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発酵ラボ 第11回 〈乾燥麹を極める─甘酒と甘酒ファッジ〉

麹といえば甘いという印象があります。前回、乾燥麹を煮出して、味を確かめました。意外とサラッとして、みそ汁の上澄みのような風味を感じたはずです。ベジタリアン用のストックにしたり、鶏出汁の風味ブーストに使ったりと応用範囲の広い液体でした。麹ストックはうっすらとした甘みはあったものの甘い液体ではありません。麹=甘いというイメージにはデンプンの糖化が関係しています。というわけで今日は甘酒の話。

前回、プロテアーゼ、アミラーゼ、リパーゼの話をしました。麹には多様な酵素が含まれていますが、デンプンを分解するのがアミラーゼという酵素です。

アミラーゼは食品作りに広く用いられています。この酵素、植物では果実の成熟や穀物の発芽の間に合成されるので、なかでも麦芽はビールや穀物酒、酢、水あめなどの製造に用いられます。こちらのnoteでは米の粥をつくって、麦芽酵素で糖化させるレシピを紹介しましたが、微生物から分離されたアミラーゼは工業的な大量生産が可能で、食品分野では製糖、身近なところでは洗剤などにも使われています。

清涼飲料水の原材料を確認すると「果糖ぶどう糖液糖」というのが多く目につくはず。果糖ぶどう糖液糖はデンプンを酵素によって分解し、製造された『異性化糖』です。サトウキビや砂糖大根からつくるショ糖に対して、異性化糖はコーンスターチや甘藷澱粉から作られます。

植物は光合成することで、二酸化炭素と水からブドウ糖をつくり、それをデンプンという形で蓄えます。そのデンプンをブドウ糖に戻せば、糖が得られるわけです。ただ、ぶどう糖は砂糖の7割程度の甘みしかないので、酵素の力をさらに借りてぶどう糖の一部を甘みの強い果糖に変換(「異性化」)したのが「果糖ぶどう糖液糖」です。

ちょっと話が横に反れましたが、もう少し細かいことをいうとアミラーゼにはαアミラーゼ、βアミラーゼ、γ-アミラーゼ、イソアミラーゼ、グルコアミラーゼなど色々な種類(異性体といいます)があります。α-アミラーゼは澱粉やグリコーゲン様多糖などをランダムに分解し、オリゴ糖とデキストリンを生成するタイプで、βアミラーゼはデンプンを端から切っていくタイプでマルトースを生成、グルコアミラーゼはブドウ糖を生成する酵素……という具合にそれぞれ性質が異なるので一応頭に入れておきましょう。

甘酒

麹を利用した食べ物はいろいろありますが、甘酒は一番かんたんで、親しみやすい食べ物か、と思います。甘酒は酒粕を使ったものと酒粕甘酒と麹を使ったこうじ甘酒の2種類がありますが、もちろん今回つくるのは後者。

個人的には酒粕甘酒も好きなのですが(酒粕という廃棄されがちな食材の有効活用という観点からも見直されるべき飲み物だと思います)

甘酒の作り方は「硬(か た)造り」「軟(なん)造り」「早造り」があります。硬造りと軟造りは米と麹を使った甘酒で、水分量が異なります。早造りは麹のみを使った甘酒です。

『麴甘酒の成分・機能性・安全性』(倉橋敦生物工学会誌 / 日本生物工学会 2019)より表1引用

麹甘酒と糖化酵素を用いて、比較したデータがあります。糖化酵素は工業的に分離した酵素で、最初にモルトパウダーでつくる米飴も似たような結果になるはずですが、麹甘酒にはニゲロース、ソホロース,コージビオースといった特徴的な糖が並ぶのが興味深いところ。同著者の続報によるとイソマルトースやトレハロースは原材料の麹に由来するもので、コージビオースやニゲロースは糖化工程でも生成されるとのこと。麹自体も糖に影響しますし、麹による糖化工程自体もたんなるグルコースをつくる、だけにとどまらないことがわかります。

硬造り、軟造り、早造りで比較すると麹由来の成分が最も多いのは(前二つはそれだけ希釈されるので)早造り。というわけで、麹甘酒らしい味わいをたしかめるためにまず早造りの甘酒を作ってみましょう。

甘酒 
材料
 乾燥麹 100g
 お湯  300ml

乾燥麹は袋の上から手でほぐすと扱いやすくなります。

麹を使った発酵食品の面白い点は「麹菌自体は働かせない」ということ。同じカビをつけるカマンベールチーズとは違い、しょう油や味噌作りにおいては塩水を加えることで麹菌を死滅させます。というのも麹の胞子が形成されると強いエグみが出るからです。そのため甘酒の場合でも湯を注いで麹菌自体を殺菌し、酵素だけを利用します。

衛生的な状況をつくるためにジッパー付きの袋をつかいます

作り方はかんたん。砕いた乾燥麹に酵素が働く温度帯のお湯を注いで、それを維持するだけです。さて、この湯の温度ですが、慣例的には50〜60°Cくらいがふつうのようです。さて、何℃にすればいいのでしょう?

麹学という本には「麹中に含まれるアミラーゼの糖化温度は最適が62℃付近にあり、これ以上に温度が上がるにしたがって力が弱まり、72℃前後では液化作用のみで糖化力が非常に弱まり、それ以上になれば糖化力が破壊されてしまう」と書かれていますが、甘酒作りでの実際の検討は少ないようです。

2022年度日本調理科学会大会の『糖化温度が麹甘酒の糖化および食嗜好性に及ぼす影響』(鈴木絢子、村上陽子)ポスター発表では「糖度,マルトース濃度,グルコース濃度は,60℃では時間の経過と共に増加した。60℃ではこれら成分は6時間でほぼ平衡に達したが,50℃と55℃は8時間まで有意に増加した」「50〜60℃で調製した麹甘酒は舌触りや風味、甘さ、飲みやすさについて「好ましい」という評価」で、温度が低いと評価が下がるようです。

『麴甘酒の成分・機能性・安全性』(倉橋敦生物工学会誌 / 日本生物工学会 2019)より図2引用

最初に表を引用した論文によると糖化効率が高いのは50℃とのこと。

50°C でどの糖化時間においてもグルコース量が最大となり、やはりこの温度帯がもっとも糖化効率が良いことを明らかにした。さらに、多くのオリゴ糖についても50〜60°Cで生成効率がもっとも良いことを明らかにした

とはいえ50℃は低温殺菌の下限温度(54.4℃)よりも低いので、さすがにおすすめはしません。(実際には乾燥麹に湯を注いで、温度を維持するという調理工程で、菌が混入するリスクは低いですが)温度が低すぎると例えば空気中の乳酸菌(耐熱性のタイプがあります)が混入して酸味が出たり、最悪の場合はお腹を壊してしまいますからね。

そう考えると55℃8時間と60℃8時間でどれくらい味が違うのか比較する必要がありそうですが、とりあえず今日は60℃で8時間加熱します。乾燥麹に65℃の湯を注ぐと60℃になりました。温度は厳密なものではありませんが、低すぎず、高すぎないくらいを保ちたいもの。そうしないとデンプンが充分に糖化しませんからね。

今回は60℃の湯煎で8時間維持しました。湯煎にはanovaなどの投げ込み式サーキュレーターが便利です。ヨーグルトメーカーのような道具でも上手にできるでしょう。炊飯器を使う人もいますが、保温温度がメーカーによって異なり、蓋をしめた状態だと温度が75℃まで上がるので蓋を開けた状態で保温するのがふつうです。ただ、この場合は外気温の影響を受け、そうなるとレシピ化が難しいので、個人的にはおすすめしません。

僕はインスタントポットを使っています。この時、袋の縁は少し開けておくのがコツ。もちろん密封状態でも問題なく糖化は進むのですが、袋のなかに麹の匂いが閉じ込められる傾向があるようです。(蓋をするタイプのヨーグルトメーカーで作ってみるとよくわかります)

6時間でも食べられますが、念の為8時間経ったら出来上がり。氷水にとり、急冷します。保存は冷蔵庫で。

非常にかんたんです。麹のデンプンが糖化されているので、しっかりとした甘さがあります。甘酒は日本の甘いライスプディング(リオレ)なので、スプーンで食べてもいいですし、米のつぶつぶが苦手であればミキサーにかけるとなめらかになります。濃度と甘さは水で調整してください。

温度のコントロールはreproを使ってももちろん上手にできます。この写真を見て、乾燥麹が茶色がかっていることに気づいたでしょうか。乾燥麹は古くなるとメイラード反応が進むので、色が茶色くなり、風味が変わるのです。そのため甘酒作りにはなるべくあたらしい麹を使いましょう。

しかし、乾燥麹は多少古くても酵素が失活するわけではないので、甘酒自体はできますし、しかもメイラード反応が進んだことで、みそやしょう油と同じで複雑な味わいと香りが生まれます。

例えばメイラード甘酒をミキサーにかけて……

ガンガンに煮詰めていきます。

濃度が出てきてからは混ぜる必要がありますが、116℃まで煮詰めました。

型に流して冷凍庫で固めます。糖分が多いので冷凍庫に入れても凍ることはありません。

四角に切り出せば、甘酒のファッジ(ファッジ=イギリス生まれのお菓子でキャンディの一種)の出来上がり。ネバネバしていますが、口に入れるとゆっくりと溶ける感じ。メイラード反応による複雑な風味がありますが、味にはちゃんと甘酒の風味が残っています。

砂糖で作ったファッジよりもやわらかいのは甘酒の甘みが主にブドウ糖だからで、ショ糖のようにカチカチに固まったりしません。逆にいうと生キャラメルのように仕上げたければ砂糖を混ぜてから116℃まで煮詰めればできるかもしれません。

麹がデンプンを糖に分解する原理さえわかれば、じゃがいも甘酒やさつまいも甘酒もつくれますし、小豆とあわせる人もいます。これらはみな酵素の糖化を利用したテクニックです。そういえば甘酒を使ったべったら漬けという漬物もありますね。

『麹甘酒に含まれる成分について』より引用(倉橋ほか 日本醸造協会誌2017.10)

甘酒のプロテアーゼは米のタンパク質を分解するので、アミノ酸を含んでいます。『麹甘酒に含まれる成分について』という論文から表を引用しましたが、成分にばらつきがあるのは精米の度合いや原料の米の有無、麹の種類や製麹方法によって変わってくるからで、麹100%(はや造り)のほうが全体に数字が高くなっています。ぱっと目につくところではアラニンという甘みを呈するアミノ酸、うま味のグルタミン酸、酸味とうま味を呈するアスパラギン酸といったところ。こうしたアミノ酸も(濃度は薄いものの)甘酒特有の味に影響を与えているのでしょう。

余談ですが甘酒を「飲む点滴」と評したのは小泉武夫先生らしく、この表現が今も一般化しているところを見ると「さすが、、、」と感嘆しますね。ともあれ米を原材料にした甘酒はぜいたくな食べ物ですが、ブドウ糖の甘みは料理にも色々と応用できます。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!