

ENBのヨハン・インガー版カルメンを見てきました!ここのところちょっと見たい舞台が立て込んでいてどうしようかギリギリまで迷ってましたが、見て本っっっ当に良かった…。

私は最近スペイン国立ダンスカンパニーからイングリッシュナショナルバレエに移籍してきた大谷遥陽さんをスペイン時代からずっと注目していたのですが、その流れで知ったのがこの作品。その時は面白そうな作品やってるな、見たいな〜ぐらいで、正直振付家の名前すら覚えていませんでした。それがよく見たら、スペイン国立ダンスで初演された、あのカルメンと知り、これは俄然見なくては!と思ったのでした。

ヨハン・インガーはスウェーデン出身の振付家で、NDTやスウェーデン国立バレエ、モンテカルロバレエなど名だたるバレエカンパニーに振り付けしています。このカルメンはスペイン国立ダンスに振り付けたもので、この作品でブノワ賞も受賞しています。

作品を知りたい方は、こちらにそのオリジナルのスペイン国立ダンスによるカルメンがYoutubeで見ることができます。カルメン役は日本出身のカヨコ・エヴァーハートさん。

さて、そんな注目作品なのですが、今回さらに面白いなと思ったのはキャスティング。主役のカルメンは、なんとプリンシパルとファーストソリストからは高橋絵梨奈さんただ一人。あとの二人はジュニアソリスト(ENBは上からリードプリンシパル、ファーストソリスト、ソリストがいるのでジュニアソリストは上から4番目)、ファーストキャストのミンジュ・カンに至ってはファーストアーティスト(コールドより一つ上)です。他の主要キャストもプリンシパルだけでなくソリストやジュニアソリストからの抜擢が多くて、ランクにとらわれず役にあったダンサーを抜擢したのかな、と思いました。

という訳でどの組もすごく面白そうでめちゃくちゃ迷った!ファーストキャストにはファーストアーティストのミンジュの大抜擢&中秋蓮太郎さんのドンホセ、エリック・ウールハウスさんのトレアドール、先日のガラで素晴らしかったプリンシパルのサンゲウン。セカンドはエミリー鈴木さんのカルメン、サードは高橋さん&元スペイン国立ダンスのアイトール、どれもこれも見たい!

で、結局迷った末に、イヴァーナ・ブエノ&フローラ組を見ることに。

遥陽さんが出てたこと、ドンホセのフローラは以前のガラですごく良かったのを覚えたいたのが決め手。ダニエル・マコーミックもエマージングダンサーでの加瀬さんとのパリの炎がすごかったし、ギャレス・ホーも先日のガラで良かったのもあり。

で、今回はなんと言ってもカルメンのイヴァーナが凄かった。もう全身でなんというか、パッションを表現していた。カルメンというと、ファムファタル、色気、というイメージだけど、もうそれを超えたなんというか、生命力というか情熱を感じました。もちろんドンホセを誘惑するんだけど、いやらしい感じはあんまりなくて、もっと迸るパッションというか。彼女はまだジュニアソリストなんだけれど、大抜擢も納得の演技。本当に素晴らしかった。

大抜擢と言いましたが、ENBは若手のためのエマージングダンサー賞があったり、ミンジュもそうですがコールドからの抜擢も度々あって、ランクこそあれ、かなり積極的にいろんなランクに役を与えている印象があります。だからむしろ、知ってる名前が「え、まだプリンシパルじゃないの?まだこのランクだったっけ?」という驚きの方が多いくらい。ダンサーの層が厚いのがわかります。

あとは振り付けもすごく私好みなのが良かった。私はコンテンポラリーの好き嫌いが激しくて、好きじゃないのはとことんハマらないのですが、今回はがっつりハマった。マッツ・エックが大好きなのですが、ちょっと似たところもあり、でもあそこまでは特徴的という訳ではないけど、わかりやすく、そしてユニーク。そして踊りだけでなく、演出(舞台装置やダンサーの動き、シナリオ)も最高だった…。

まだまだ書きたいことがありますが、それはこの下でネタバレ有りになります。内容をまだ知りたくない人は見ないでね!


《ここから先はネタバレあり!》

インガー版の振り付けはとてもわかりやすく、コンテンポラリーにあまり馴染みのない方にもスッと入っていきやすいかと思います。テンポもよく、時にコミカルなところもあり、飽きさせず面白い振り付け。少ない舞台装置なのに演出も素晴らしい。音楽はシチェドリン版カルメン組曲。ビゼーのカルメンをもとに打楽器多めの編曲のもので、アルルの女のファランドールなども入ってます。そこにマルク・アルヴァレスによる新しい現代音楽も入り、クラシカルの美しい音楽と新しいサウンドがミックスされています。

カルメンは冒頭から衛兵隊長を誘惑したりして「女」を使っている部分を見せてきますが、そのあとの女工とのケンカからも、彼女からは「自由」「パッション」を感じます。自分がやりたいことをやる。何者にも媚びず、欲しいものを手に入れる。男を誘惑する時でさえ、そこには媚びというよりは動物の本能というか、内面から湧き出るパッション、パワーのみが発せられているというか。

今回この点がイヴァーナのカルメンの凄かったところ。そこをわかりやすく伝えてくれた。彼女のパッションは女工たちの群舞に溶け込んで踊っている時から明白で、ただ一人真っ赤なドレスを着ているからというだけでなく、その踊りは他から完全に抜きん出ていました。これからも見ていきたいダンサーの一人に。

対照的なのがやはりドンホセ。カルメンが自分の欲望のままにパワーを発して上に登っていくとしたら、ドンホセは完全にカルメンへの執着に囚われて下へ下へと落ちていく。演技面での役なので期待していたほどのテクニカルなダンスではなかったものの、ドンホセの苦悩をフローラが熱演。

ストーリーはほぼ原作のままですが、一つ特徴的なのは、「少年」がいること。幕開けも彼から始まります。(彼というか、女性ダンサーが演じます。今回はこれが遥陽さん。)真っ白の衣装でタバコ工場前でボール遊びする少年。衣装から見てピュアなことが想像されます。

不思議な役で、どういう役かと説明してと言われてもできない笑。一幕は最初狂言回し的な役かと思ったのですが、二幕では一転、カルメンとドンホセに絡んできます。少年はドンホセが衛兵隊長を殺すのを目撃してしまうのです。二幕から少年の衣装は真っ黒になり、ドンホセと同じく絶望の淵にいるかのよう。山に逃げ込んだドンホセの前にカルメンが現れ、ドンホセは彼女を自分のものしようと手をかけようとしますが、これを止めたのが少年。そしてその瞬間にドンホセの中で少年とカルメンとの3人での理想の家族像が描かれます。我に帰るとカルメンに振り払われてまた一人になるドンホセ。そしてあの最終局面へ。

ドンホセがカルメンを殺す場面を少年は目の当たりにします。そして憤ったようにドンホセに与えられたカルメン人形の四肢と頭をむしりとって、地面に落とす。私の解釈では彼はドンホセの無垢な心だったのかな、と。恋焦がれたのに弄ばれて絶望し、最後には自分だけのものにしようと殺してしまう。だけどそれでもカルメンを手に入れたことにはならない。無垢だった少年が欲しかったものを手に入れられず憤っているのが、もしくはこんな結末は見たくなかったと絶望しているのが、ドンホセに重なったように見えました。

秀逸だったのがカルメンの死の描き方。刺された直後は普通に苦しんでいるのですが、そのあとカルメンは真っ赤なドレスから体だけサッと解き放たれます。まるで幽体離脱。(カルメンの衣装は黒子によって刺された状態のまま浮いています)魂だけになったカルメンは「私のこと刺したんだ。だから?私はあなたのものにはならないけど」と言いたげな一瞥をドンホセに向けて素知らぬ顔で去っていく。ドンホセはカルメンの抜け殻だけを抱きしめて悲嘆にくれる。今まで見たどのカルメンよりも最高の描き方でした。このシーンが見られただけでも本当に来る価値あったな、と思えた公演でした!

あとは〜、ギャレス・ホーのトレアドールがナルシスト色ムンムンの伊達男で面白かった。長い手足がすらっとかっこよかったです。あと、ペーパーレスなのは結構ですが、主要キャスト以外に誰が踊っていたのか教えて欲しいわ〜。絶対全員が出てたんじゃないんだから、誰が舞台に乗っていたか知りたい…。

あと気になったのが、終盤で雨のようにチェーンが降りてくるシーンがあるのですが、私が見たときはダーン!と一気に全部落ちてきたんですね。(多分。目が悪いけどそうだったはず。)スペイン版ではカーテンのように落ちずに垂れ下がったままずっとそこにあるんですよ。私はスペイン版はENBの後に見たのですが、それでも劇場で「え?これ落ちてきたの?」と思ったくらいで。でも最後にドンホセがいる部分だけライトが当たる場面で、そこだけチェーンがなかったのでそういう演出に変わったのかな?と思い。どうなのか知りたい。(私目が悪いのでチェーンが見えてなかっただけだったらすいません)

そういうわけで最高の舞台でした。また違うキャストで見たい。イヴァーナのカルメンを見たら逆に高橋さんのカルメンがすごく気になる。比べるわけではないけど、高橋さんはイヴァーナがやったような激しいカルメン像とは正反対の印象があるので、どういうカルメンを演じるのか興味津々です。あと、今ドレスデンバレエでは彼の白鳥の湖が初演されたらしいのでそれも持ってきて頂きたいわ〜!

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