【短編小説】ずっと・・・
4月下旬。大学の大講義室。ゴールデンウイーク前の最後の授業が終わり、生徒達の表情も心なしか明るい。3年生の杉山健太郎も、教科書とノートを鞄に入れ、教室から出ようとした。
「すみません、少しいいですか?」
健太郎が振り返る。見覚えのない女性だ。
「はい、なんでしょうか?」
健太郎が尋ねた。
「私、秋元美咲といいます。2年生です。私も今の授業を受けていました」
女性は少し緊張した様子で切り出した。
「えっと・・・」
言葉に困った健太郎は口ごもった。
「あの、突然で申し訳ないんですけど、今恋人はいらっしゃいますか?」
「え?いえ、特にいないですけど・・・」
健太郎は戸惑いながらも正直に答えた。
「よかった。実は、お願いがあります。秋まででいいので、私の恋人になってもらえませんか?」
唐突な申し出に健太郎は目を丸くした。
「お互いのことは何も知らないし、健太郎さんが私に恋愛感情を持っているはずがないのはわかってます。でも、私は2年生になったら恋人を作るってプランを立ててたんです。それが叶わなかったので・・・せめて疑似体験だけでもしたくて」
「あ、そ、そう。でも、なんで俺なの?」
「すみません。今の授業が終わり教室を出る時、私の前に一人で歩いている男性がいたら声をかけようと決めていたんです。失礼な申し出だと思うのですが・・・」
「わ、わかりました。よろしくおねがいします・・・って言えばいいのかな」
保守的なところがある健太郎は、こういう申し出を受けるタイプではなかったが、美咲の申し出を受けることにした。真剣な眼差しで話す美咲の表情が気に入ったのかもしれない。
「えっと、どうすればいいのかな?」
「じゃあ、月に2回くらいデートしてもらえませんか。それくらいでいいのです」
「それでは、明日からゴールデンウィークなので、早速デートしますか?」
健太郎は少し照れながら美咲を誘った。
「はい!よろしくお願いします!」
美咲の笑顔が弾けた。
※
約束通り二人はゴールデンウィークに初デートをした。映画を観て、食事をして解散。シンプルなデートだった。健太郎にとって美咲は恋人同士という意識がないこともあり、気を使うことなく楽しい時間を過ごすことができた。
5月、6月と二人は「恋人」としてデートを重ねた。手をつなぐことすらなく恋人同士という雰囲気はまだなかった。しかし、デートを重ねるにつれて、健太郎は美咲に対して友達とは違う感情を抱くようになった。
夏休みには海にも旅行にも出かけた。笑顔で過ごす時間が増えるごとに、健太郎の中で美咲への想いが芽生え始めていた。
9月になった。この頃になると二人は毎週デートをするようになった。さらに、大学でも一緒にいることが多くなっていった。
9月最後のデート。健太郎は、夏が終わるころから気になっていたことを美咲に聞いた。
「9月ももう終わるよね。美咲は俺との関係を秋までといっていたけど、それって今月で終わるってこと?」
美咲は一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「そうね。お互い、ここでやめておいたほうがいいわ」
「どうして?」
戸惑う健太郎に、美咲は少し悲しそうな表情で言った。
「この数か月、本当に楽しかった。もう少し続けたいとか、このまま本当の恋人になりたいって思ってた・・・いえ、あなたと恋人になりたいの。でも、それはできないわ」
「だから、どうしてだよ。俺だって、このまま美咲と本当に恋人になりたいんだよ」
美咲は黙った。そして、一筋の涙がこぼれた。
「私、だめね。言わないって決めていたのに。あなたに私のことを話したいって思うの。ごめん。実は、私、もう命が長くないの。今までは頑張ってこられたけど、もうそろそろ入院しないといけないって病院から言われてるの」
「え・・・。嘘だろ・・・」
「この春に分かったの。だから、最後にあなたと恋人気分を味わいたかった。でも、これ以上はだめ。あなたが私のことを大切に思ってくれてるからこそ、これで終わりにしないと、あなたが苦しんでしまう。私、もうすぐいなくなっちゃうから」
健太郎は絶句した。信じられない現実に言葉を失っていた。
「ごめんなさい、嘘ついてて。でも本当に楽しかった。こんな素敵な思い出を作れて良かった。ありがとう。さようなら」
そう言って美咲はその場を去ろうとした。健太郎は美咲の腕を掴み抱き寄せた。
「俺たちはもう恋人同士だよ。別れたくない。美咲を支えるから、一緒に病気と戦おう」
「ごめんね。こんなになるなんておもってなかったから」
美咲が健太郎の胸の中で泣きじゃくる。
「俺に声かけてくれてありがとう。すごい偶然だよな。神様に感謝しないとな」
「ちがうの」
「え?」
「私、1年の頃から健太郎のことを知ってたの。講義で何度も見かけて、好きになったの」
「じゃあ・・・」
「ずっとあなたが好きだったの」
(終わり)
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