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Smartphoneが「スマフォ」と呼ばれるようになるまで

 これは久々に面白い記事だと思いました。忘れやすい僕らは、ついこの間のこともどんどん忘れていってしまう。そして、古いガジェットは家人に「もう動かないんでしょ?」と捨てられてしまうのです。

実はiPhone 3Gよりも3年早く発売していたスマホ『モトローラM1000』:レトロデジギア・ハンター 文●甲斐寿憲http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/306/306922/

 海外向けのA1000をベースにドコモとの共同開発で日本市場に投入されたM1000は、“タッチパネルを備え、データ通信ができ、電話もできる”とまさに今のスマホの先駆けだったわけですが、この頃はまだ『スマートフォン』という名称もなく、電話機能付きの『PDA』と呼ばれていました。通信はFOMA(W-CDMA)、GSM/GPRSに対応しており、WiFiを利用することも可能です。なお、iモードには対応していませんでした。 画面サイズは2.9インチ。これでも当時のFOMA端末の中では最大でした。OSには旧NOKIAではおなじみのSymbian OS(Symbian OS 7.0/UIQ 2.1)が採用されています。タッチパネルは感圧式、文字入力は50音、ローマ字、携帯入力といったソフトウェアキーボードと手書き文字入力が可能です。フリックなどといった小洒落た入力はもちろんありません。 メインカメラのCMOSは約131万画素、サブカメラは約31万画素となっています。メモリーはRAM/ROMともに24MB、micro SDは256MBまで使えます。そう。GBじゃないのです、MBの時代です。

 ちなみに初代のiPhoneの本体容量は4GBと8GBで、後に16GBモデルが発売されています。日本でも発売となった次のiPhone 3G では3G(W−CDMA)対応、GPS搭載となり、白と黒の2カラー、容量は8GBと16GBモデルが発売されました。

 iPhoneの仕様を見れば、M1000から3年間でスマートフォンがいかに進化したかわかります。ただし、iPhoneが成功したのは、単位がMBからGBに変わったからでも、Appleの製品であれば、まずは支持する「信者」とも呼ばれるような利用者に恵まれていただけではないと思います。

 iPhone以前に、M1000 以外にもスマートフォンや多機能携帯電話は存在したわけですが、どれも多機能な携帯電話止まりで、変わり種のPDAでしかなかったのです。これらは携帯電話やスマートフォンとして設計されたゆえに、大きな記憶容量を持たされず、情報の処理能力が十分でなかったので、スマートフォンとして使われてもパソコンに代わることはできませんでした。

 iPhoneに盛られているのは、大きな本体容量とかカメラの解像度だけではなかった。本体のほとんどを占める液晶画面、それを利用するには指を使うという、全く新しく、そして単純な操作方法の発明がありました。

 まったく新しい発想のiPhoneには用途が特定されていない、まな板の鯉のようなところがあります。一体全体この新しい道具はどうやって使う物なのか、何ができるのかという興味関心だけが募りました。

 パソコンに置き換わるスマートフォンを作るには、これまでの技術を組み合わせるだけではダメで、一から設計し直さなければならなかった。

 これが日本国内で最初に発売されたiPhone 3Gを使い始めた時の驚いた記憶です。私の中であの時がSmartphoneが「スマフォ」に変わったのだと今も思っています。

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