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 ドリス・デイが2019年5月13日に亡くなった。97歳だった。僕は女優の高泉淳子さんとライブ「キネマティック・トーキングルーム」シリーズを続けていて、5月3日、渋谷のJzBratのライブのオープニングは、ドリス・デイの「ケ・セラ・セラ」を高泉淳子さんが少女時代を思い出して歌うという趣向にした。僕も高泉さんも、この歌はヒッチコックの『知りすぎていた男』の主題歌だと知るのはハイティーンになってからのことで、最初に知ったのは1970(昭和45)年1月7日、NHKで始まったホームコメディ「ママは太陽」のテーマソングとしてだった。

 アメリカでは The Doris Day Showとして1968年から1973年まで五年間続いた人気シリーズで、ママは太陽」というタイトルは、アメリカの「お母さん」ドリス・デイのイメージそのもので、その時は既に映画界を引退していたドリスのキャリアの最終コーナーのテレビ番組だった。

 戦後まもなく、アメリカの進駐軍放送WVTRから流れているジャズやジャズソングは、長い戦争から解放され「モノクロの世界がハリウッド映画のテクニカラーのようにカラフルに拡がったんだよ」とクレイジーキャッツの谷啓さんが話してくれた。

 ドリス・デイは、1939年にビッグバンド・シンガーとしてキャリアをスタートさせ、六年目の1945(昭和20)年、「センチメンタル・ジャーニー」と”My Dream Are Getting Beter All the Time”が全米ナンバーワン・ヒットを記録。ラジオからは連日「センチメンタル・ジャーニー」が流れ人気シンガーとなる。

 1939年、18歳でレス・ブラウン楽団のバンド・シンガーとなり、メンバーのアル・ジョーダンと結婚して、長男テリーを出産。のちのミュージシャンでプロデューサーのテリー・メルチャーである。19歳ですぐに離婚してシングルマザーとなる。その直後「センチメンタル・ジャーニー」でスターになっていった。

 その姿は、わが笠置シヅ子を連想させる。婚約者が病死して、乳飲児を抱えて途方に暮れる笠置のために服部良一が「東京ブギウギ」を提供。戦後を象徴する大ヒットとなった。ドリス・デイの「センチメンタル・ジャーニー」と笠置シヅ子の「東京ブギウギ」は同じ頃に焼け跡の日本で大ヒットした。しかも二人ともシングルマザーだったのだ。

 やがて1948年、ドリスは『洋上のロマンス』(未公開)で銀幕に登場、主題歌「イッツ・マジック」は、ハスキーで暖かい歌声で永遠のスタンダードとなった。続いてカーク・ダグラスが伝説のコルネット奏者ビックス・バイダーベックをモデルに破滅型のトランペッターを演じた『情熱の狂想曲』(50年)で、主人公を健気に支えるバンド歌手を好演。ハリー・ジェームズ楽団の演奏で歌った「With a Song in My Heart」が大ヒット。

 ブロードウェイ・ミュージカルの映画化『二人でお茶を』(50年)では、ミュージカル・スターのゴードン・マクレーと華麗なステップを披露。ハワード・キールと共演した西部劇ミュージカル『カラミティ・ジェーン』(53年)の主題歌「シークレット・ラブ」でアカデミー主題歌賞を受賞。

 フランク・シナトラとの『ヤング・アット・ハート』(54年)や、ジェームズ・キャグニーとの『情欲の悪魔』(55年)などの音楽映画で1950年代のハリウッドを代表する女優となる。その健全な良妻賢母のイメージを見事に取り入れたのが、サスペンスの神様アルフレッド・ヒッチコック。『知りすぎていた男』(55年)で、息子を誘拐された医師(ジェームズ・スチュワート)の妻を好演。クライマックスの救出劇で彼女が歌う「ケ・セラ・セラ」はアカデミー歌曲賞を受賞。ドリス・デイのイメージを決定づけた。

 その後、ロック・ハドソンとの『夜を楽しく』(59年)などのロマンチック・コメディで60年代末まで活躍するが、1968年に当時の夫が亡くなったことをきっかけに映画界を引退。活躍の場をテレビに移したのが「ママは太陽」だった。1973年に番組終了とともに完全引退。動物愛護活動に専念していたが、ファンとしては「生きているだけで幸せ」な人だった。2004年に亡くなった息子テリー・メルチャーが生前、母のために企画したアルバム「マイ・ハート」を89歳でリリース。世界的ヒットとなった。そして2015年には、クリント・イーストウッドがドリスのために映画を企画。出演のオファーを、ドリスは丁重に断ったという。

 ドリス・デイが出演した映画は43本、アルバムは29枚。いずれも黄金時代を今に伝えてくれる作品ばかり。彼女は亡くなっても、その作品はこれからも新しいファンを魅了してくれるに違いない。

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。