メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第119号「六極證(ろっきょくしょう)」その2 ―「虚労」章の通し読み ―

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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆


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  第119号

    ○ 「六極證(ろっきょくしょう)」その2
      ―「虚労」章の通し読み ―

      ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説 
      ◆ 編集後記

           

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 こんにちは。前号で水部を全て読み終わりました。
 今号からは、以前に配信し途中になっていた部分から読みつなぐことに
 しました。「六極證(ろっきょくしょう)」の途中からです。
 さっそく原文から掲載します。


 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「六極證」 p444 上段・雜病篇 虚勞)


     身上往往如鼠走體上乾黒爲肉極○氣
  少無力身無膏澤翕翕羸痩眼無精光立不能定
  身體苦痒掻之生瘡此爲精極○胸脇逆
  滿恒欲大怒氣少不能言此爲氣極入門


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


  身上往往如鼠走、體上乾黒、爲肉極。

  氣少無力、身無膏澤、翕翕羸痩、眼無精光、

  立不能定、身體苦痒、掻之生瘡、此爲精極。

  胸脇逆滿、恒欲大怒、氣少不能言、此爲氣極。『入門』


 ●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)


語(字)釈

  身(シン)からだ、胴体

  往往(オウオウ)あちこち、至るところ

  軆(タイ 体)四肢、上肢・下肢、手足

  極(キョク)疲れる、疲れ果てる

  翕翕(キュウキュウ)突然、一致する

  苦(はなな-だ)極めて、とても


 ▲訓読▲(読み下し)


  身上往往鼠の走るが如く、體上乾黒なるを、肉極と爲す。

  氣少なくして力無く、身膏澤無く、翕翕として羸痩し、眼精光無く、

  立ちて定まることあたはず、身體苦(はなはだ)痒く、

  これを掻けば瘡を生ず、これを精極と爲す。

  胸脇逆滿して、恒(つね)に大いに怒らんと欲し、

  氣少なくして言うことあたはざる、これを氣極と爲す。『入門』


 ■現代語訳■


  体上いたるところ鼠が這うような感覚があり、

  四肢が乾燥し黒ずむ者は、肉極である。

  気が少なく力が無く、身体が潤沢でなく、

  突然に痩せ、眼に光無く、

  立てばふらつき、全身が甚だ痒く、

  掻けば瘡を生じる者は、精極である。

  胸脇が逆満し、常に大いに怒りを発したい衝動を持ち、

  気が少なく話すことができない者は、気極である。『入門』

 
 ★解説★
 
 「虚勞」の章、「六極」の続きです。と言っても前半部分を配信したのが
 1年以上前ですので、改めて前半部分を含めて、現代語訳だけ掲載します。


  しばしば筋肉が引き攣り、手の指や甲などが全て痛む者は筋極である。

  歯がぐらつき、手足が痛み、長い時間立っていられない者は骨極である。

  顔面に血色がなく、頭髪が抜け落ちる者は血極である。

  体上いたるところ鼠が這うような感覚があり、

  四肢が乾燥し黒ずむ者は、肉極である。

  気が少なく力が無く、身体が潤沢でなく、

  突然に痩せ、眼に光無く、

  立てばふらつき、全身が甚だ痒く、

  掻けば瘡を生じる者は、精極である。

  胸脇が逆満し、常に大いに怒りを発したい衝動を持ち、

  気が少なく話すことができない者は、気極である。『入門』


 と、「筋・骨・血・肉・精・気」の6種で、「極」つまり疲れ、虚労の
 診断の分類体系のひとつというわけです。

 
 今号の部分も、訳で読んでしまえば簡単ですが、原文から読めばなかなか
 面白い箇所がいくつもあります。

 例えば「身上往往鼠の走るが如く、體上乾黒なるを」など、
 現在では「身体」とか「体」とか、簡単に言いますが、これを読むと
 「身」と「體(体)」とが明確に分けて考えられており、改めて辞書を調べ
 ると、「身」とは胴体部分、「體(体)」が四肢の部分と分かれて考えられ
 ていたのが元で、それで「身體(体)」と言えば全身を指すのだ、などとい
 う事がわかります。

 さらに面白いのは次の部分で「身體」とまとめて登場しています。
 前の部分では「身」「體」と分け、次では「身體」と一緒にして、こちら
 では全身を表していることをより明確に打ち出す表現にしているわけです。


 ・身-----

 ・體-----

 ・身體----


 非常に綺麗な修辞法です。

 またその「身體苦痒」なども、現在の日本語感覚で読むと「苦しくて痒い」
 のように読めてしまいますが「苦」は語釈に書いたように程度を表す副詞で、
 「甚だ、極めて」などの意味があり、これはこちらの用法であろうことなど
 もわかります。こんな部分が面白いと感じられる方には、原文からの読みは
 苦にならず楽しいものとなると思います。


 「翕翕羸痩」、「翕翕」は漢方を学ぶ方にはお馴染の語句と思います。
 そう、傷寒論の「翕翕発熱(翕翕として発熱し)」の「翕翕」ですね。

 詳しく立ち入るのは避けますが、古来傷寒論のこの「翕翕発熱」がどのよう
 な発熱の仕方なのか、いろんな解釈があるのですが、ここでこの東医宝鑑、
 ひいては引用元の医学入門は「翕翕羸痩」という表現をしています。

 「翕翕として羸痩す」「翕翕として痩せる」という表現もなかなか面白い
 と思い、上の訳では単に「突然に痩せ」としてありますが、この
 「翕翕羸痩」がどんな痩せ方なのか考察の余地があります。

 例えば「翕」は成り立ちとして鳥の背中や羽根の部分を表しているとされ
 ます。ですので「翕翕羸痩」も鳥のように痩せてしまった様を想定してい 
 ると考えることもできます。

 「翕翕羸痩」という文を考えた方は、恐らく念頭に傷寒論の「翕翕発熱」
 があるはずで、「翕翕羸痩」は傷寒論の「翕翕発熱」を考察する一つの
 手掛かりにもなります。

 もちろん、時代的には傷寒論の方が先でしょうから、「翕翕羸痩」の文を考
 えた方が、傷寒論の「翕翕発熱」をどのように解釈して「翕翕羸痩」とした
 か、というのが発想の流れで、必ずしも「翕翕羸痩」と「翕翕発熱」の
 「翕翕」とがイコールとは言えませんが、ひとつの手掛かりにはなります。


 さて、水部に続いて先行訳の省略や誤訳の補完訂正をしていきたく思います
 が、先行訳ではなんと、この項目が丸々省略されています。この項目だけで
 なく、東医宝鑑のこの「虚勞」の章には処方解説の前に

 「虚勞病源」「虚勞證」「脈法」「五勞證」「六極證」
 「七傷證」「人身陽有餘陰不足」「辨氣虚血虚陽虚陰虚」
 「虚勞治法」

 と9の項目がありますが、この訳本で取り上げられているのはこのうち
 「虚勞證」のひとつだけ!他の8つは全く記載がありません。省略したとの
 明記すらありません。

 いかに参考資料などに制限があった時代の産物とはいえ、この省略はすご
 いですね。東医宝鑑の真面目(しんめんもく)、全体像を全く伝えていず、
 矮小化してしまっていると言わざるを得ません。

 この訳は初版では訳者さんのお名前が記載されていたのですが、後の版で
 は出版社も変わり、また訳者さんのお名前の記載すら無くなっていますの
 で、何か版権や内容などで出版社と訳者さんの間に問題でもあったのでしょ
 うか。

 訳者さんにはいつか完訳を世に出す志がおありであったと思いたいところ
 ですが、残念ながらその後は改訂などがなされることなく現在に至ってし
 まっています。すでに書きましたが先達の誤りをただすことも後進の者の
 務めと思いますので、先達の誤りをあげつらう意図ではなく、ここにこう
 して誤りや省略を明記し、より正しいであろう情報を新たにご提供させて
 いただく次第です。

 もちろん私の訳や解説にも誤りがないとは言えませんので、お読みの方ご
 自身で吟味いただき、誤りがあればご訂正くださればと思います。


 ◆ 編集後記

 水部の項目が読み終わり、どこを読もうか考えましたが、以前の部分が
 読み途中でしたのでそこを読みつなぐことにしました。

 このまま「虚勞」の章を読んでいき、また何か面白いトピックがあれば、
 その折々で織り込んでいきたいと考えています。 

                     (2015.04.11.第119号)
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  ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
         発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com

      
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