【創作】夢の案内人 1
そいつは昔から知っていた、幼い頃から。
初めて見たのは・・・おそらく3歳頃。
夢に出てきた。暗闇の中から。
目を凝らしていると、真っ暗な雲が少しずつ薄れ細く弱々しい二日月のような光が差してきて、形がぼんやりと浮き上がった。
辛うじて、帽子を被りマントを羽織った人だとわかった。
光が少しずつ増してゆき、変な模様のついた仮面をつけているとわかったが、男か女かはわからない。そいつは幼い俺に、仰々しく芝居がかった礼をして言った。
「お初にお目にかかります。わたくしは、あなた様だけの水先案内人でございます。あなた様をより良い方へお導きするのがわたくしの役目。
今、あなた様の前には、二つに分かれた道がございます。どちらか一方の道をお選びいただかなくてはなりません」
だれ? あんないにんってなに? みちって?
案内人がマントを広げて大きく振ると、その向こうに何か見えてきた。
案内人を中心にして、肩越しに見える景色が左右で違っていた。
「けれどもどうかご安心ください。
わたくしが、あなた様の ”道選び ” のお手伝いをさせていただきます。
これからそれぞれの道についてご説明いたします。わからないことがあればお尋ねください。
あなた様のご活躍と素晴しい人生のために、誠心誠意務めます。
ご納得いただけましたら、良いと思われる一方をお選びください」
ごかつやく? じんせい? せいしんせいい・・・?
なにをいっているのかわからない・・・
わからないけど、なにかおしえてくれるらしいからきいてみよう。
「どちらかえらぶの? えらばないといけないの?」
「左様でございます。人生は ”道選び” の連続。それこそが、人生とも旅とも言えましょう。
道を選ばずして進むことはできません。そして留まることもできません。
なればこそ、わたくしのような者がお支えする必要があるのです」
「ふーん? やっぱりよくわからないなぁ・・・」
「ともかく、まずはお聞きになってみてください。左の道からご説明いたしましょう。
暖かい陽差しが降り注いで木々もすくすくと育っております。花々も咲き乱れ、蝶も美しく舞っております。まるであなた様への祝福のよう。ほら、ここからでもご覧になれますね。親御様もあなた様をお待ちになっていますよ。道も広く、3人で手をつないでおしゃべりしながら進めるでしょう。きっと楽しい旅になると存じます」
「こっちのみちは?」
反対側の暗い道を指差して尋ねた。
「右の道は、とても狭い道でございます。暗くジメジメとしていて、ぬかるんでいる上に、ゴツゴツした石や大きな岩が道を塞いで大変歩きづらい道でございます。あなた様はまだお小さいゆえ、お一人で往かれるには大変危険な道でございます」
「そうなんだ。じゃあ、こっちのみちにする」
左の道を指差した。
「ええ、ええ、それがよろしゅうございます。あなた様は必ずや、人生の勝者となられましょう」
案内人はクックックッと喉の奥で笑った。
「それではこれにて失礼いたします。あなた様の目前に、ふた手に分かれた道が現れた時、またお目にかかりましょう」
仰々しい礼をした案内人を霧が包んでいく。黒いマントが見えなくなるほどの濃い霧が。
それが薄くなり、ゆっくり流れて行ったとき、案内人の姿もなくなっていた。
気づけば、目前には明るい森だけが広がり、両親が笑って俺を呼んでいた。
へんなやつだったな。
そう思いながらも、急いで両親のところへ走った。
目が覚めた時は、黒いマント、帽子、仮面の姿は覚えていた。
が、体を起こしベッドから出る間に忘れてしまった。
***
しばらくすると、また夢に出てきた。
黒いマント、帽子、仮面。
「わたくしは、あなた様だけの水先案内人でございます。あなた様をより良い方へお導きするのがわたくしの役目。
今、あなた様の前には、二つに分かれた道がございます。どちらか一方の道をお選びいただかなくてはなりません。
けれどもどうかご安心ください。
わたくしが、あなた様の ”道選び ” のお手伝いをさせていただきます。」
おもいだした。まえにもみた。
あんないにんだ。
「おもいだしたよ。あんないにん。まえにもみちをえらんだよね」
「おお、それは素晴しい。ゆうと様は賢くていらっしゃる。
お手伝いのし甲斐もあるというものでございます」
案内人がマントを広げて大きく振ると、またその向こうに何か見えてきた。
だが肩越しに見える景色は、左右で違うことは以前と同じだったが、様子が少し違っていた。
「それでは、それぞれの道についてご説明いたします。わからないことがあればお尋ねください。
あなた様のご活躍と素晴しい人生のために、誠心誠意務めます。
ご納得いただけましたら、良いと思われる一方をお選びください」
まえにもきいたけど、やっぱりそれはいうんだ。へんなの。
「左の道にはたくさんのご本が用意されております。ゆうと様のためだけのご本でございます。語学・数学・科学などの分野ごとに、今まで出会ったことのない様々な良書をふんだんにご用意しております。
知識を蓄えることは即ち、ゆうと様の将来を輝くものとするための道標を得ることでございます」
すなわち? みちしるべ? やっぱりよくわからないな。
「じゃあ、こっちのみちは?」
「右の道には何もございません。砂漠でございます。
わずかに道のような筋が続いているだけの、楽しいものも不思議なものも美しいものも、何もない世界でございます」
「ふーん、じゃあこっちのみちにする」
左の道を指差した。
「ええ、ええ、それがよろしゅうございます。あなた様は必ずや、人生の勝者となられましょう」
案内人はクックックッと喉の奥で笑った。
「それではこれにて失礼致します。あなた様の目前に分かれた道が現れた時、またお目にかかりましょう」
再び仰々しい礼をした案内人を霧が包んでいく。前回と同様に薄くなり、流れ、案内人の姿もなくなった。
気づけば、周りには大きな本棚にぎっしりと詰まった本。子どもの俺が興味を持ちそうな、写真やイラストも多くわかりやすい本も多数あった。俺はそのうちの一冊を手に取った。
目が覚めた時は、黒いマント、帽子、仮面の姿は覚えていた。
が、体を起こしクリスマスプレゼントを見つけた時に忘れてしまった。
プレゼントは世界中の美しい景色を集めた写真集だった。
***
その後も、案内人は何度も夢に出てきた。
そして俺はその度に道を選んだ。
子どもの頃は、目覚めては忘れ見ては思い出すを繰り返していたが、そのうち案内人を忘れることはなくなった。
忘れてはいないのに案内人は必ず同じ挨拶をした。
「わたくしはあなた様だけの水先案内人でございます。あなた様をより良い方へお導きするのがわたくしの役目・・・」
思い出したと何度も言ったが、やはり何度も同じ挨拶を繰り返す。言わずにはいられないらしい。俺は聞き流すことにした。
道はその時々で様々だった。
「こちらはやがて森を抜け、もっと広い道へとつながります。その先は大きな街へと続いています。賑わい活気に満ちて、面白い物がたくさんあって、楽しく、豊かな街でございます」
「こちらはだんだんと道も細り、小さな集落に行き着きます。人も少なく、寂しいところでございます」
「大きな街がいい」
「ええ、ええ、それがよろしゅうございます。あなた様は必ずや、人生の勝者となられましょう」
いつも最後にそう言って、案内人はクックックッと喉の奥で笑って消えた。
***
俺は11歳になった。
ある日、校内で写生会があり、全学年の児童が皆描きたいものを探して散らばった。ある者は教室で花瓶に生けた花を。ある者は銅像の前へ。
俺は外から校舎を描くことにしてグラウンドの端まで行った。
他にも3人、和彦・広樹・克也が近くに座った。
和彦は絵が上手い。絵画教室に通っているらしい。そこの先生に勧められて美術展に出品して賞を取ったこともあると聞いた。
広樹はよくしゃべる。昨日見たTV番組とか、好きなサッカー選手の話とか、思いついたことを思いつく順で。誰かが止めないと止まらないこともある。
克也は、広樹がしゃべっているときは聞き役に回って適当なところで止めてくれる。自分からリーダーになりたがるタイプではないが、任された委員の仕事は誰よりきちんとこなすし、先生からもクラスメイトからも信頼されている。
グラウンドの端に座るまでは、広樹は宇宙飛行士の講演を聴きに連れて行ってもらったと興奮気味に話していた。
「カッコ良かったよー! 宇宙の話たっくさん聴いた。すっげーおもしろかった! オレも宇宙飛行士になりたいなぁ」
「じゃあたくさん勉強しないとな。宇宙飛行士はいろんなこと知ってないとなれないんだぞ」と克也が返す。
「現実を思い出させるなよぉ。せっかくの楽しい気分がぶっ飛んだぞ」
「でも本当だよ。今から準備しないと間に合わないかもね」
珍しく和彦も口を挟んだ。
「和彦まで言うか。じゃあお前は何になるんだよ」
「僕は絵を描きたいから画家」
「ああ、お前はもう賞も取ってるんだからいけるだろ。いいよなぁ、もう決まってる奴は。じゃあ、克也と祐斗は?」
「俺はまだ何も決めてない。決めてるのは和彦くらいだろ」
「じゃ祐斗は? もう決めてるんじゃないか? よく難しそうな本読んでるだろ」
「面白いから読んでるだけで、別に決まってはいないよ」
「ほんとかぁ?」
「広樹、それよりお前、この前サッカー選手になりたいって言ってたろ。その前が俳優で、その前がカメラマン。どれにするんだ?」
「パパみたいな言い方はやめてくれ!」
「広樹がはっきり決めたらな」
「克也ひでー!」
場所を決めるまではそんな話をしていたが、座ると広樹は急に話題を変えた。
「そういえばさぁ、この前妹のミキが夜中にいきなりギャーギャー泣き出してびっくりしてさあ。パパもママも飛び起きて、大騒ぎだったんだよ。すっごい大きな声で、ママにしがみつきながらずーっと泣いてたんだ」
「え、なんで?」
3人が同時に聞いた。
「それがわかんなくて。何があったか聞いても、怖いー怖いーとしか言わないし、パパが部屋の窓とかちゃんと締まってるの確かめたから泥棒とかじゃないと思う。でも朝になったらいつものミキになってたんだ。ママも困っちゃって」
「妹って幾つ?」
「7歳」
「怖い夢でも見たんじゃない? 僕も時々怖い夢見ることがあるよ」
「え、和彦怖い夢見るのか? オレは全然見ないけど。どんな夢? やっぱりオバケが出てくるとか?」
「オバケ・・・ではないと思うんだけどな。何か、大きい何かが僕を捕まえようと追いかけてくるんだ。」
「何かって?」
「さあ。わかるのはすごく大きいってことだけ。だからすぐに追いつかれて、捕まりそうになる。だから必死で走って、物陰に隠れてじっとしてるんだ。音を出したら気づかれるから」
「克也は?」
「俺は夢は見てない」
「祐斗は?」
「俺は怖い夢は見てないかな。時々案内人が出てくるくらいで」
「案内人? 何それ」
「え? 知らない? 自分だけの案内人だよ。見たことない?」
「わかんないよ。大体そいつは何を案内するんだ?」
「道だよ」
「何、お前迷子になってんの?」
「違うよ。案内人は・・・あ」
先生が見回りをしていて、しゃべってばかりで描いていない俺たちに気づいて、近づいてくるのが見えた。俺たちは急いで手を動かした。
***
夢の話はそこで途切れたが、夜になっても俺は何かが引っかかっていた。
もしかして、克也たちは案内人の夢は見ないのか? あいつらが覚えていないのではなく。
あまりにも、何度も出てきたからいつしか当たり前のように感じていた。
俺だけが何度も見ているってどういうことだ?
もやもやした気分を引きずったまま眠りについた。
そして、案内人が現れた。
「わたくしは、あなた様だけの水先案内人でございます。あなた様をより良い方へお導きするのがわたくしの役目。
今、あなた様の前には、二つに分かれた道がございます。どちらか一方の道をお選びいただかなくてはなりません」
「案内人、それより答えてくれ。案内人はお前一人なのか?」
「もちろん、わたくしは祐斗様だけの案内人でございますゆえ」
「克也たちには別の案内人がいる訳じゃないのか? 俺だけなのか?」
「もちろん案内人は他にもおりますよ。ただ、案内人は数が少のうございまして、祐斗様のご学友のように案内人のいない方は多く、いえ、祐斗様のように案内人がお支えしている方のほうが少ないのです。それだけ、その方々が特別だということです」
「特別・・・?」
「左様でございます。ですから祐斗様、案内人の話は誰にもお話なさいませんよう。知ったところで、その方に案内人がつく訳ではございませんから」
「それならどうして俺にはお前がいるんだ? なぜ今夜出てきた」
「そこでございますよ、大事なことは。当然、今またあなた様の前で道が分かれているからでございます。大変重要な分かれ道が」
案内人がいつものようにマントを広げて大きく振ると、その向こうの景色が変わった。
「右の道は案内人のいるお子様がいらっしゃる道です。勿論そうでないお子様もいらっしゃいますが、本来は皆いたはずの方々です。
既に才能を発揮され、それを活かす道をご自分で模索されている方々です」
「・・・もしかして、和彦のことを言っているのか?」
「お一人だけではございませんし、まだ祐斗様がお会いになっていない方々も大勢いらっしゃいます。この道を往けば数年の内に出会うことになりましょう」
「じゃあ、そっちは?」
「左の道には残念ながら、案内人がつかず才能を見いだすこともこれまでなかった方々の道です。わたくしどものような役目の者がいなかったために、本人も気づかず大切な時期を過ぎてしまった方々です。
この道は、この先更に厳しくなります。曲がりくねって、傾斜のきつい上り坂が続きます。木や岩が道を塞いでいる場所を避けながら、切り立った崖の細い道をぐるぐると回らねばなりません」
「・・・俺のクラスメイトで、そっちの道にいる奴はいるのか?」
敢えて名前は出さなかった。
「残念ながらわたくしは祐斗様だけの案内人ゆえ、他の方についての具体的なご質問にはお答えできかねます。
一つ申し上げられることは、わたくしの役目は祐斗様を影からお支えし、より良い道へとお導きする、ただその一点に尽きます。あなた様もこれまでのこと、覚えておいででしょう。それは今後も決して変わることはございません」
「・・・右の道にする」
「ええ、ええ、それがよろしゅうございます。あなた様は必ずや、人生の勝者となられましょう。くれぐれも、わたくしのことはどなたにもお話になりませんよう」
そう言って、案内人は消えた。
***
目覚めてから、案内人の言葉を思い返した。確かに、何かの選択をするときにあいつは必ず現れた。その後、選んだ道で何かのトラブルになったことはなく、順調にここまで来た。
俺にとって、それが大きな事実だった。俺は何かあると自ら案内人を呼ぶようになった。
それが間違いの元だった。
つづく
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