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第31回「小説でもどうぞ」応募作品:放課後の化学実験

第31回「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「ありがとう」です。
だいぶ個人的な恨みの詰まった作品にはなりましたが、書いてだいぶすっきりしました。
よかったらお楽しみください。

放課後の化学実験

 僕と仲のいい生徒がいじめられている。
 この子の担任に話しても、気のせいだといって取り合ってもらえないらしく、話せる相手が僕だけらしい。だから、僕はこの子の相談に乗っている。
 クラス中から無視されたり、嫌がらせをされたり、悪口を言われたり。中学生くらいだとよくあることだ。
 よくあることだからといって、それが軽んじられていいはずがない。やっている側はどうせ卒業したら全部忘れる。けれどもされた側は、一生その傷を負って生きなければいけないのだから。
 これはそう、僕の経験からだ。今年大学を卒業して、母校であるこの学校に新米教師として赴任してきた僕自身の経験。
 だから、僕にはある程度、この子の気持ちがわかるつもりだ。そして、担任が取り合わないのであれば、解決が難しいだろうということも。
 担任でないどころか新米教師の僕の言葉を、他の教師が信じるとは思えない。信じたとしても、この子がいじめられているということを下手に話せば、ますますこの子の立場が悪くなる。そんなことはわかりきっていた。
 僕を頼る生徒の話を化学室でただ聞いて、ひとしきり話し終わったかなというところでこう声をかける。
「今日も、実験やってく?」
 すると、生徒はうれしそうに笑う。
「やります! 先生の実験、おもしろいから」
 まるでふたりだけの秘密みたいだ。気がつけば僕にとって、この時間はかけがえのないものになっていた。
 薬品を混ぜて、これは取り扱いを間違えると爆発するから気をつけて。なんて話を生徒にする。できあがったスライム状のものをごくごく小さくして衝撃を与えると、机の上でちいさな爆発を起こす。生徒はおどろいたように目をまんまるくして、うれしそうに笑った。
 良かった。この子にとっても、放課後の化学実験はいい気晴らしになってるみたいだ。すこしでもこの子の憂いが払えていれば良いのだけれど。
 それと同時に悩みもする。このまま現実から目を背けて、化学実験ばかりやっていてもなんの解決にもならない。僕はどうしたら良いのだろう。
 生徒が帰ったあと、職員室でぼんやりと考える。
 そうだ。いじめの証拠を集めて警察に行こう。
 きっと、校長に相談してももみ消されるだけだ。それならいっそのこと、この学校の評判を落としてでも警察に相談した方がいい。
 そう決意した僕は、翌日からいじめの証拠集めに乗り出した。

 それからしばらく。いじめの証拠もいくらか集まってきたある日の朝のこと。あの生徒が職員室に来て僕に言った。
「先生、ありがとう」
「ん? どうしたの、急に」
「うふふ、なんでもない」
 それからあの子は職員室を出て行った。
 ほんとうに、急にどうしたんだろう。僕はありがとうなんて言われるようなことをしただろうか。
 不思議に思いながらその日を過ごす。その中で気にかかったのが、化学の授業の時間にあの子の教室に授業をしに行ったのだけれども、あの子の姿がなかったのだ。
 ああ、僕の知らない間に保健室登校になってしまったのだろうか。そう思うと、中学時代の自分を思い出して気分が沈んだ。
 そしてその日のホームルームの時間に、校内に爆発音が響いた。
 教師が生徒達を先導して避難させる。僕も避難指示に従った。
 テロリストかなにかが入り込んだのだろうか。それにしては爆発までの間静かだった。
 あれこれ考えを巡らせていると、あの子の教室が爆発したという話が耳に入った。
 なんでも、たまたま通りかかった生徒曰く、あの子が教室の中で小麦粉を撒いて火を付けたらしい。
 粉塵爆発か。あの子なら原理がわかるから、実行するのはたやすいだろう。でも、それだけにしては被害が大きい。あの子の教室の壁は、一部崩れている部分がある。粉塵爆発でそこまでの威力は出せないはずだ。
 いや、それよりも、あの子は無事なのだろうか。あの子が爆発を起こしたというのなら、被害は免れていないはずだ。
 燃えさかる教室に向かいそうになる足を、なんとか押さえ込んだ。

 そして後日。あの子とクラスメイト、それに担任が遺体で発見されたという知らせと、現場には何ヶ所かに爆発物が設置されていたという情報が入ってきた。
 化学組成を聞く限り、その爆発物は、僕があの子に作り方を教えたものだ。
 ああ、なんていうことだろう。僕があんなことを教えなければ、あの子はきっとまだ生きていたのに。
 ……いや、ほんとうはこうなることを期待していたんじゃないのか?
 化学実験をあの子としていたとき、そうすればいつかあの子が、僕の代わりに学校に復讐してくれると思っていたんじゃないのか?
 そうだ。そうだったんだ。あの子は僕の意思を継いで、僕とあの子を虐げたこの学校に復讐したんだ。
 立ち入り禁止になっている学校に行くこともできず、近所の公園のベンチに座る。地面には可憐なシロツメクサが咲いている。
 君にこのシロツメクサを捧げよう。
 僕の代わりに復讐してくれてありがとう。

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