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【書評】ロバート・ダーントン「猫の大虐殺」(岩波現代文庫)

「猫の大虐殺」というインパクト絶大なタイトルが目を引きます。残念ながら品切れですが、ある古書店でタイトルが気になり、手に取りました。

 この本は、社会史のジャンルに入ります。国王や大統領が何を言ったか、という政治史の記録は残りやすいですが、一般庶民が何を考えながら日常生活を送っていたのかは、なかなか記録に残りません。

 本書では、農民が伝承した民話などの限られた史料から、18世紀フランスの庶民の心のありようを解き明かそうと試みています。

 本書には以下の4つの論文が収録されています。
・「農民は民話をとおして告げ口をする――マザー・グースの意味」
・「労働者の反乱――サン・セヴラン街の猫の大虐殺」
・「作家の身上書類を整理する一警部――フランス文壇の分析」
・「読者がルソーに応える――ロマンティックな多感性の形成」

農民は民話を通して告げ口する

 農民の間で語り継がれてきた民話・伝承は、記録に残らない庶民の心や生活を映し出しているといいます。

 食料が手に入るか否かは、日常生活においてと同様、口承文学においても農民が常に直面する問題であった。民話の多くは、食料問題と邪悪な継母という主題をしばしば関連させて扱っている。両者の結びつきは、旧制度下のフランス農民の炉辺では特別な意味を持って響いたに違いない。というのは当時の農村社会では、母親の死亡率の高さが継母をきわめて身近な存在にしていたからである。

(P.39)

 確かに、昔話には意地悪な継母が多く登場します。前近代の医療水準の低さ故、母親は出産時に死亡することが多く、再婚率も高くなります。

 誰もが知っている「シンデレラ」の原型となった民話も登場しますが、このような読み方ができるのには驚きを禁じ得ません。

「ジャックと豆の木」の原型となった民話には、国ごとに性質の違いがあるといいます。筆者は、イギリス版には突飛な発想を、フランス版には生き延びるためのずる賢さを、イタリア版には道化の性質をそれぞれ読み取っています。

労働者の反乱

 昔は識字率が低かったため、文字を書き残せる庶民はほとんどいませんでした。例外となったのは、印刷工場で働く職人です。

 彼らは血筋のいい貴族でも、裕福なブルジョワでもありませんが、仕事の必要性から読み書きができました。18世紀フランスのある印刷工の回想録は、職人たちの置かれた境遇や心理を映し出しています。

 職人の世界では、修行中の徒弟はかなり厳しい労働環境に置かれます。彼らを使う親方は現場で汗を流すことなく、いつも徒弟たちを怒鳴っています。徒弟たちのたまりにたまった鬱憤は、親方の妻が飼っていた猫に向かいます。

 職人が猫殺しによって鬱憤を晴らす風景は、確かに野蛮極まりないものです。しかし、およそ300年前を生きていた無名の人々の精神世界を生き生きと描き出す本書は、知的な刺激に満ちているといえます。

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