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第30回「小説でもどうぞ」応募作品:誘導尋問フォーチュン

第30回「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「トリック」です。
トリックと言われるとどうしてもミステリーとかを連想してしまうのですが、ミステリーを書くのは無理すぎるのでこのように落ち着きました。
ぜひお楽しみください。

誘導尋問フォーチュン

「すごい、当たってる! そうなんですよ、昔こんなことがあって……」
 目の前の客が、占いが当たっているとおどろきながらよろこんでいる。どうやら、私が訊ねた過去の出来事に心当たりがあるようだった。
 そしてそのまま現在のことも訊ね、それも当たっていると客はよろこぶ。当たっていると思われている占いの結果は、とても良いカードが出ていた。
「このまま行けば、意中の方はあなたに振り向いてくれるでしょう。
 ただ、これはあくまでも可能性の高い未来ですので、油断せずに引き続き努力を重ねてくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
 恋愛の占いで良い結果が出たとわかった客は、まだ話したそうにしていたけれども、制限時間が来たのでお帰り願う。当然のようによろこんで、お金を払って占い部屋から出て行った。
 布の上に広げたタロットカードを整えてケースにしまう。それから、次の予約客が来るまで一息入れようとコーヒーを用意した。
 いつものインスタントコーヒーを飲みながら思いを巡らせる。
 私がやってる占いなんて、明確なトリックがあるのに、客は誰もそれに気づかない。単純なものだ。
 そんなに難しいトリックではない。過去、現在、未来、それぞれに対応するカードを読み解くとき、あえて曖昧にカードを読むのだ。
 例えば恋愛であれば、過去に気になっていた人がいないかとか、その人と出会ったとき運命を感じたのではないかとか、そういったことだ。
 こういう曖昧なことを訊ねると、人は勝手に自分の心の中で該当する事象を探す。そしてその事象が見つかると……大体の場合はこじつけてでも見つけ出すのだけれど……占いが当たっていると錯覚する。半ば誘導尋問のようなトリックだ。
 こんな簡単なことで当たる占い師として評判になって、今の私は大もうけだ。もっとも、このやり方は対面でしか使えないやり方なので、雑誌やwebメディアから依頼が来ても、断らざるを得ないのだけが惜しいけれど。
 そう、対面でやるのであれば、結果が出た後、良い結果でも悪い結果でも、客に油断しないよう釘を刺すことができる。良い結果を叶えるため、悪い結果を避けるため、努力することを勧めるのは客をリピーターにするためだ。万が一未来の結果が外れても、客の努力の結果ということになるので、また助言を求めに来るのだ。これもトリックといえばトリックなのだろう。
 私は今の名声と収入には満足している。けれども、心のどこかで物足りなさも感じていた。なぜだろう。これ以上なにを求めているのか、私にはわからない。もちろん、それを自分で占う気は無い。自分にトリックは通じないのだから。
 考え事をしているうちにコーヒーはなくなり、次の予約時間が近づく。コーヒーカップを片付け、次の客を迎える準備をする。
 少しして、次の予約客がやってきた。ひっつめ髪で眼鏡をかけた、化粧もしていない地味な女性客だ。
 椅子に座った客に訊ねる。
「今日はどのようなことを占いますか?」
「いま、プロジェクトが難航してて、上手くいくかどうか知りたいんです」
 客からあらましを聞いて、早速タロットカードをシャッフルする。そのカードをまとめてから、規定の位置に並べ、読み解いていく。もう慣れた作業だ。
 過去のカードはハングドマンの逆位置。ここから引き出すべきは……私は客にこう訊ねる。
「過去にも、プロジェクトのことでなにか難航したことはありませんか?」
 すると客はこう答える。
「どう思いますか?」
 思わず客をじっと見る。彼女はうっすらと笑っていた。
 カードの解釈を元に、過去のことを聞き出そうとしてもびくともしない。彼女は心当たりを一切口にしなかった。
 こんな客ははじめてだ。私のトリックが通用しないなんて。
 どうやって切り抜けるか。うっすらと笑う彼女を見つめる。そうしているうちに、心の奥から今までになかった感情が沸いてくる。
 おもしろくなってきた。ここから先はトリック抜きの勝負だ。詐欺師まがいのことなどせず、ほんとうの占い師として彼女のことを占ってやる。
 そうか、私は小手先のトリックで誤魔化すんじゃなくて、こんなひりついた真剣勝負がしたかったんだ。
 彼女は目の前で挑戦的に笑っている。手のひらがじっとりと汗で湿る。
 ぺろり、と下唇をなめた。

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