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歴史本書評

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オススメ歴史本の読書記録。日本史世界史ごちゃ混ぜです。
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【書評】ロバート・ダーントン「猫の大虐殺」(岩波現代文庫)

【書評】ロバート・ダーントン「猫の大虐殺」(岩波現代文庫)

「猫の大虐殺」というインパクト絶大なタイトルが目を引きます。残念ながら品切れですが、ある古書店でタイトルが気になり、手に取りました。

 この本は、社会史のジャンルに入ります。国王や大統領が何を言ったか、という政治史の記録は残りやすいですが、一般庶民が何を考えながら日常生活を送っていたのかは、なかなか記録に残りません。

 本書では、農民が伝承した民話などの限られた史料から、18世紀フランスの庶民

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文学からパレスチナ問題を知る④~「ハイファに戻って」

文学からパレスチナ問題を知る④~「ハイファに戻って」

前回はこちら。

 パレスチナを代表する作家ガッサーン・カナファーニーを紹介する本連載は、今回が最後です。最終回は、1969年発表の「ハイファに戻って」を取り上げます。
 作品を紹介する前に、前提となる知識を説明しておきましょう。

「ハイファに戻って」の背景知識 ハイファは、現在のイスラエル北部、地中海に面する港町です。アラブ人(パレスチナ人)の土地でしたが、1948年にイスラエル領となりました

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【書評】松尾謙次『日蓮』(中公新書)

【書評】松尾謙次『日蓮』(中公新書)

 日本史の教科書の鎌倉時代の章では、新しい仏教の開祖と宗派に字数が割かれています。
 法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗、道元の曹洞宗、栄西の臨済宗、日蓮の日蓮宗(法華宗)……という組み合わせを嫌々暗記した人も多いと思います。

日蓮の激しい他宗批判 その中でも、日蓮はかなり強烈な個性を放っています。日蓮は、法華経こそ仏の最上の教えであるとし、「南無妙法蓮華経」の題目を唱えれば救われると説き

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文学からパレスチナ問題を知る③~「太陽の男たち」

文学からパレスチナ問題を知る③~「太陽の男たち」

前回はこちらです。

 1963年発表の「太陽の男たち」は、現代アラブ文学を代表する傑作として高く評価されています。

パレスチナとクウェート「太陽の男たち」は、イラク南部の都市バスラから、クウェートへの密入国を試みる三人の男たちの物語です。

 イギリスの植民地であったクウェート(1961年独立)は、真珠の生産が主力産業でした。しかし、御木本幸吉が真珠の養殖に成功するとクウェートの経済は打撃を受

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文学からパレスチナ問題を知る②〜「路傍の菓子パン」

文学からパレスチナ問題を知る②〜「路傍の菓子パン」

前回はこちらです。

 パレスチナを代表する文学者であるガッサーン・カナファーニー作品の日本語訳は、河出文庫の「ハイファに戻って/太陽の男たち」に7編が収録されています。今回は、同書の収録作品のうち、「路傍の菓子パン」という短編を紹介します。

ダマスカスでの生活 1948年、故郷パレスチナを追われた難民たちは、近隣の国々で暮らすことになりました。ガッサーン・カナファーニーの一家は、シリアの首都ダ

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文学からパレスチナ問題を知る①~G・カナファーニーの生涯

文学からパレスチナ問題を知る①~G・カナファーニーの生涯

 イスラエルによるパレスチナのガザ地区に対する攻撃は、極めて深刻な人道危機となっています。イスラエル・パレスチナ紛争は毎日のようにニュースの見出しに登場しますが、詳しくは分からないという人が多いと思います。

 イスラエル・パレスチナ紛争の入門的知識については、是非下記をお読みください。

 さて、歴史家や国際政治学者、ジャーナリストなどが書いたノンフィクションとしての本を読むことも大切ですが、小

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【書評】小川剛生『兼好法師』(中公新書)

【書評】小川剛生『兼好法師』(中公新書)

”今から五百年前、「兼好法師」は捏造された――”

 帯に書かれていたセンセーショナルな文言に惹かれて購入しました。

 兼好法師(吉田兼好)といえば、鎌倉時代末期の随筆『徒然草』の作者として有名です。しかし、よく知られた彼の生涯については同時代史料の裏付けが乏しく、実態は違っていた、というのが本書の主張です。

吉田兼好? 卜部兼好? 兼好法師? そもそも、なぜ彼は「吉田兼好」と呼ばれるのか。兼

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【書評】『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店)

【書評】『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店)

 SNSやYouTubeなどでは、しばしば「ナチスは良いこともした」という話を見かけます。

 第二次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人の虐殺を行ったナチスは、学校ではもちろん悪として教えられます。

 一方、歴史教科書では研究の進展に伴って記述が変わることがあります。教科書の内容が絶対というわけではありません。

 また、「学校では教えない(教科書には書いてない)○○」というコンテンツには一定の需要

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【書評】加藤理文・中井均「オールカラー 日本の城を極める」(ワン・パブリッシング)

【書評】加藤理文・中井均「オールカラー 日本の城を極める」(ワン・パブリッシング)

 城は全国各地にあり、大勢の観光客が訪れるところも多いです。しかし、城の細かいパーツについてはどれだけ知られているでしょうか。

 姫路城や彦根城は素晴らしい城ですが、国宝の天守だけ見て、満足して帰ってしまう人が多い気がします。

 本書は、近世城郭(※戦国時代の中世城郭は対象外です)をパーツごとに分解し、「城はどう見ればいいのか」「どういう意図でこんな形状・配置になっているのか」を徹底解説してい

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【書評】和田裕弘『柴田勝家』(中公新書)

【書評】和田裕弘『柴田勝家』(中公新書)

 数多の戦国武将の中でも、柴田勝家はかなり有名な方です。織田信長の重臣であり、信長の死後、賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に敗れました。

 猛将として知られる一方、歴史の敗者である勝家には負のイメージも付きまといます。創作では、あまり頭のよくない猪突猛進型の武将で、時代の流れについて行けず敗れ去った――という人物造形になっていることが多いようです。

 しかし、勝家については同時代の史料に乏しく、実像は謎

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【書評】乃至政彦「謙信×信長 手取川合戦の真実」(PHP新書)

【書評】乃至政彦「謙信×信長 手取川合戦の真実」(PHP新書)

 上杉謙信が戦った相手といえば、川中島の戦いでの武田信玄がまず思い浮かぶでしょう。織田信長の戦った相手ならば、今川義元や武田勝頼らが出てくるはずです。

 そうした中で、「謙信対信長」の戦いがあったことを知っているのは、ある程度戦国史に詳しい方だと思います。

 それは、天正5年(1577)に加賀で起きた「手取川合戦」です。川中島の戦い、桶狭間の戦い、長篠の戦いなどと比べると知名度は高くありません

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【書評】ジョン・リード「世界を揺るがした10日間」(光文社文庫)

【書評】ジョン・リード「世界を揺るがした10日間」(光文社文庫)

 1917年、ロシア革命が勃発し、史上初の社会主義政権が誕生しました。アメリカのジャーナリストであるジョン・リードが、ロシア革命の模様を記録したルポルタージュが「世界を揺るがした10日間」です。 

 ロシア革命は、二月革命と十月革命の二段階に分かれています。第一次世界大戦による食糧不足等を原因として首都ペトログラードで暴動が起き、皇帝ニコライ2世が退位。自由主義の臨時政府が成立しました。これが二

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【書評】繁田信一『殴り合う貴族たち』(文春学芸ライブラリー)

【書評】繁田信一『殴り合う貴族たち』(文春学芸ライブラリー)

 平安時代の貴族といえば、和歌を詠んだり宴をしたりと、雅なイメージを持つと思います。しかし、信頼できる史料を紐解いてみると、平安貴族の実像は「雅」とは程遠い、粗暴で野蛮なものでした。

 本書で主に引用される史料は、11世紀ごろの公家・藤原実資の日記『小右記』です。藤原道長の「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることの なしと思へば」という歌を記録したことで有名です。

 この史料からは、

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【書評】望月昭秀編「土偶を読むを読む」(文学通信)

【書評】望月昭秀編「土偶を読むを読む」(文学通信)

 2021年4月、「ついに土偶の正体を解明した」という触れ込みで、「土偶を読む」という書物が出版されました。

 土偶の形状や模様がクリやトチノミなどに似ていることから、「土偶の正体は、縄文人たちが食物としていた植物だ」と述べ、大きな反響を呼びます。

 ところが、考古学の専門家たちから見ると、その論証には穴が多く、「土偶の正体を解明した」というには程遠いといいます。

 本書は、「土偶を読む」の

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