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「霊視調査 ~マギ ルミネア編~」 #14

第五章 一

 真木まきは突然、目を覚ました。
 外はまだ太陽が上がりかけた早朝で、部屋は薄暗い。
 だが、真木の息は、今しがた全力疾走してきたかのように弾み、胸は高鳴っている。動悸が激しく、しばらくの間は、うまく動けないくらいだった。
 ——今のは、夢じゃないのか? それとも——。
 起き上がり、高鳴る胸に手を当てる。血流が激しく流れて、先ほどあったことを思い起こさせる。
 水の中。息苦しく、夢の中とは言え、おぼれていたことを。
 真木は、何とか動悸が落ち着きを取り戻すことを願う。少しずつではあるが、呼吸も常日頃のものへと変わっていきつつあった。
 ——呪術。
 脳裏にそんな言葉が思い浮かぶ。事件に霊視が加わったことを快く思わない人間がいる。その人間が、先ほどあった夢の世界に自分を引き込んだのではないか。
 あともう少し。あともう少しで、事件の調査が終わるはず——。
 真木は息を整え、何とか呼吸を落ち着けていく。ようやくのことで、弾んだ息は、ゆるやかに平常のものへと戻っていった。
 ベッドから起き上がろうとしても、鈍い痛みが走り、それを許さなかった。
「痛っ——」
 しびれるような痛みに目をしかめる。
 起き上がらない方が良いと判断し、息をつく。
 
 気がつくと、現在、自分がいるのは自室ではないことに真木は、ようやく気がついた。
 あまりにも白く、清潔に保たれ、清浄な空気に満たされている。
 
 横を見ると、養母である叔母が壁に頭をもたれて眠りこけている。
 母さん——。そう呼びかけようとした瞬間。
路惟るい——!」
 叔母の華枝が目を開け、真木の名前を呼んだ。目には、見る見るうちに涙がにじんでいった。
「母さん、ごめん。心配させて——」
 その後の思いは言葉にならなかった。それは彼女も同じ気持ちだっただろう。
 二人とも涙を流し、相手の無事をひたすら感謝した。
 無事に、お互いが生きていることに。
 真木が生きて現世に帰って来られたことに——。
 
 
 数日後、真木はようやく病院を退院できることになり、晴れ晴れしい気持ちでいっぱいだった。
 烏堂うどうにも退院について連絡を送り、退院後は烏堂のおごりで美味しい食事をご馳走してもらえることが決定している。
 午後になり、叔母の華枝も病院の階下へ行き、気分転換に散歩したり、知り合いになった患者と雑談に花を咲かせている。そんな頃だった。
 ふいに部屋の扉がノックされる。
 真木は、はっとして扉の方をふり返った。
 そう言えば、午前中に来客が訪ねてくると言われていなかったか。ベッド横に置いてある時計を見て、真木は驚く。病室に長くいることで、時間感覚が失われていたことに、やっと気がついた。
 冷や汗をかくような気持ちで、真木は来客の姿に頭を下げる。
 扉を開けて入ってきた人物は、三代半ばくらいの髪を短く刈り込んだ男性だった。
樋口ひぐちと申します。事前にお伝えしました通り、探偵をしております」
 真木は樋口から名刺をもらい、名前と事務所等の情報を一瞥する。探偵から名刺をもらうのは人生で初めてだったが、意外とシンプルで通常の名刺と変わらないのだと真木は思った。
 
 樋口が、ベッド横に置かれた椅子に座る。
 そばで見ると、樋口は意外と引き締まった体をしていた。遠目に見ると、やせた体つきをしているようにも見えていた。爽やかな好青年がそのまま年を重ねたような、人好きのする顔立ちが印象的だった。
 樋口は観察するように、しばし、じっと真木の顔を眺める。
 その目つきの奥には、かなり鋭いものが潜んでいるように真木には思えてならなかった。
 ふいに樋口が口を開いた。
「風の噂で、君が『マギ ルミネア』に在籍していたと聞いてね」
 真木の目がわずかに見開かれる。
「——よく、俺が『マギ ルミネア』卒業生だとわかりましたね」
「蛇の道は蛇、と言うことでね。まあ、実は烏堂君つながりで、だ。彼が色々聞きこんでくれたことで、私も大いに助かった。ところで」
 樋口が体を動かさず、真木の目をのぞきこむように見てくる。
 まるで、からかい半分、と言ったような視線に真木は少したじろいだ。

「この事件——霧に包まれた中を歩くような事件ではあったが、犯人の意図を考える点では、中々面白い事件ではあった」
 真木は、わけがわからず黙っていた。
 樋口が言葉を続ける。
「そもそも、『マギ ルミネア』の卒業生。彼らの存在を理解することが、この事件には必要でね。私の知っているだけでも、『マギ ルミネア』卒業生には書道家として有名、あるいは渋谷で大きな宣伝広告に登場していたりと、社会的にも目立ち、才能にあふれる人物ばかりだ。他にも、天才的なデイ・トレーダーや不動産業で頭角を現している者もいた。まあ、そもそも、『マギ ルミネア』に入学するには数回の厳しい選抜試験と最終面接があったと聞いているから、激しい競争を乗り越えた力があれば、現在の姿は当然とも言える。ただし——」
 片手を動かし、樋口は説くように言う。
「昨年の夏に起きた殺人事件。殺された作詞家、掛浦輝恵かけうらてるえについては、どうなのか。彼女は作詞すれば必ず大ヒットを飛ばすくらいの才能を持っていたのにも関わらず、『マギ ルミネア』卒業生ではなかった。一曲出せば、大ヒット。しかも、全くの新人作詞家が、あるときを境にして人気作詞家になってしまう。
 さらに、彼女は、『マギ ルミネア』卒業生かと尋ねられた際に、笑って否定したと言うんだね。笑って、だ。単に否定するのではなく、笑って。
 このことが意味するものを良く考えなくてはいけない。何しろ、『マギ ルミネア』卒業生達にとって、当時起きたことや報道されたことは、彼らの心を傷つけるような、重大な影を落とすくらいの出来事だったはずで、中には、それが青春時代のトラウマとなっていてもおかしくない者もいるだろう。
 つまり、笑って否定できるような過去では決してない。だからこそ、『マギ ルミネア』卒業生ではない掛浦輝恵は、卒業生ではないことを笑って否定できた。卒業生達とは違う天才だと言うわけだね。だが」
 樋口は人差し指を立て、言葉を続けた。
「そんな中で、掛浦輝恵は何者かに強い恨みを持たれ、殺されてしまう。家族に聞いても、被害者が恨まれていたり、疑わしい人間関係は出てこない。これは、一方で非常におかしい。行きずりの犯行や、人を間違えたとしても、こうはならない。もし、そうだとすれば、何度も刺されることなどないわけだし、そもそも、路地裏奥の空き地に連れて行かれることなどない。
 とすれば、考えられることは、だ。もしかすると、本当の被害者像は周囲の誰一人として見ていないものなのではないか。他に、全く別の被害者像があるのではないかと私は考えた」
 樋口の目に、鋭さをともなった輝きがのぞく。
 真木は樋口の言葉に耳を傾けることしかできなかった。
「つまり——歌詞の剽窃があった。被害者は実際のところ、実力で作詞をしてはいなかった。その上、誰かに作詞をさせて、そのことを口外せずにいた。金銭関係か、何の問題かは具体的にはわからないが、お互いにもめたのだろう。結果として、犯人は強い怒りに駆られて犯行を行った」
 樋口は、肩を少しだけすくめた。
「ただ、この推理を進めるには大きな穴があることに気がつく。それは、誰が『作詞すれば必ず大ヒットを飛ばすくらいの才能』を持っていたか。
 そんな才能を持っている人物が、果たして、どこに存在していたか。『マギ ルミネア』卒業生であれば、納得が行く。少なくとも社会的には。
 だが、考えてほしいのは、『マギ ルミネア』卒業生であれば、高校・大学卒業後には必ず実力を発揮しているということだ。たとえば、今の真木君のようにね」
「はあ——」
 急に話を振られ、真木は、あわてて言葉を返す。
 樋口は、話についてきている真木に、満足そうな薄い笑みを浮かべた。
 真木に樋口が尋ねる。
「作詞したのは、一体、誰か。この推理に移る前に、話したいことがある。それが、昨年夏に起きた掛浦輝恵の事件。事件前に女装した人が目撃されていた。だが、この人物は、事件一週間前から姿を見せなくなる。しかし、真犯人は、どうもこの情報を入手せずに犯行に及んでしまった。そう考えるとどうだろう。
 犯人は、女装した人の外見に似せて犯行を行った。私も現場周辺を調査してみたが、実際に、手作りの人形の靴片方と、凶器と思しきナイフが路地裏の排気ダクトの裏に、こっそりと隠してあった。——おそらく、君も見たとは思うが。だが、あのナイフは事前に警察に回収してもらい、君が見たのはダミーのナイフだった」
「えっ——」
 ふいに、樋口が頭を下げる。真木は、そのことに内心、あわてた。
「まさか、そのせいで君が被害をこうむるとは思ってもみなかった。本当に、申し訳ないことをした」
「いえ、頭を下げる必要なんてありません。俺は最後にあのナイフを見ようとして——相手の、ライターの身元を良く確認しなかった俺が悪いんですから」
 樋口が顔を上げ、すまなそうな表情をする。いたたまれなくなって、真木は急に口を開いた。それは、意識を失う前から気になっていたことだった。
「あの、樋口さん。信じてもらえないかもしれませんが、俺は被害者の霊を犯行現場で見たんです。その霊が、ずっと『493049』をくり返して言っていて。その後、『414321』と言っていました。あれは、一体、どう言う意味だったのでしょうか」
「それなら、私も同じことを烏堂くんから聞いた。真木君が意識を失う前にそのことを連絡して良かったよ」
 真木が、ほっとした表情を見せた。澤小木さわおぎに殴られる前に、携帯から烏堂宛てに連絡していたのだった。
「それはね、女性の緊急時に発するメッセージなんだよ」
「え……」
「つまり、くり返して言っていることに意味がある。『493049』はSOSを意味し、助けを求めていると言うことだ。その上、その数字配列は昔の携帯でないと、入力できない」
「まさか、ガラケーでのフリック入力と言うことですか」
「その通り。昔、女性は変質者に会ったら、すばやくメッセージを入力して送信する。または、短縮ダイヤルで連絡する。そう言う対処法があった。真木君が『マギ ルミネア』にいた頃を境に、ガラケーは完全に姿を消した。だが、山奥の寮生活と言うことで、携帯までは一新されていなかったんじゃないか。『414321』は犯人の名を直接指し示したもの。数字二つで一文字に変換されること。『1』が、日本語のあ行、か行、さ行……のように、五十音表の縦列、一番初めの文字を指し示すとわかれば解読は早い。それから、被害者がインディーバンドに作詞提供した際のメールを、私は受け取っていてね。それが、これだ」
 樋口は持ってきていた鞄から書類を取り出す。
 一枚は、ガラケーのフリック入力に使用する一覧表。
 もう一枚は、メールのヘッダー情報を書き出したものだった。
 真木は、すばやく二枚の紙に目を通す。
 樋口が滔々とうとうと説明した。
「メールにはヘッダー情報と言うものがある。そこを見ると、誰が誰にどのサーバーを経由してメールを送ったか詳細に把握することができる。だがね、掛浦輝恵が歌詞を記載して送ったメールはどれも、実は、第三者のメールを転送して送られたもの、、、、、、、、、、だったんだよ。画面上からはそれが一見わからないが、これが転送されたメールのヘッダー情報」
 樋口が指で指し示した先。
 そこには、Sanaka_Lyricsから始まるメールアドレスが転送元のメールアドレスとして記載されている。
 もう一枚のガラケーのフリック入力一覧表からは、『414321』で『たつか』に変換されることに、真木は気づいた。

「さなか、たつか……?」
 真木は、ようやくにして気づく。
 はっとした表情で、樋口が暗に示している人物の名前を口にした。
田塚真加たつかさなか——!」
 樋口がうなずく。
 ようやく気づいてくれた、と言う表情をしていた。
 同時に、真木の脳裏に一つの考えが浮かぶ。
 それは、言葉の研究をしていた烏堂が、なぜ真木にこの事件をまかせたか、と言うことである。
 『マギ ルミネア』で生徒の書く文章を、烏堂はできる限り集めていたはずだ。その烏堂ならば、掛浦輝恵の歌詞を読み、作詞した人物にすぐに気づいたはずだ。
 だが、なぜそれを指摘しなかったか——。
 答えは簡単だ。生きている人間ならば、推理を突きつけることはできる。だが、死んだとされる、、、、、、、人間にはできない。
 『マギ ルミネア』で唯一失踪し、行方不明になっていた田塚真加には——。




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