【短編小説】無念
(波の音・・・?)
意識を取り戻した雅史は目を開こうとした。左目は、ぼんやりと砂のようなものを見ている。右目は前に何かがあり瞼が明けづらい。
雅史はゆっくりと立ち上がった。周囲を見渡しているうちに景色が目に入ってきた。
「ここは・・・?」
目の前は白い砂浜。雅史は、足元に目を落とした。自分が裸足であることに気が付いた。足元のそばまで小さな波が打ち寄せ、チャプチャプと小さい音がしている。
見たこともない風景。雅史は混乱した。なぜ、自分がここにいるのか。ここはどこか。ほかに誰かいないのか。
「あの・・・」
雅史は後ろを振り返った。そこには女性が佇んでいた。服は煤でまみれ、シャツ、スカートが所々破れている。女性の後方を目をやると、飛行機の残骸のようなものがちらばっていた。
「よかった。あなたも助かったんですね」
女性が涙声で尋ねた。
「あの、いったい何があったんですか。何も覚えてなくて」
雅史は青白い顔で女性を見つめながら聞いた。
「記憶喪失・・・。乗っていた飛行機が落ちたんですから、仕方ないです」
「自分の名前と昔のことは覚えているのですが、最近の記憶がないんです・・・」
雅史はそう言って、無意識にズボンのポケットに手を入れた。
「これは・・・」
雅史は、ポケットから長方形のプラスチックを取り出した。
「座席番号が表示される液晶ペーパーだと思います」
雅史が手にした物をみて女性が言った。
「やっぱり、私は飛行機に乗っていたんですね」
「ええ」
「私たちだけが生き残ったんですかね。あ、私、上村雅史といいます」
「私は、三好恵美子と・・・」
女性が名前を言い終わろうとしたとき、突然、女性の後ろに散らばっていた飛行機の残骸が轟音とともに爆発した。二人は、その炎に飲み込まれ火だるまになった。
「ギャー」
炎に包まれた二人は、海に向かったが、もう手遅れだった。
※
「大沼さん。上村ですが、終わったみたいですよ」
杉田がモニターを眺めながら言った。
「早いな」
「5番目の被害者の両親から出されたオーダーはこれでした。ただ、なんで女性を登場させるのかがわからないです」
「上村の恋人らしいぞ。上村の様子はどうだ」
大沼は、治療台に横になっている男を見つめながら言った。
「火だるまになったので、バイタルも脳波もめちゃくちゃです」
「まだ、あと10はあるからな。それまでもつかな」
「大沼さん。この男は、何の罪もない人たちを15人も殺害した奴ですよ。途中でどうなっても・・・」
「そんな奴だから、被害者の望む死刑を上村にすべて味わってもらわないといけないんだよ」
「そもそも、こんな金も手間もかかるようなことやらなくても、昔みたいに一気に死刑執行すればいいのではと思いますよ。現場の私たちのことも考えてほしいです」
「一昔前、単に死刑だけだと死刑囚を楽にするだけだという不満が国民の間で爆発したからな。その時、仮想空間で被害者が望む死刑を死刑囚に経験させて最後に死刑にするという『被害者遺族又は被害者関係者等関与型死刑』というやり方ができてしまったんだ。といっても大量殺人の場合に限るけどな」
「よく。そんな法案が国会通過しましたね。まだ子供のころだから私にはわからないですが」
「今となってはそう思うかもな。ただ、俺には被害者遺族たちの気持ちもわかる。家族が酷い殺され方をしたらそう思うよ。この方法は仮想的に体験させるだけだから、仕方ないかなぁ」
「うーん。これはこれで死刑囚にとってはきついですよ。仮想とはいえ、痛みも実際に感じるようにしてあるんですよね」
「それは、仕方ない。自分がやったことなんだからな。ところで、次の仮想の死刑執行はどんなのだ?」
「えっと、次は、硫酸の海に上村がダイブすることになってます」
(終わり)
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