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ハイスペ飲み会の視点①

あれは数年前の金曜日の夜だった。

麻布十番の網代公園の辺りの路地をちょっと入ったところにある、薄暗いこじゃれた居酒屋で俺は4杯目のハイボールを飲んでいた。
店は落ち着いた雰囲気で、繊細さもありつつ味付けがところどころ強めで、ちょいちょい塩気の利いた和食を出す「おしゃれに飲む(若しくは飲ませる)ための料理屋」といった感じだった。

俺は、俺の同僚の男と、そいつが連れてきたハイスペの男(以下”ハイスペ”)と3人で、男だけで飲んでいた。
このハイスペとはその日初対面で、この同僚の男が「絶対気が合うと思うし、どっからどう見ても完璧で”凄い奴”だから紹介したいんだ」といって連れてきたのだ。

飲み会はお互い仕事が忙しいので少し遅い時間から始まった。確か20時半かそこらくらいからだ。料理も話も一巡して、気づけば22時くらいになっていた。

するとそのハイスペが、テーブルの向こうで机の上に伏せて置いた携帯を結構な頻度で携帯を見始めているのに気づいた。

俺はなんとなく会話を途切れさせて沈黙を作り、少し残っていた料理をつまんで伸びをした。
俺に慣れている友達なら直ぐに言ってくれるが、初対面とか少ししか会ったことのない知り合いくらいの関係値だと、こちらが隙を見せて会話が途切れた時になって初めて、”とあるセリフ”を、ちょっとこれ言っても大丈夫かな、と気を使った感じで言われることになる。

「あのさ、友達の女子が合流したいって言ってるんだけど、どう?」

ハイスペが少し気を使ったトーンで言ってきた。港区あるあるである。

こういうのは何の驚きでもない。
むしろ、週末にもかかわらず、男だけで飲んでいて、且つ相手がハイスペでこちらもそちらも良い感じの年齢(30歳前後)で独身で、且つ恐らく過去の恋愛事情を軽く話した感じヘテロセクシャルであり彼女もいなそうなのにも関わらず全くこういう話題が出なかった時の方が俺としては嫌な気分になる。

自分はこのハイスペの彼の異性交遊の仲間に入る事のできない人間、心の許せない話の合わない違う世界の住人、白鳥に紛れ込んだアヒル、ハムスターに紛れ込んだドブネズミなんじゃないか、俺との解散後に誰か女性もいるグループと合流してるんじゃないか、と勘繰ってしまうからだ。

だから正直に言ってくれて本当に良かった。

俺は少し自分でもわかるくらい食い気味で聞き返した。

「お!いいんじゃん?相手何人?」

先ほど言ったように、こちらは男3人である。俺と、俺の同僚と、そのハイスペ。
俺の同僚とハイスペが元々大学同期なのだと飲み会の最初に紹介があった。都内の有名進学校から東京大学にストレートで入学。高校時代や在学中も勉強一筋ではなく真面目系のサークルでスポーツも異性交遊もこなしたタイプ。身長も高く筋肉質で顔もイケメン。1時間チョイ話した限りトークもそつがない。ストレートに学部卒で某外資系に就職。そのまま順調に昇進してそれなりに時間とお金にも余裕がある。
まごうことなきハイスペで、且つ、独身男として脂ののっている時期だ。

「向こうは4人みたいなんだよね」

ハイスペが答える。

なるほど。相手は4対4の”華金合コン終わり”か。
多分、金曜日の20時、若しくは19時半くらいから六本木フィオリアや恵比寿のチョイおしゃれな飲み屋で自己紹介をするところから始まった合コンなんだろう。
自己紹介をしてそれに対してちょこちょこ質問するくらいで初めの15分間とか使っちゃうようなしょうもない構成をしちゃうメンズで全然盛り上がらず、2時間の1次会が終わるころにはトイレでのトークや目くばせで女子たちはさっさと”次”に行こうよって意見に統一されていて、そのうちの一人がこのハイスペに連絡が来たんだろう。

で、ハイスペとしてはたぶん未だ手を付けてない女の子だから俺と俺の同僚と今日の機会に合流したくて、加えて今こちらは3人だから1人足りないのをどうにかしてほしいというわけだろう。

女性側の属性は後で聞こう。俺はテーブルの上のハイボールを手に取った。
店はここじゃちょっと席も手狭で騒げないから盛り上がらなそうだし、違う場所にするとして、金曜日のこの時間帯なら、まだここから歩いていけるあそこのバーとあそこのカラオケバーは空いてそうだ。あと1人補充するメンツだが、俺の同僚で隣の部署の数人の若手と同期が今日残業すると言っていたし、あとは慶應体育会系のグループが社内飲みをやっているからそこから簡単に1,2人引き抜けるだろう。

大体ここまで数秒くらいで考えた。体感だけど。
酔ってるから正確なところはわからない。少なくとも返答が不自然にならないくらいの間だ。

で、ハイスペに聞く。
「えーっと、その女性の会社はどこ?あともう1,2人いた方が良いと思うけど、誰か〇〇君(ハイスペの名前だ)の友達って今空いてそうな人いる?」

ハイスペはさすがだ。頭の回転が速い。簡潔かつ明瞭に即答してくれる。
「連絡とってるのは損保の子だけど、他は誰といるかわかんないな。俺のよく飲んでる友達は、まだ仕事してそうだし、その後も今日別件があるって言ってたから難しいかも。一緒にいるのは、多分会社の同期とかかな。連絡とっている子は1か月前に飲み会で会って、ちょこちょこLINEしてて今日も飲んでるって連絡来てたんだよね」

「おっけー。じゃあ俺が男呼ぶね」
携帯を取り出す。LINEで端的に状況を纏めた文章を作って同僚や友人にそれぞれ送信し、ついでにさっき空いていそうだなと思ったカラオケバーの店長に「今日空いてます?10人弱です」と連絡する。
女性側の可愛さの点については聞く必要はないだろう。ハイスペがあげた会社名は可愛い子が多いことで有名な会社だし、そもそもハイスペは可愛くなくてしょうもない女性から連絡が来たとしても、それをこの場に共有して恥をかくような真似をしたりは絶対しない。
あと、飲み会で会って1か月後でLINEしてた関係、というのは、未だ落としてはないから今夜行きたいって意味だろう。

俺はLINEを送信し、机の上に携帯を伏せて置いて、テーブルに置いてある4杯目のハイボールを飲んだ。
水滴が白い紙のコースターを濡らし、コースターが俺の持ち上げたコップに張り付いてきた。それを剥がしてテーブルに置く。木目のはっきりしたテーブルは安物ではなく、この居酒屋のそれなりのこだわりを感じさせる。ハイボールは1杯800円くらいだったから、値段はたぶん一人7000円くらいにはおさまるだろう。

まあ、初めての人と会うときはこのくらいのカジュアルさが良いよね。
でもハイボールに使っているウイスキーが安物なのは微妙だったなぁ。せめてメーカーズマークくらいであってほしかった。
俺はそう思いながらグラスをコースターの外に置いた。小奇麗なテーブルの上に置かれたコースターに、グラスの水滴の跡がついている。
きちんと役目をはたしていても、使い終わったり気分が乗らなきゃ捨てられる。そういうもんなんだよな。

ハイスペと俺の同僚は、どの合コンでその女子たちと会ったのか、もうヤッたのかというじゃれ合いをしている。ハイスペは「そんなんじゃないよ」「健全な飲み会だった」とかわしている。
その手のじゃれ合いに全く興味のない俺は、水滴のついたグラスをおしぼりで軽くふきながら、ふと考えていた。
こういう時、ハイスペのような人は何故いつも自分で手を下さないのだろう。今日この後で飲みたい女がいるなら、そう言って自分で呼んで深夜から合コンにしようぜと言って店も決めてもらってよいのに。

俺はそう思いながら、ハイスペのシュッとしたスーツの着こなしや、整えられた髪型と程よくギラギラした顔を見る。
まあ、考えても無駄か。多分、そういう周りへの強引さというか、自分から汚れっぽい役割をする意識は必要ないんだろうな。それが俺にとっては良いんだけど。

直ぐに返信があった。先ずはバーの店長だ。バーは個室が空いているらしい。並行して連絡を取っていた同僚も連絡があり、2名がすぐ合流可能。

俺は、おしぼりで水滴をふいたグラスを再び水滴の跡のついたコースターに置きながら言った。

「おっけ。連絡取れた。2人男呼ぶね。いい奴らだから大丈夫。あと、店も抑えたから移動してそっちに女の子呼ぼう」

ここまでで、ハイスペが女子4人の打診をしてから5分くらいだ。これならスピード感としても大丈夫だろう。

こういう時のスピード感は結構大事だ。大抵こういうとき、女子たちは複数の男に声をかけている。ハイスペは確かに”ハイスペ”だけど、もし先方の女子たちが手練れで、先に経営者とか他の外資系とかを捕まえた場合、こっちが切られる可能性はある。

え?そんなの酷いって?

そんなことは無い。単純に夜中の港区では自由な市場に近い状態が実現されているだけだ。ノリの良い美女との飲み会のチャンスは、最も魅力的で、速く、戦略的に動ける人のもとに集まり、そうでない人には回ってこない。
特段やってはいけない不文律なんかはなく、犯罪さえしなければ悪評もどうせすぐ消える。

ハイスペが女子たちにLINEで返信し始める、が、途中で顔を上げて言った。
「向こうは4人だけど、数揃えなくて大丈夫?」

「大丈夫。こっちが多い分にはどうにかなるっしょ」

ハイスペ、思いのほか生真面目だな。
数をそろえるかどうかというのは、本当に愚問だ。4対4で全員がカップルになることなどほぼない。3対3でも同じ。うーん、2対2ならあるかもしれないけど。4対4とかの飲み会で逆にそういうことがあったことがある人がいたら教えてほしい。

男女の人数比は会の盛り上がりにもその後の結果にも全く関係ない。メンツの能力と相性の方がはるかに関係ある。

モブで相手と数をそろえたって、盛り上がる確率も口説ける確率も上がらない。
数をそろえるのは、誰にも相手されないLoserを出さないためっていう消極的な理由しかない。けれど、それは男側が皆きちんと競争原理をわきまえて、ちゃんと喋って盛り上がれば必要ない理由だ。そして俺の友人にそういうLoserの精神の奴はいない。

後、付け加えると、君は、ハイスペ君は、絶対にそのLoserの1人には入らない。男女の人数がそろってるかどうかは、少なくとも、最後まで、君には、関係ない。


俺はもう一度半分くらいハイボールの入ったグラスを持ち、それを一気に飲み干した。4杯目終わり。
斜め前に座り、少し残っていた料理を食べていた同僚が、また始まった、という顔をして俺の顔をみている。
会計しようぜ、と同僚に伝える。

その時、ハイスペの気持ちがお金に向くのを察して俺は言った。

「あ、大丈夫。次行く店は飲み放題で朝までいても5,000円って決まってるから。女の子の分全額奢っても俺ら3人に俺が呼んだ2人の男5人で割れば余裕っしょ」

ハイスペは、そうなんだ、ありがとう、と言って、こいつに任せておけば大丈夫だな、という顔をした。
実際、こういう突発的な飲み会でいった店でバカスカ飲んでいたら会計が青天井になって、男同士で後で誰がいくら払うとかめんどくさい相談されることが良くあるんだよな。ハイスペで給料が高いと多めに払ってくれよオーラを出すようなクソ男もいるし、トラブルは良くある話だろう。

けれど、俺に任せておけば大丈夫だ。
全て上手くいく。君は座って飲んでいるだけで良い。
LINEには、俺に言われた通り返信するだけで良い。
俺がいれば大丈夫。君は自分でやりたいようにできる。

そう、俺がいれば、大丈夫。
俺について、そう思ってくれている人が何人いるか。
それが、俺の価値だ。

続く(かも)

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