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ハイスペ飲み会の視点④

前回の続きである。

土曜日の午前2時半。
ハイスペとマナミが消えた直後、カラオケバーで俺ら7人(女子3人、俺含め男子4人)は上着を着たりちょっと水を飲んだりしながら帰り支度をしていた。

整理しよう。ハイスペの呼んだ女子は4人来た。マナミが帰って3人。
そして、ハイスペが帰った後の男は4人だ。俺と初めから飲んでいた同僚の友人が1人、それに加えて、俺がこの店から呼んだ男が2人。

俺以外6人の皆が準備できたのを見て、女子たちをエレベーターに乗るように促した。
エレベーター前まで店長と店員が挨拶をしに来る。
「いつもありがとうございます、また来てください!」
深夜にもかかわらず、とても元気よく言われ、エレベータの扉が閉まる。
会計は、男が1人5,000円、女が3,500円。3時間以上飲み放題でカラオケを歌ったにしては、良心的だ。
「こちらこそ、ありがとう」
俺は心の中で呟いた。


「えっ!マナミはどこ行ったの?先に降りたよね?ここで待ってるかと思ったんだけどいないや!一緒に降りたハイスペ君もいない?!」
ハイスペの元からの知り合いのリサが、エレベーターが地上階に到着し、エレベータから出た途端そう言った。

「うーん、もう遅いし、帰ったんじゃん?」
俺の友人が白々しく、かつ素っ気なくそう続ける。

「えー心配?!大丈夫かな?どこ行ったんだろう?」
リサはそのままビルを出ていき、店の前の通りを見渡しながらそう続けた。しかし、心配して直ぐにマナミに電話をかける素振りはない。

本当に心配なら、直ぐに電話をかければ良いのだ。
けれど、この流れでそれをする人は実際はあんまりいない。
リサの中でもせめぎ合いがあるからだ。

電話を掛けたらめんどくさい奴だと思われる可能性もある。
お互い大人なのだから。ハイスペと帰ったのかもしれないから。それはムカつくけど。でも、電話して聞いてもそうだって素直に言うわけがない。本当に帰ったのかもしれないし。そうじゃないかもしれない。仕方ない。
LINEで聞いておこう。

大体はこうなる。このあたりの界隈では、皆、ウェットな関係は望んでいない。正直、お互い、色々と首を突っ込まれるのはうざいし、他人の人間関係に首を突っ込んだところで何か得をするわけでもない。

案の定、リサは携帯を取り出したが、「電話してってLINEしとく!」と言い、LINEしただけだった。


これで、ハイスペとマナミは、マナミの気が変わって皆に合流しようと強く主張しない限り、再び俺らに合流することはない。この2人はこれで”キマり”。

そのタイミングをとらえて、俺はリナの周りに集まっている6人に向かって、極力軽い感じで言った。
「まあ、もう少し飲みたい人もいると思うから、これから飲みたい人でもうちょい飲もうぜ。近くに違う店もあるから。あいつらも、どっかで迷ってたら連絡くるっしょ」
言い終えた直後に、俺は大きく伸びをし、あくまで気軽な様子を装った。実際、ハイスペの”接待”を終えた区切りも感じていて、少しリラックスしていたので、伸びは自然に出た。


「うーん、帰ろうかな。もう遅いし」
俺のテキトーな誘いの雰囲気を壊すように、女子のうちの1人が、帰りたそうな顔をして言った。可愛くなくて飲み会中もノリが良くなかったので”ノリ悪子”と呼ぼう。名前は失礼だが忘れてしまったのだ。

他の男3人が、俺の方を見る。俺はこの場ではある意味”幹事”だから、俺の方を見るのは当然だ。そして女子2人はノリ悪子の方を見た。しかし、直ぐに同調する感じはない。
この女子2人は「まだ帰りたくない」のだ。

瞬時にそう判断した俺は、ノリ悪子の方を見て思った。
そうだろうね、ノリ悪子。君はこの場で求められていない。だから帰りたいよね。君はこの場で求められなかった時に、この街で今から他に行く所はなさそうだしね。
そして、それはたぶん、中長期的には良いことかもしれないけれど、今この瞬間において、若しくは今日の数時間においては割と可哀そうなことだ。俺は君に同情する。だが、同情するのと君の言うことを聞くのとは違う。

俺は俺で、皆のために「なすべきことをなさない」といけない。

ということで、今ここで俺の手元には3枚のカードがあった。そのうちの1枚を取る必要がある。勿論、比ゆ的な意味で。

1枚目。ノリ悪子の先導を受け入れて、全員が解散する。
普通ならこれになりそうな選択肢だ。けど、俺は実はさっきから近くの店で女子3人で飲んでいるグループと連絡を取っていたので、メンズと一緒にそちらを呼べるか、もしくはその店に合流できるかをチャレンジできる。

2枚目。ノリ悪子だけを一人帰らせる。
残りは女子2名、男子4名になる。女子が2名足りないので、俺があと女子2名を適当にさっきから連絡を取っていた女子たちから呼んで埋める。

3枚目。ノリ悪子に頼みこんで女子全員残ってもらい、別の店に行く。
女子3名と男子4名。この構成だと他の女子1-2人を他から呼ぶのは難しいだろう。


3枚目のカードは論外。これを取ることは無い。ノリの悪いメンバーという”いらないメンツ”は切れるときに切りたい。ノリも悪けりゃ誰も顔にも興味がないなんて、犬も食わない。
俺は別にノリ悪子に価値がないとは言わない。決して言わない。でも、確実に今この場この時この瞬間においてはノリ悪子は必要とされていない。それは事実だ。必要とされていない時に、必要とされていない場所に、必要とされていない誰かがいなきゃいけないなんて、そんなの不幸でしかない。


1枚目の”解散”カードは、ありがちな選択肢だが、結構リスクはある。
深夜2時を過ぎても他のメンツを呼べる可能性はあるが、あくまで可能性だ。午前2時を過ぎている。直ぐに合流できるとは限らないから、ここで女性をゼロにする選択肢はリスクが高い。ノリ悪子以外の女子たちもあまり帰りたがっている様子はなさそうだし。

だから選ぶカードは2枚目の”ノリ悪子さよならカード”。
ノリ悪子だけを帰らせて、人数比が悪くなるのは適当にメンツをそろえて飲み会を続行する。

ここまでパッと考えて、俺は直ぐに、先ほどの気の抜けた軽い感じの声とは180度違うトーンで、強く有無を言わせない声色で言った。
「いや、俺”ら”は飲みたいや」

「もう帰ろう」と言ったノリ悪子は、ちょっとびっくりした顔をする。
大抵の人は真っ向切って反論をされるのに弱い。
そして畳みかける。
「でも、今日はありがとう!一緒に飲めて楽しかったよ!」
俺はノリ悪子に近づき、軽くハグする。香水の匂いがする。値段はわからないが、俺はあんまり好きじゃない匂いだ。
一瞬のハグの後、満面の笑みで手を上げ、店の前の信号で信号待ちをしている黒いタクシーを止める。

「どこまでだっけ?これで足りるかな?」
開いたドアに彼女を誘導し、タクシー代として5,000円を握らせる。さっきの飲み会で一応ノリ悪子の家は確認しておいた。芝浦の海岸あたりだ。ここからなら3,000円ちょっとあれば着くだろう。

タクシーのドアにエスコートされたノリ悪子は、”エスコートされているのが自分だけだ”と気づいて、少し抵抗をした。
「えっ?リサとサトミは帰らない?だってほら…」
ドアの前で、残る2人の女子に視線を送る。

聞かれた2人の女子は直ぐに答えず、お互いの顔を見合わせる。3人の間で、時間にして1秒未満だと思うが、微妙な沈黙が流れる。

「大丈夫だよ!また飲もうね!気を付けて!」
その沈黙を捉え、再び俺は突き放すように言ってノリ悪子をタクシーに送り込んだ。


こういう時が、男が悪者になるべき時だ、そう思う。
残る2人の女子は、男が強引に残れというから残ったと主張できる方が良い。むしろ、ノリ悪子が帰るために、私たち2人が残ったんだよ、ノリ悪子ちゃんは帰れてよかったんだよ、あの後大変だったんだから、朝まで飲んじゃってさ、と言えるほどに強引な方が良い。

「うーん、そうだね。一杯だけ飲んで帰るよ」
曖昧な笑顔で、リサとサトミは、タクシーに半身だけ乗り込んでいるノリ悪子に聞こえるか聞こえないかの声量で言った。
あっけなかった。
ノリ悪子の顔はタクシーの中に引っ込み、もう暗くて見えない。タクシーのドアが閉まる。

さようなら、ノリ悪子。また”来世で”会いましょう。


俺は、次の店に電話しながら歩き始めた。

「次のお店はどこ?いろんなお店知ってるんだね!」

横に気配を感じて視線を移すと、サトミが俺を上目遣いで見あげて、少し俺に身体を寄せながらそう言った。
サトミはハイスペの呼んだ4人のうち、一番すらっとした美人系だ。服装も長身が映える白のロングスカートに薄い水色のニットを合わせ、カジュアルめの上着を羽織っている。まさに丸の内OLと言った感じの恰好。仕事は某総合商社の総合職だ。クオーターと言っていて、少し欧米の血が入っている帰国子女だ。
ハイスペと元々知り合いのリサやノリ悪子は大手損保会社で働いている同期仲間だそうだが、ハイスペがさっき持って帰ったマナミとサトミは三田にある某私立大学でリサと同級生だった仲間だという。
ただ、女子4人は今回初めて一緒に飲んだわけではなく、リサを通じて知り合い仲良くなっていて、たまに一緒に飲んでいるらしい。要は”合コン仲間”だ。

「うーん、行けばわかるよ。お店は普段行くのは知り合いのところが多いけど、この辺ならそれなりに知ってるかもね」
俺はそう少し笑って返答し、”バリキャリ”の権化みたいなサトミを見ずに前を見た。
接客中だったのか8コールくらいしてから電話に出た店主に、簡単に今の人数と5分後に到着する旨を伝え、電話を切る。

「ワタシ普段銀座で飲むことが多くて、あんまりこの辺のお店知らないんだ。美味しいお店とか知っていたら教えてほしいなぁ。雰囲気良いお店も多そうだし、それに…」

サトミは話し続ける。よく喋る子で、会話の内容から頭の回転もよさそうだ。俺は軽く笑顔を見せて話の続きを促し、六本木の街を少し見渡した。

午前2時45分。
この街はまだ起きている。
横断歩道を渡ったところにある24時間営業の大衆居酒屋は、煌々とした明かりで歩道を照らしていて、八割がた埋まった客たちの笑い声がいまにも聞こえてきそうだ。その近くにあるビルは大型のクラブが入っているので、ビルの前に若者たちがたむろっている。
片側2車線の道路は、多くのタクシーと車で埋まっている。
こちらの歩道は、タクシーに乗り込んでもう帰る人たちと、まだ飲み足りなくて次の店やクラブに移動する人たちが、お互いの欲望と熱気をまといながらすれ違っている。皆が皆、遊びをや休息を求めてあっちこっちに歩いている様は、アリの巣の周りに砂糖を撒いたみたいだ。

「そうだね、今度行こうよ。いい店紹介するよ」
周りの風景にぼーっとしていて、全くサトミの話は聞いていなかったけど、なんとなく向こうの発言が途切れたタイミングをとらえて、俺は笑顔で言った。
サトミは「期待して待ってるね!」と言って、俺の横に沿うようについてきている。他の2人の男たちはリサをはさんで俺たちの後ろ3メートルくらいを歩いていて、時折大きな声で笑いながら俺たち2人についてきている。

場をしきれる人間は、魅力的に映るんだろう。
例えそれが、港区の雑な飲み会という、なんの意味もない場でも。

続く

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