メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第97号「井華水」(夜明けに初めに汲んだ井戸水)1

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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆


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  第98号

    ○ 「井華水」(夜明けに初めに汲んだ井戸水)1

◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説
      ◆ 編集後記
      ◆ 次号の原文

           

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 こんにちは。前号までの水についての総論的な「論水品」に続く部分、ここ
 から具体的に水が語られることになります。まずは筆頭の「井華水」です。


 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「井華水」 p678 下段・湯液篇 巻一)


 井華水
           性平味甘無毒主人大
  驚九竅出血亦主口臭好顔色洗目膚翳及酒
 後熱痢此井中平朝第一汲者本草


 ※ 前号の「次号の原文」で誤りがありました。原文二行目の「翳」が前号
 では「次」となっていました。お詫びして訂正いたします。


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


 井華水
           
性平、味甘、無毒。

  主人大驚、九竅出血、亦主口臭、好顔色。

  洗目膚翳、及酒後熱痢。

  此井中平朝第一汲者。『本草』


 ※原本では冒頭の項目後にハングルがありますが、メルマガの配信方式では
  ハングル表記ができませんので、残念ながら割愛させていただきます。
  ただ、下の日本語訳にはハングルからの訳を記載しています。


 ●語法・語釈●(主要な、または難解な語句の用法・意味)


語釈

  九竅(きゅうきょう)竅はあな、あなの意味。九つの穴。
     つまり人体に開いている穴を総称してこう呼ぶ。
     頭部の両目、両耳、鼻のふたつ、口で七つ、
     陰部と肛門のふたつ、合計九つ。

  膚翳(ふえい)薄い角膜白濁

  熱痢(ねつり)主に胃腸の不調による熱由来の下痢。


 ▲訓読▲(読み下し)


 井華水
           
性平、味甘く、毒なし。

  人大驚して、九竅より血を出だすを主る、

  また口臭、顔色を好くし、

  目の膚翳を洗い、及び酒後の熱痢を主る。

  これ井中より平朝第一に汲みし者なり。『本草』


 ■現代語訳■


 井華水(夜明けに初めに汲んだ井戸水)←(カッコ内がハングルの日本語訳です)

  性平、味甘、無毒。

  人が大いに驚き、九竅より出血するものを治する。

  また、口臭によく、顔色を良くし、

  膚翳の洗眼に、また飲酒後に熱痢を生じた者を治する。

  これは夜明けに井戸から初めに汲んだ水である。『本草』

 
 ★解説★
 
 「論水品」での水の総論も終り、いよいよ個々の水解説に入ります。
 まずは筆頭の「井華水」です。「華」の名をつけた優雅な名前です。

 効用がいくつか挙げてあり、冒頭には人がビックリしすぎて九竅、つまり顔
 の七つの穴と大小便の穴二つ、合計九つの穴から血を出すものを治するとい
 うスゴイ効用まで挙げてあります。

 ただの水にもいろいろ効用があること、または効用を見ていたことがよくわ
 かり、今後、水の項目を読んでいくなかでさらにそれを良くご覧いただける
 でしょう。

 ここでは触れませんが、処方の中には使用する水としてわざわざこの井華水
 を指定したものさえあり、水にもそれぞれの個性を見ていた個人の感覚が垣
 間見えます。


 項目の立て方として、まず漢字での項目、この湯液篇では生薬名ですが、そ
 の生薬名の下にハングルで現地の表現を併記した体裁になっています。
 これは前三篇の項目の記載法にはないものです。

 残念ながらメルマガの配信形式ではハングルを表記できず割愛しました。
 ただ、翻訳にはそのハングルを日本語に訳した文を掲載し、内容はわかるよ
 うにしてあります。

 項目名は漢字名、つまり中国での名称ですが、それを在来の名前や表現で表
 すことで、より現地での活用を期したのでしょう。日本で刊行された本草書
 に中国での名称と、日本名が併記してあるのと同様の趣旨でしょう。


 少し余談ですが、この東医宝鑑は主に先行の中国の医学書からの抜粋によっ
 て構成されていることはすでに見てきましたが、それを集大成しつつも、当
 時の朝鮮の人々の現状に合わせ、益する意図があったことが、このハングル
 表記ひとつにも見てとれるようです。

 以前「集例」の項目でこの東医宝鑑がなぜ東医宝鑑と名付けられたか、また
 「東医」の由来など見てみましたが、このハングル表記にも「東医」の集大
 成としてのこの書の意気込みが感じられます。
 
 興味深いことには、日本で発行された『訂正 東医宝鑑』でも、ちゃんとこ
 のハングル表記が踏襲してあります。そもそも日本での東医宝鑑の刊行はこ
 の書への畏敬の念から起こったことで、内容や形式をきちんと踏襲するのは
 当然と言えば当然かもしれませんが、このようにハングルまでちゃんと表記
 していることに、改めて驚嘆の念を覚えずにいられません。

 医学書のみならず、江戸期には多方面で数多の書籍が刊行されていますが、
 ハングルを記した書物はおそらく非常に稀と思い、その点でも『訂正 東医
 宝鑑』は貴重な書籍と言えると思います。

 また、韓国語、朝鮮語の研究にも、400年前の朝鮮語を知る貴重な資料と思
 い、そんな点からの研究もおもしろいと思います。

 例えばこの項目「井華水」解説にはハングルで
 「セーベーチョオムギルンウムルムル」と書いてあり全体で上に書いたよう
 に「夜明けに初めに汲んだ井戸水」という意味です。

 冒頭の「セーベー」は「夜明け、明け方」の意味ですが、現在では
 「セビョク」というのが普通で、「セーベー」は今から見ると古語なのです
 ね。他にもこの短い記述に今の言葉とは微妙に違う表現がいくつもあり、そ
 んな400年前の朝鮮語を知る好資料でもあるのです。


 以前に何度かこの湯液篇からの項目を読んだように、体裁は上で見たように
 まずその生薬の性質を挙げ、それから解説を加えるというのが普通です。

 内容は特に解説の必要はないでしょう。ただ、これもすでに何度も書いたよ
 に、現代語訳の訳語をどのレベルまで訳すかが問題で、ここでも例えば
 「九竅」「膚翳」「熱痢」などは原文のまま、つまり東洋医学の範疇のまま
 で記しています。

 古医書の翻訳の態度として、例えばこうした用語を現代医学に当てはめて訳
 す、というのも一見識と思いますが、概念や項目によっては現代語に置き換
 えることができない、置き換えたら元の概念が変わってしまうであろうもの
 が多々あるのですね。

 ですので、私の翻訳の態度は、できるだけこうした用語は訳さずにそのまま
 にしておくというものです。それが原文から読む意義の一つでもありますし、
 様々な観点からも元の用語のままで吟味するのが一番良いと思うからです。


 この項目の中に症候名がふたつ「膚翳」「熱痢」が登場し、ここだけ読んだ
 だけではどのような症候なのかがわからないのですが、おもしろいことにこ
 の東医宝鑑の他の部分にちゃんと解説があるのです。

 「膚翳」は大項目「眼」の「翳膜」の項目の末尾に引用解説が、そして「熱
 痢」は大項目「大便」に項目を立てて「熱痢」があります。つまり今号の部
 分では意味がわからない項目も他の部分で解決できるようになっている、現
 代風に言うとこの東医宝鑑内でクロスリファレンスができるようになってい
 るのですね。

 この湯液篇の生薬解説は、独立した生薬解説書としての役割があるとともに、
 先行の内景・外形・雜病の三篇に登場する処方を構成する個々の生薬の薬性
 薬理を参照する役割も持たせたであろうこともすでに書きましたが、このよ
 うに、生薬だけでなく他の項目についても、東医宝鑑内で相互参照して検討
 研究、理解ができるように配慮されているのがわかります。

 ただ、登場する全ての項目にクロスリファレンスが利くわけではなく、中に
 は東医宝鑑内だけでは意味を把握できない項目も少しはあり、今後そのよう
 な項目が出てきた場合には、他の医書を参照して、意味がわかるように解説
 してみたいと思います。

 参考までに、クロスリファレンスの該当箇所を挙げておきます。影印本をお
 持ちの方はページも書きますので、「膚翳」「熱痢」とは、どんな症候なの
 か、参照してくださればと思います。


 ・膚翳 ⇒ 大項目「眼」の「翳膜」の項参照(影印本P.223下段)

 ・熱痢 ⇒ 大項目「大便」の「熱痢」の項参照(影印本P.190上段) 


 ◆ 編集後記

 いよいよ水の具体項目「井華水」に入りました。なんだか雑談余談が過ぎた
 ようですが、周辺情報も面白く読んでくださる方がいらっしゃるかと、また
 今後続く個々の項目解説の概要としても、書いてみました。
 
 このメルマガで残念なことは、配信の体裁の都合でハングル表記ができない
 こと、また難しい漢字が文字化けすること、さらに画像の添付ができないこ
 と、などいくつか私の意に満たない部分があります。

 原文の画像や生薬の写真などと一緒にお届けできたらいいなぁ、と思うので
 すが、文字のみでの配信形式なので実現できません。配信した記事は、いず
 れ写真などを付けて、新訂準備中のホームページで公開することも考えてい
 ます。アイディア先行で作業がなかなか進みませんが、細かいところを充実
 させつつ、継続配信を心掛けたいと思います。 

 
 ◆ 次号の原文(次号の予習文)

               井華水者天
 一真精之氣浮結于水面故可取以烹煎補陰之
 劑及修煉還丹之用今好清之士毎日取以烹春
 茗而謂清利頭目最佳其性味同於雪水也正傳○
 井華水服藥煉藥並用
 之投酒醋令不腐本草
                      (2014.10.21.第98号)
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  ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
         発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com

      
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