見出し画像

宮崎駿の異色作を初めて見てみたら怖かった・・・。『On Your Mark』考察

いつか見たいと思いながらずっと未視聴だった『On Your Mark』をついに見ました。

幾つかの考察を見ましたが、それらの意見にある程度同意はするものの、今回は敢えてそれらは無視して、自分が前情報なしの真っさらな状態で見た第一印象を書いてみようと思います。


あるワンカットに感じた恐怖

「怖い・・・」

これが自分が持った第一印象です。

確かに虐殺シーンや放射能マークなど、ドキッとさせる要素はあるのですが、僕の一番印象に残ったのはラストの少女の微笑みです。

あの微笑みが自分には途轍もなく悪魔的に見えたんです。
本当に背筋がゾクっとしました。

そして何か見覚えのある表情だなと思ったんですが、恐らく原作版ナウシカに出てくる庭の主です。
あの庭の主が浮かべる悪意に満ちた微笑みにそっくりなんです。
実際庭の主はナウシカから見ると悪意を持った人物として描かれていました。

あの微笑みは宮崎駿がそういうニュアンスを出したい時に描く表情なのでは?というのがまず思ったことです。

原子力が輝かしかった時代

おそらくあの翼の生えた女の子は原子力の象徴なのではないでしょうか?

あの子が防護服を着た連中に、厳重に袋で覆われて運ばれていくシーンがあります。
彼女を包む袋や彼女を乗せるヘリには放射能マーク。
どう考えても彼女自身が核燃料ってことでしょう。

チャゲアスが彼女を救出するシーンも核燃料を盗むテロリストに見えなくもありません。
大分のちの作品になりますが、「残響のテロル」冒頭の核燃料強奪シーンを思い出しました。

おそらく多くの方が考察されているように、少女が希望の象徴であるというのはある意味では正解なんだと思うんですね。

しかしそれはある時代までだと思うんです。
それは科学技術の発展が薔薇色の未来を約束していると多くの人々が信じていた1960年代以前。

現代の我々が最新のデバイスに対して"便利だな"以上の感想を持ち得ないのに対して、当時はずっと家電や乗り物が輝かしく見えた時代です。

既に公害が問題化していましたが、それもやがて科学技術によって克服され、薔薇色の未来がやってくると思われていました。

その象徴が原子力です。

原子力は温室効果ガスを出さないクリーンなエネルギーで、技術が発展すれば再生可能なエネルギーにもなる。
唯一の被爆国である日本であるからこそ、核の平和利用を積極的に進めていくべきだ云々。

しかし1979年のスリーマイル島、89年のチェルノブイリと原子力の危険性を象徴する事故が立て続けに起こります。

さらに3.11を経験した今、原子力の安全神話を信じている人はほとんどいないでしょう。

しかしかつて原子力に夢を見た時代があったことは確かなのです。
だからこそ地震大国日本にこれだけの原子力発電所が作られました。

翼の生えた少女は原子力、或いはそれに象徴される科学技術のメタファーなのではないでしょうか?

人類に自由を与える"未来の"科学技術。
そういう意味では少女は希望です。

一度死んだ後の繰り返しのパートで車から急に光というかジェット噴射のようなものが飛び出します。
自分は最初核爆弾が爆発する時の光に見えたのですがそこはあまり自信がありません。
絵コンテには根性と書かれているそうですね(笑)

一方で科学技術の発展は思わぬ副作用をもたらし、人類にとっての絶望にもなりました。

しかし人類はもはや科学技術なしに生きていくことは出来ません。
仮に科学文明を過去の水準に戻すなら、多くの人口を犠牲にしなくてはいけないことは都度に語られることです。

しかしチャゲアスの歌詞に即して解釈するなら、人類が科学技術と共に生きていく運命にあるのは好奇心ゆえと言った方がいいかもしれません。

On Your Mark 僕らがそれでも止めないのは
夢の斜面見上げて 行けそうな気がするから

歌:CHAGE and ASKA
作詞:飛鳥涼
作曲:飛鳥涼
「On Your Mark」歌詞より


これはのちの風立ちぬにも繋がるテーマです。
風立ちぬでは、戦争の道具であると分かっていつつも、美しい戦闘機を作ることを止められない主人公が描かれていました。

『ON YOUR MARK』も科学技術の副作用を知りつつも、それを手放すことが出来ない人類の業を描いているように思えます。

永劫回帰

もう一つこの作品の重要な要素として"永劫回帰"があります。
これも色んな方が既に考察で説明されていますが、自分なりにまとめると"永劫回帰"とは何度人生をやり直しても同じ選択をすること、或いはそれを肯定することだと思います。

天国という最終ゴールを設定するキリスト教的な世界観に対してニーチェが批判的に提示した世界観、最終的なゴールを設定しない、常に今がゴールであると言えるような世界観です。

ここで言いたいのはこの思想が原作版ナウシカに共通する思想であるということです。

原作版ナウシカのラストではナウシカが人類の業を肯定するのです。

人類が汚した地球を浄化するため、腐海や王蟲を造り出した旧人類。
その旧人類は腐海によって大地の完全な浄化を成し遂げた暁に、保存された遺伝子から現代に復活し、平和な楽園を築こうとしています。

ナウシカはこれに激怒し、清浄と汚濁こそ人類であると言います。

つまり人類の過去の所業をキャンセルして全く新しい世界を作るということに反対し、過去の延長線上にある現在を肯定しているのです。

これは永劫回帰の思想そのものです。

今回の『On Your Mark』と原作版ナウシカに即して言えば、宮崎駿は人間は常に悪意を持った生き物であり、人生を何度やり直したからといってその業からは逃れられないと考えているように思います。
しかしだからと言って二ヒリスティックに構えるのではなく、肯定的に捉えようとする。
それが原作版ナウシカラストの「生きねば」という言葉に象徴されているのだと思います。

少女の微笑みの意味

チャゲとアスカは少女とともに一度死にますが、2度目も少女を救出しようとします。
その少女は悪魔かもしれないけど、いつか少女が羽ばたいて自由に空を翔けていく夢を見てしまうのです。(1番のサビ部分)

しかし現実には少女は石棺の並ぶ世界を眺めた後、急に恐ろしい微笑みを浮かべ空へ飛んでいきます。
絵コンテには何かに覚醒したとか何とか書かれているようですが、自分はデビルマンを思い出さざるをおえませんでした。
飛鳥了が自分は堕天使ルシファーであったことを思い出すくだりですね。

よく考えてみれば翼はあるのに飛べない天使って堕天使っぽいし、科学技術は人類に希望をもたらす天使であると同時に絶望をもたらすサタンでもあるわけですよね。

ちなみに全く関係ないと思いますが、『On Your Mark』の作詞・作曲も飛鳥涼なんですよね(笑)

最後チャゲとアスカは夢に見ていたのと同じように少女を空へ飛ばします。
つまり科学技術の副作用を克服して、完全な自由を手に入れることが出来たように一見見えるのだけれど、少女の微笑みと道を外れて止まる車がその不可能性を暗示しています。


※他にも宗教組織とか警察とかの要素が出てきますが、そこをあまり考察してもどんどん深みにハマっていくだけだと思うのでやりません。
とにかくチャゲアスが翼の生えた少女を切実に求めているということが今回のポイントです。
宗教組織や警察はエンタメとしての表のストーリーを盛り上げるための要素ということで今回は理解しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?