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2023 in Review オゼンピックは医学史上の快挙として認識されるべき!減量薬は世界を変える?

 本日翻訳して紹介するのは、12 月 14 日に the New YorkerWeb 版にのみ掲載された Dhruv Khullar によるコラムで、タイトルは、”The Year of Ozempic”(オゼンピックの年)です。Dhruv Khullar は現役の医師で医療関連の記事をしばしば寄稿しています。

 スニペットは、” We may look back on new weight-loss drugs as some of the greatest advances in the annals of chronic disease ”(減量薬が開発されたことは、医学史上の快挙の 1 つとして認識されるべきである。人類と慢性疾患との戦いにおける偉大な 1 歩である。)となっています。コラムの内容は、2023 年を振り返ったもので、糖尿病治療薬であり減量薬でもあるオゼンピック( Ozempic )についてのものでした。この薬を開発したノボノルディスク社の株価は爆騰しました。株式時価総額は、あっという間に欧州一になりました。

 さて、オゼンピックとはどのような薬なのでしょうか。GLP-1 受容体作動薬で、元々は糖尿病治療薬です。 血糖値の上昇に応じて血糖値を下げる効果のあるホルモンであるインスリンが分泌されるのを促進するホルモンであるインクレチンの一種です。体重を減らす効果も確認されています。減量薬としての需要が旺盛のようです。薬理は良く分かっていないのですが、食欲を抑える働きがあるようです。アメリカ人の成人の 4 分の 3 以上が過体重とされていますから、アメリカでは爆売れしているようです。

 オゼンピックは、夢のような薬なのですが、負の側面もいくつかあります。次の通りです。

  1. この減量薬は誰にでも効くわけではない。
    ハイレスポンダー(特定の薬に対する感応度が高い者)とローレスポンダー(低い者)がいる。

  2. 副作用として消化器系に症状が出ることがある。
    副作用は吐き気、便秘、下痢等である。副作用のために投与を中止すると体重は元に戻る。

  3. 体重が減ると同時に、特に高齢者においては骨密度と筋肉量が低下が顕著である。
    元々、減量すること自体にそうしたリスクがある。

  4. 価格が高すぎる。
    アメリカでは、肥満の比率が最も高い貧困者層に属する者たちのほとんどがこの薬の恩恵を受けられない状況である。

 さて、日本ではアメリカほど太っている人の割合が高くないのでオゼンピック等の減量薬はそれほど話題になっていません。ですので、多少の品薄感はあるものの、投与が必要な糖尿病患者がオゼンピックを入手できないというような事態は発生していないようです。今後、経口薬も開発されるでしょう。そうすれば、もっとたくさんの人がこれらの薬の恩恵を受けることとなるでしょう。糖尿病患者にとっては福音となるかもしれません。やはり、経口投与はペン型注射より楽ですから。糖尿病の方がオゼンピック等を投与された場合、必要な医療行為ですから基本的に保険でカバーされます。では、太っている者が減量薬として服用した場合、保険でカバーされるのでしょうか。高価な薬で服用期間が長い(基本的に死ぬまで)ので、保険でカバーすると健康保険制度自体が崩壊してしまうような気がします。どこまで保険でカバーするかということは、非常に難しい問題だと思いました。

 では、以下に和訳全文を掲載します。詳細は和訳全文をご覧ください。


2023 in Review

The Year of Ozempic
オゼンピックの年

We may look back on new weight-loss drugs as some of the greatest advances in the annals of chronic disease.
減量薬が開発されたことは、医学史上の快挙の 1 つとして認識されるべきである。人類と慢性疾患との戦いにおける偉大な 1 歩である。

By Dhruv Khullar December 14, 2023

1.ノボノルディスクが糖尿病治療薬オゼンピックの開発に成功

 100 年前、ノーベル賞を受賞したばかりのデンマークの生物学者アウグスト・クローグ( August Krogh )は、講演旅行のためアメリカに出発した。彼は、骨格筋における毛細血管の制御機構に詳しかった。同行した彼の妻のマリー・クローグ( Marie Krogh )は内科医だった。彼女は糖尿病の患者を診ていたが、自身もそれを患っていて苦しんでいた。それ故、クローグの糖尿病に関する関心も高まっていた。クローグは妻からトロントに立ち寄るよう懇願された。同地の研究チームが血液中の糖分を筋肉や他の臓器に移行させる働きをする膵臓抽出物( pancreatic extract )の研究を行っていたからである。クローグはこの抽出物の販売許可を得てデンマークに戻った。1923 年に彼は同僚たちとノルディスク・インスリンラボラトリウム社( Nordisk Insulinlaboratorium :以降、ノルディスクと表記)を設立した。そして、その年の春には、同社は画期的で奇跡的な薬を最初の患者に注射した。これがインスリン( insulin )である。

 その翌年、2 人の社員が同社を去った。トルヴァルド( Thorvald )とハラルド(Harald )のペダーセン( Pedersen )兄弟である。クローグはハラルドに尋ねた。「一体何をするつもりなんだ?」

「インシュリンを作りたいんだ。」とハラルドは答えた。

「まあ、そんなことは絶対にできないだろう。」とクローグは言った。

 クロッグは間違っていた。ペダーセン兄弟はノボ・テラペウティスク・ラボラトリアム社( Novo Terapeutisk Laboratorium :以降、ノボと表記)を設立した。何十年もの間、2 社のライバル関係は続き、両社が世界のインスリンの大半を生産してきた。初期の頃には、両社の主な顧客は 1 型糖尿病患者で通院もしくは入院している者であった。1 型糖尿病は、体内でインスリンをほとんど、あるいは、まったく生成することができなくなる自己免疫疾患( autoimmune condition )である。以前は致命的な疾患であった。しかし、20 世紀後半になると、インスリンの市場は急拡大した。肥満者が急増したからである。それに伴って 2 型糖尿病患者の数はべらぼうに増えていた。ノルディスクとノボは 1989 年に合併し(新社名はノボノルディスク)、他の糖尿病治療薬の開発を目指し研究を推し進めた。体内(小腸)より分泌される GLP-1 (グルカゴン様ペプチド-1:Glucagon-Like Peptide-1 )の研究も進められた。同社は、GLP-1 に血糖値を絶妙にコントロールする働きがあることを明らかにした。後に GLP-1 は世界で最も収益性の高い医薬品成分の 1 つとなるわけだが、この時点では誰もそのことに気づいていなかった。

 かつてクローグが多くの生物学的問題について主張したことがある。それは、「非常に多くの問題に対して、最も都合よく研究できる最適な動物、または少数の動物が存在するだろう。」というものである。クローグの原理と呼ばれている。元々、GLP-1 は有用な成分とは考えられていなかった。というのは、体内ではすぐに溶けてしまうからである。しかし、1990 年代、クローグの原理を体現するかのごとく、退役軍人省( Department of Veterans Affairs )の内分泌学者( endocrinologist )が、北アメリカに生息するトカゲの一種であるアメリカドクトカゲ( Gila monster )の毒が GLP-1 に似たペプチド( peptide )を持ち、それが何時間も体内で溶けないことを発見した。その内分泌学者がこの発見を公開したことにより、多くの研究機関がドクトカゲのペプチドを参考に 1 日 2 回投与のインシュリン注射薬の開発にしのぎを削ることとなった。ほどなくしてノボノルディスクの研究開発チームは独自に GLP-1 類似成分を開発した。2010 年には 2 型糖尿病治療薬として 1 日 1 回投与の注射薬リラグルチド( liraglutide )を発売した。なお、販売名はビクトーザ皮下注( Victoza )である。ビクトーザにはもう 1 つ薬効があった。それはダイエット(体重減少)効果である。

 話がここで終わっていたら、いわゆる GLP-1 受容体作動薬 (腸内に存在しているホルモンを模倣したものであるため、インクレチン模倣薬とも呼ばれる) はあまり話題にならなかっただろう。しかし、ノボノルディスクは、毎日注射する必要のない薬の開発を目指し、週に 1 回で済む薬剤の開発に成功した。それがセマグルチド( semaglutide )である。現在でも薬理作用については不明な点も多いが、大幅な体重減少を引き起こす。商品名はオゼンピック( Ozempic )およびウゴービ( Wegovy )である。体重 200 ポンド( 91 キロ)の女性でも、薬を飲めば簡単に 30 ポンド( 14 キロ)体重を減らせる可能性がある。子供の頃から体重を減らすのに苦労していた者でも、 簡単に体重を減らせる可能性がある。

 昨年、この薬の開発に関する論文が医学誌に掲載された後、その内容がソーシャルメディアで拡散された。多くの患者が希望を抱き、多くの医師が興奮した。ノボノルディスクにとっては思いがけない恩恵がもたらされた。現在、ノボノルディスクは欧州株時価総額ランキング 1 位である。その額は、5,000 億ドル近くに達している。最近のデンマークの経済成長はほぼ全てがノボノルディスクの急成長によるものであると説明できるほどである。もちろん、多くの製薬企業が同様の薬を開発中である。注射よりも患者に好まれる錠剤の開発も進められている。6 月にイーライリリー( Eli Lilly )が資金提供した企業が行った臨床試験では、オルフォルグリプロン( orforglipron )というメロディアスなネーミングの錠剤にオゼンピックと同等の体重減少効果があることが判明した。間もなく、何百万人もの肥満者がオルフォルグリプロンを投与できるようになるだろう。多くの者が、目を覚まして歯を磨き、マルチビタミン剤や低用量アスピリンと一緒にそれを口にするようになるだろう。

 GLP-1 受容体作動薬が開発されるまでには紆余曲折があった。しかし、今後、もっと有用性が認識されるようになり、急激に普及する可能性がある。人間の体には、たくさんの受容体がある。腸にもあるし、肝臓にも筋肉にも脳などにもある。 GLP-1 は、あらゆる受容体にさまざまな連鎖反応を引き起こさせる。さまざまな研究で驚くべき事実が次々と明らかになっている。GLP-1 受容体作動薬の中には心臓発作や脳卒中の発生率を減らすものや、腎臓病の進行を遅らせるものがあることが分かっている。また、肝臓に沈着した脂肪も縮小させるものもある。特定の GLP-1 受容体作動薬を摂取した者のアルコールやタバコへの依存度が低減したとの報告もある。ギャンブル依存症や皮膚むしり症の程度が低くなったり、その他の嗜癖行動( Addictive Behavior )が改善したという報告も少なくない。「これは前例のない状況である。」と、アルコール依存症に対するセマグルチドの効果を研究しているノースカロライナ大学の臨床心理学者クリスチャン・ヘンダーショット( Christian Hendershot )は私に言った。「この薬を投与して実際に飲酒量や喫煙量を減らすことができたとする体験談がたくさん寄せられている。現在、私の研究室では、引き続き臨床試験を行っていて、本当にそうした効果があるか否かを確認している最中である」。ドクトカゲの毒は、凡庸だったホルモンを強力な糖尿病治療薬に変え、さらに歴史上最も有望な減量治療薬に変えるのに役立った。それは私たちの生活を大きく変えるかもしれないが、まだ解明されていないことも多い。


2.糖尿病薬オゼンピックは、減量薬としても有用

 肥満は大昔から存在していた。数万年前のいわゆるヴィーナス小像( Venus figurine )は、大きなお尻と丸い腹を持つふくよかな女性の形をしている。食糧が不足する時代には肥満は富と幸福の象徴であった可能性がある。しかし、時間が経つにつれて、肥満は非常に否定的な意味を持つようになった。 アレクサンダー ハミルトン( Alexander Hamilton )が財務長官だった時、イギリスにいた彼の義姉は手紙の中に「親愛なるハミルトンは仕事に多忙でほとんど運動しないので、急激に太ってしまった。」と書いて心配していた。ウィリアム・ハワード・タフト( William Howard Taft )は、大統領に就任する時点では、おそらくアメリカで最も体重の重い政治家であった( 150 キロだったと言われている )。彼は、イギリス人医師の指導の元で減量に励んだ。 「体重が 300 ポンド(136 キロ)を超える人物に、紳士はいはい。」と、タフトは記している。彼の体重は生涯にわたって増減を繰り返した。当時の漫画家たちは容赦なく彼を風刺し続けた。ある研究によると、1922 年から 1999 年の間に(この間、多くのアメリカ人の体重が順調に増えたわけだが)、美人コンテスト優勝者の平均体重は 12% 減少したという。座りっぱなしの仕事が増え、美味しい食べ物が巷に溢れ、砂糖まみれの加工食品が普及したおかげで、スリムな体型の維持が困難になっているにもかかわらず、非現実的で、むしろ害の方が多いスリムな体型を美しいとする美意識が定着しつつある。多くの企業が、食品研究者をたくさん雇用し、脳の報酬回路をハイジャックするための砂糖と塩と脂肪の最適な組み合わせを見つけることに必死である。「人間が欲望をコントロールできないことに乗じて、消費者から利益を吸い取る消費社会が構築されてきた。」と、ポッドキャスターでブランド戦略に詳しいニューヨーク大学のスコット・ギャロウェイ( Scott Galloway )教授は言う。「巨大食品企業は、私たちが摂取せずにはいられないような食品を提供している」。

 この肥満という問題に関して言うと、アメリカは世界でもっとも上手く対処できていない国であると言っても過言ではない。肥満が必ずしも健康上の問題を引き起こすわけではない。BMI が正常な人が糖尿病や心臓病を発症する可能性があるのと同様に、肥満体でも代謝的に全く問題なく健康な可能性もある。しかし、長年にわたって、多くの医師が患者に過度の肥満にならないよう忠告してきた。それは、肥満と糖尿病との関連性が疑われるからである。高血圧、関節炎、脳卒中、心臓病、肝硬変、睡眠時無呼吸症候群、腎不全、うつ病、不妊症、がんとも関連性があるかもしれない。それでも、人口に占める太りすぎの者の割合は、1970 年代以降、一貫して増加し続けている。1998 年にアメリカ国立衛生研究所が肥満撲滅を宣言して以降、重度の肥満の比率は 2 倍となり、肥満が原因の心疾患による死者数は 3 倍となった。

 肥満を全く減らせなかったのだが、決して努力が足りなかったわけではない。国立衛生研究所は、バランスの良い食事と適度の運動が重要であることを啓蒙していたが、それだけでは不十分だったのである。多くの者は、手っ取り早く体重を落とすために薬を摂取したりした。1990 年代には痩せ薬フェンフェン( fen-phen )が大流行した(その後、心臓弁障害を引き起こしたとして裁判となった)。2000 年代初頭には心臓専門医ロバート・アトキンス( Robert Atkins )が提唱したローカーボダイエットが大流行した。また、2010 年代には砂糖や人工甘味料が添加された飲料への課税、通称「ソーダ税( soda tax )」が多くの州で導入された。肥満を減らすべく、多くの自治体が歩くことを奨励する街づくりに取り組み、学校の自動販売機からはジャンクフードが排除された。多くの研究者によるさまざまな研究を通じて体重をわずかに減少させる手法がいくつも開発されたが、それらはアメリカ人の体重増加のスピードを僅かに抑えただけだった。現在、アメリカ国民のほぼ 4 分の 3 が過体重とみなされ、40% 以上が肥満とみなされている。世界全体で見ると、現在、過体重の者の数は、100 年前の全人口の 2 倍である。肥満は間違った選択の積み重ねであるとして非難されることがあるが、その数はあまりにも多い。おそらく、こうした状況になったのは近代化による生活様式の変化の影響が大きいと推測される。

 私は現役の医師である。多くの患者が肥満で病状をさらに悪化させているし、治療を困難にさせている。多くの場合、肥満の影響は明確に見て取れる。重度の睡眠時無呼吸症候群を患っていた高齢の女性は、肺炎が悪化した。ある男性患者はお酒を飲まないのに肝硬変になった。肥満で脂肪が肝臓に浸潤して炎症を起こしたからである。ある 10 代の女性は体重のせいで凄惨ないじめを受け続け、自殺願望を抑えきれず救急外来に運ばれてきた。また、現代の医療システム自体は必ずしも過体重の患者にとって最適なものではないため、肥満が患者に困難をもたらす場合もある。かなり昔、私がまだ研修医だった時に驚いたことがあった。なんと、ある外科医が太りすぎの患者の手術を拒否したのだ。肥満は、創傷感染、血栓、腎不全などさまざまな症状を悪化させることが知られている。人工呼吸器のお世話になる機会も増やすだろう。以前、私が診た患者はタクシーの運転手だった。運動することが難しい病状だったし、彼の職業柄からすれば運動をするのは事実上不可能だった。彼に必要な手術を受ける前に 50 ポンド( 23 キロ)の減量を勧めることは、残酷であるし無駄なことにしか思えなかった。

 このような患者たちにとって、新しく開発された薬は変革をもたらす可能性がある。これまで多くの医師は肥満の患者に提供できるものがほとんど無かった。しかし、より多くの効果的な治療法を選択できるようになる。GLP-1受容体作動薬であるオゼンピックとウゴービは、血糖値を下げ、食欲を抑制し、満腹感の創出を早める。臨床試験では、これらの薬を投与された被験者の体重は平均で 15% 減少した。つい先日、さらに新しい薬も登場した。マンジャロ( Mounjaro )である。これは、GLP-1受容体作動薬であると同時にGIP受容体作動薬でもある(GIP:グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)。先の 2 つよりも減量効果が大きいと期待されている。3 つの受容体に作動する作動薬(受容体 3 重作動薬)の第 II 相臨床試験も進行中である。レタトルチド( retatrutide )である。その最高用量を投与された被験者は体重の 4 分の 1 弱を減らすことができた。これは、より侵襲性の高い治療法である胃バイパス手術( gastric-bypass surgery )をした場合の効果とほとんど遜色ないものである。これらの薬を投与すると食欲が減退する傾向があり、少なくとも患者が投与し続ける限りは、根本的かつ永続的な健康上のメリットがもたらされる。

 過去 1 年間、オゼンピック、ウゴービ、マンジャロの需要は供給を大幅に上回っており、それらを必要とする患者数は非常に多いため慢性的に不足が生じている。医薬品に関する規制上、オゼンピックとマンジャロは糖尿病薬として、ウゴービとゼプバウンド( Zepbound )は肥満薬として承認されている。医療現場では、いずれも減量を目的として使用されている。現在では、減量薬と言えば、誰もがオゼンピックを思い浮かべるような状況である。やはり、市場に一番最初に投入されたことが大きいようである。オゼンピックのペン(注射用)の偽造品がヨーロッパ全土で確認されており、オーストリアでは数人が入院する事態となった。アメリカでも、供給が不足していて、一部の患者は調剤薬局( compounding pharmacy )が調合したノーブランド品に頼っている。不幸なことに、スリムなことが美しいという全く不合理な美意識が需要を押し上げている。そのことが、多くの太った人たちが健康的になるのを妨げている側面もある。多くの人たちが結婚式に出るために減量薬を投与している。その費用を支払うためにクレジットカードを使ったり、副業をしなければならない。お金に余裕のあるアメリカ人の中には、ビタミン O ( Vitamin O:ダイエットサプリの製品名)を摂取している者が非常に多い。今年の春、アカデミー賞授賞式でホストを務めたジミー・キンメル( Jimmy Kimmel )は、スリムで魅力的な俳優たちに観衆がうっとりしているのを目の当たりにして、 「自分はオゼンピックを飲むべきではないか?」と感じたと伝えられている。

 ギャロウェイ教授のマーケティング視点での分析によれば、新たな減量薬の登場はかつての加工食品の登場と同様にアメリカ社会を大きく変革するという。健康が増進し、気分が高揚し、性に開放的になり、創造力が高まるという。糖質まみれの加工食品を作って売りまくる資本家の強欲さが、減量薬の普及を促進している部分もある。今起こっていることを大きな視点で捉えると、寡占化が進んだ巨大食品企業( Big Food )による弊害が、もう一つの寡占化が進んだ業界である大手製薬企業( Big Pharma )に莫大な利益をもたらしたという図式が成り立つ。ここ数カ月間でビールやスナックやファストフード等の企業の株価が大きく下落している。数千万の太ったアメリカ人の消費性向が変わると予想されるからである。直近でも、ドーナツ販売のクリスピー・クリーム( Krispy Kreme )の株価の急落が話題になっていた。多くの投資家が同社の将来に大きな懸念を抱いている。 投資家の中には、痩せた乗客が増えるので航空会社が燃料コストを大幅に減らせると考えた者もいた。また、多くの医療機器メーカーが、血糖値測定モニターや膝用治具の需要が急減しないことを投資家に説明するために奔走していた。肥満は社会がハイテク化したことによって生み出された問題である。現在、私たちは肥満がテクノロジーの進化で解決できるか否かを検証している最中である。


3.オゼンピックの負の側面

 オゼンピックという減量薬の開発は画期的ではあるものの、この熱狂が失望に変わる可能性が無いわけではない。まず、この薬は誰にでも効くわけではない。「誰もがTikTokやインスタグラムで 50 ポンド( 23 キロ)痩せた人を見て、自分もそうなりたいと願うものである。」と、マサチューセッツ総合病院( Massachusetts General Hospital )で過体重の患者を診ている内科医ファティマ・コディ・スタンフォード( Fatima Cody Stanford )は私に言った。 「現実には、減量薬のハイレスポンダー( high-responder :特定の薬に対する感応度が高い者)とローレスポンダー( low-responder :感応度の低い者)がいる。個人ごとに感応度はさまざまで、そのスペクトルは非常に広い。残念なことに、非常に感応度が低い者も少なくない。そうした人たちには減量薬の効果はほとんどない」。スタンフォードが製薬企業に期待しているのは、ゲノム解析を進めて GLP-1 受容体作動薬に対する感応度に差が出る要因を突き止めることである。「大幅に体重を減らせる者がいる一方で、可哀想にも全く体重を減らせない者がいるのはなぜなのか?」

 オゼンピックとウゴービは、吐き気、便秘、下痢等、消化器系に症状を引き起こす可能性がある。6 カ月間オゼンピックの投与を続けている 50 代前半の男性は、こうした副作用が継続していると言った。彼は、健康の大敵である老後の肥満を避けるために、その代償である副作用を受け入れて生きていると言った。 「副作用があるということはこの薬が機能している証拠だと考えるようになった。」と彼は言った。 「これは食べ過ぎない能力を得るために支払うべき代償である」。しかし、 ある研究によって明らかになっているのだが、ほとんどの人は臨床試験中はこの薬を耐えて使い続けるが、病院でこの薬を処方された患者の約 3 分の 2 は 1 年以内に投与を中止している。この薬の大きな欠点の 1 つは、 投与を中止すると体重が元に戻る傾向があることである。

 高齢者が減量することには、リスクが伴う可能性がある。というのは、減量薬を投与すると脂肪が減るだけでなく、骨密度が低くなり筋肉量も減る可能性があるからである。それらは、高齢者が転倒するリスクを高めるし、他のさまざまな問題を引き起こす可能性もある。 (現在、製薬企業数社が、こうした潜在的なリスクを軽減する減量薬の研究開発を進めているようである。)「私はこれらの薬を、革新的とか、天地を揺るがすとか、大げさな表現で評価しないように努めている。」とスタンフォードは言った。 「減量薬が開発されたことで、道具箱の中に有用な道具が 1 つ増えたと考えている。それで、道具箱が非常がますます使えるものになった。これまでより段違いに使えるものになった。しかし、減量薬にはいくつかの問題がある。減量薬はたくさんある過体重の解決策の内の 1 つであると認識し、さまざまな解決策を上手く組み合わせることが重要である」。

 アメリカでは、医薬品の価格の上昇が顕著で大問題となっている。薬局で 30 日分のオゼンピックを購入すると、支払額は 1,000 ドル弱である。ちなみに、カナダでは 147 ドルで、イギリスではたったの 93 ドルである。健康保険に加入しているアメリカ人でさえも気づいていないかもしれないが、おそらく多くの保険加入者が減量目的でこれらの薬を長期間投与するようになれば、いずれ各保険会社は支払いを渋るようになるだろう。また、6,500 万人が加入するメディケア( Medicare )では、減量目的の薬は保険適用外となっている。保険適用に変更するよう訴える者が少なくないのだが、もし、彼らの願いが叶った場合には、即座にメディケアは重篤な財源不足状態に陥る可能性が高い。肥満と診断された者すべてが減量薬を使用した場合の保険支払額は、現在のメディケア全体の保険支払額を上回る可能性が高い。一方、メディケイド( Medicaid:低所得者向けの医療保険制度)では、低所得者向けで保険料を安くしている関係で財源が厳しいため、減量目的の薬の投与は保険でカバーされない。悲しいことであるが、肥満の比率が最も高い低所得者層に属する者たちは、実際には新たに開発された減量薬の恩恵を受けることはない。

 「他の企業が減量薬を開発して市場に新たに参入することで価格が引き下げられるかもしれない。それでも、これらの薬の恩恵を受ける者の数が膨大であることと、投与期間が非常に長いことを考慮すると、巨額の支払が長期間続くことになる。それは非常に大きな問題である。」と、薬事政策に詳しいヴァンダービルト大学のステイシー・ドゥセツィナ( Stacie Dusetzina )は私に言った。彼女は、C 型肝炎( hepatitis C )の治療に用いられる抗ウイルス薬ソバルディ( Sovaldi )について言及した。それは 2013 年に約 9 万ドルで発売された。現在、この薬の後継薬が半額以下で販売されている。しかし、C 型肝炎患者でこの薬で症状の改善が見込まれる者の内、投与されているのはわずか 3 分の 1 だけである。 「 C 型肝炎の治療薬が開発されたのに、それが必要な者に投与されないという事態が発生している。価格の高い薬が開発される度に同様の事態が発生する可能性がある。」とドゥセツィナは言う。アメリカには、C 型肝炎に罹患している者は 300 万人、肥満者は 1 億人以上いる。


4.オゼンピック開発は医学史上の重大な出来事として認識されるべき

 私は、研修医になった時に、自分のキャリアを肥満と戦うことに捧げようと考えていた。私は、タバコ規制団体でインターンをした。禁煙を勧める公衆衛生キャンペーンについて学んで、それを肥満防止キャンペーンに応用したいと考えていた。私は肥満専門医の指導を受けたし、食品に関するマーケティングや食物依存症に関する講座も受講した。また、小児肥満症の原因も研究した。しかし、時間が経つにつれて、私は肥満と戦うことの困難さを認識し、絶望感さえ感じるようになった。喫煙による健康被害は、タバコとタバコを販売する企業に原因がある。それとは対照的に、肥満の原因は実に複雑である。食べ物、仕事、文化、教育、地域社会などさまざまな原因が密接に絡み合っている。何年も多くの患者を診てきたが、いつも感じていたのは、患者を痩せさせることは非常に難しいということである。病院で患者に向かって、適切な食事と適度の運動の重要性を説き、時には断続的断食( intermittent fasting )を勧める。まあ、そんなことをしても効果は限られている。それは、多くの研究で明らかになっている。診断をしていて空虚に感じることさえある。私がしていることは、患者に向かって結末が暗いものであると分かっている台本を読むようなものである。

 最近、私は 2020 年後半、つまり、新型コロナの治療薬とワクチンが登場してパンデミックの収束に向けた動きが世界中で加速し始めた頃のことを思い出した。それまでの数カ月間は、多くの患者が苦しみ死亡しているのに、医師はほとんど何もできなかった。しかし、突然、たくさんのことができるようになった。ステロイド投与が患者を生き延びさせ、抗ウイルス薬は症状を軽減した。ほぼ同時に、強力なワクチンが複数登場した。2020 年が新型コロナとの戦いの転換点であったのと同様に、減量薬が開発された 2022 年は、肥満との戦いの重要な転換点になると推測される。2022 年は、人間の健康の最大の脅威である肥満が駆逐され始めた年と記憶されるべきである。減量薬の開発は、医学史上の偉大な進歩の 1 つとして記憶されるべきである。減量薬は、実際には食欲を減退させるだけであるし、元々は糖尿病患者のために開発されたものである。副作用に苦しむ者もいれば、購入費用の捻出に苦労する者も少なくない。しかし、何百万人もの肥満者にとって、オゼンピック登場後の世界は、それ以前の世界よりも格段に良くなったはずである。私は何年かぶりに、新しい台本を読んだ気分である。この台本の結末はとても明るいものである。 ♦

以上


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