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ワクチン接種にみるタイ人スターの影響力について

つい先日、タイ国内最大の日刊紙「タイラット」のオンライン版に興味深い記事を見つけました。タイトルは「秘密を解く。なぜタイ社会ではいつもスターが人の心を動かすことに成功するのか」(2021年5月24日付)。タイ語で「ダーラー ดารา (直訳すると「星」)」と呼ばれる人気俳優や歌手などの芸能人。トップスターとなれば、テレビCMや街の広告でその顔を目にしない日はありません。常にスポットライトを浴びる彼らの言動や行動は、タイ社会で大きな影響力があると言われています。訪日インバウンドのタイ人誘客事業においても、インフルエンサーとして彼らの力がさかんに利用されてきました。

そうした「タイ人スターの影響力」について今回記事となった背景には、今、タイ人にとって最大の関心事、ワクチン接種があります。連日4桁の新型コロナ感染者数が続くタイでは、日本同様にワクチン接種が急務です。タイ政府は2021年内に5千万人(国民の約75%)への2回の接種を目標としています。しかし、2月末から医療従事者を対象に開始された中国シノバック社製のワクチン接種には懐疑的な見方が多く、医師や専門家がいくらその有効性を国民に説明しても、積極的な接種への気運が高まらずにいました。

その流れを一気に変えたのがタイ人トップスターたちです。彼らは次々にそれぞれのSNSを通じてワクチン接種の様子を投稿。特に1千万人のフォロワーを持つ人気女優チョンプー・アラヤ―が、5月18日に自身のインスタグラム (@chomismaterialgirl)にシノバック社製ワクチン接種の体験レビューを投稿したことは、タイ社会に大きなインパクトを与えました。

投稿の内容は、自分が小さな子供の母親であることや、周りの家族や関係者にうつしてしまうのではという心配や終わりの見えない現状への不安。「一時は外国にワクチン接種に行くことも考えた」と告白し、その上で出来る限りの情報を集め、3つの観点(ワクチンの有効性、副作用、製造技術)からシノバック社製のワクチン接種を決断するに至った経緯が詳細に語られています。そして「私たちにとって一番いいワクチンは、一番早く打てるワクチン」とする専門家の言葉に賛同し、「このパンデミックを終わりに近づけるために、それぞれのワクチン接種が力となる」と結び、タイ国民に接種を呼びかけました。

もちろん、まだ接種対象の職業や年齢ではない彼女がいち早く接種できたことに対して疑問や否定的な意見がないわけではありません。しかし、彼女はそうした異なる意見も尊重し、自らの言葉でファンに語り掛けた結果、この投稿には約56万のいいねと2万件以上のコメントが付きました。タイ国内のワクチン接種をめぐる状況は日々刻々と変化しており、1週間前の情報でさえ古いと言わざるを得ません。シノバック社製以外のワクチンも入り始めています。ただ、トップスターの彼女がタイ国民のワクチン接種に対する意識に影響を与え、心を動かした人物の一人であることに違いありません。

このように、ワクチン接種の促進において大いに発揮された「タイ人スターの影響力」に関して、バンコク大学インターナショナルコース・コミュニケーション学部のティワー・パーク助教授がオンライン記事の中で次のように分析しています。(以下、タイ語原文を翻訳して引用)

Q. なぜタイ社会では、専門家よりも「スター」の言葉が信頼されるのか。 

A.様々なメディアで医師が話す内容は専門用語による知識であり、私たちにとって細かく難しい情報であるかもしれません。普段、私たちは分かりやすいニュースや情報を選んで得ている。メディアに出てきて発言する医師は知らない人物なだけに親しみが沸かず、注目したこともないのです。

Q.「スター」がタイ人の意識に大きな影響を与えると見てよいか?

A.  現在、タイにおけるインターネット利用率の高さは世界的に見ても引けをとらず、常に上位であり、タイ社会では速やかにオンラインにアクセスすることができます。様々な情報がそのオンライン上で急速に伝達されていく。何を信じ、何を選んで使用するか、それらの多くはオンラインで得られる情報から検討する。これまで私たちは何度も有名人をフォローしては、実際に使ったり食べたりした人の経験を頼りにしています。

Q.敏感な社会問題に対して普段は発言を避ける芸能人であるが、今回彼らのワクチン接種の投稿をどのように見るか。

A. スターの中にはコロナに感染した俳優もいます。私たちは彼らを毎日のようにメディアで目にしています。コロナが身近に迫っているその彼らが出てきて(ワクチン接種について)発言をする。広く知られている存在であるため、その発言が一般の人から注目を浴びるのです。

こういった分析にプラスして、私は、タイ人スターの影響力には、彼らと一般の人やファンとの距離の近さも関係しているように思います。首都バンコクでは、変装など一切していない人気俳優が普通にデパートで買い物していたり、レストランで食事しているのを見かけますし、声を掛ければ誰もが気さくに写真撮影に応じてくれます。以前、訪日されたトップスターのお客様をアテンドした際には、空港で帰国を出迎えてくれるファンのためにとキーホルダーを100個ほど買われた様子を目にしました。ファンを大切にしている証拠だと思います。

そんな風に「スター」でありながら、どこか身近な存在であるタイの人気芸能人。彼らが一般の人やファンに対して語り掛ける言葉は自然と親近感をもたらすのでしょう。常にスポットライトを浴び、メディアを通して自分の言葉で分かりやすく何かを伝える。それをプロとして日々行うスターたちが、今回ワクチン接種においても影響力を発揮し、タイ人の心を動かすことができたのは十分にうなずけます。

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