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ハイスペ飲み会の視点③

前回の続きである。

「やだ!また負けちゃった!やばいー!」

髪の毛を触って照れるようなしぐさをしながら、マナミという女性はショットグラスを手に取った。タイトめの黒のトップスに少し花柄レースのあしらわれたスカートという華金OLファッションは、雑誌からそのまま抜け出てきたようなというか、量産型というか、そんな感じの印象だった。

テーブルの上はグラスと乾きもののおつまみを入れた皿とおしぼりが埋まり、こぼれたテキーラがテーブルの上品な木目を濡らしている。


いまは午前二時。普通の人は寝ている時間だ。
しかしここ六本木のカラオケバーでは違う。この時間帯がゴールデンタイムだ。

どの席も酔っぱらった男女で埋まり、歓声をあげながら飲み、時にカラオケを入れてマイクを持って立ち上がり、愛だの孤独だの友情だのを大声で歌っている。
六本木のカラオケバーで、金曜日の午前2時に客が入っていない店は、早々に潰れるだろう。

いや、満席でなくても潰れるかもしれない。
事実、この店はさっきから予約なしで訪れた”馴染みの客”を何組か断っている。金曜のこの時間くらいは満席になるのが普通だ。

俺はそう物思いにふけりながら、ゲームで負けた罰ゲームのテキーラを飲むマナミの、火照って少し濡れているように見える横顔と、耳の後ろに流している長めの前髪をちらっと見て、自分のハイボール(薄め)を一口飲んだ。
マナミは大きな目とすっと通った鼻筋が特徴的なかわいらしい顔をしている。年齢は30歳手前くらいだろうが、20代半ばあたりにもっと若く見られることが多いだろう。美人というよりかわいい感じの顔だ。港区でよく見るタイプ。クラスで2番目3番目に可愛くて、空気が読めてノリが良いタイプ。

マナミはハイスペが呼んだ女子4人組のうちの一人だ。元々ハイスペが知り合いだった女子とは別の子だが、かわいい感じの仮面をかぶりつつ、場をぐいぐいと盛り上げるので、ハイスペも気に入っているようだった。


この女子4人組は俺たちがこのカラオケバーに来てすぐに到着した。もっと待つかと思った俺は少し焦ったくらいだ。

しかし、その後の展開は良くある港区の雑な飲み会だった。何系で働いているかとか誰が知り合いかとかごく簡単な自己紹介をした後は、おのおの隣や前に座った異性と適当に話し始める。
2杯目のグラスに口をつける頃には店に他の客も増えてきていて、おもむろにテーブルに店員にカラオケのデンモクを持ってこさせてカラオケが始まる。

そしてカラオケが始まったら、後はもう適当だ。
おのおの立ち上がって歌い合い、隣の人と飲ませ合い、酔いとトークが加速して皆の欲望と熱気が雰囲気に溶けていく。

俺らは、もう何杯目のドリンクを飲んでいたかわからないくらいになっていた。多分5-6杯だろうか?時間無制限の飲み放題なので数えることもない。


隣の卓に座っている、恐らく経営者とその取り巻きとそのゲストの女子、といった4人組がラルクアンシエルのFlowerをカラオケに入れた。特徴的なシンセサイザーのイントロが流れ始める。俺は、こちらで使っていたマイクを、持ち手を向こう側にして丁重に隣の卓に渡す。

「えーいつもそんなに忙しいんだ!今日はたまたま空いてたの?飲めてよかった!」
「まあ忙しいけど、すぐそこに住んでいるから、この辺では遅くからなら飲めるよ。ただ、麻布十番の方で和食が美味しいお店とかバーで飲むことが多いかな」
「え~おしゃれで美味しいお店いっぱい知ってそう!私も麻布十番の方のお店最近開拓してるんだ!教えてほしい!」
イントロの合間に、マナミとハイスペが楽し気に話しているのが聞こえる。この二人は結構盛り上がっている。店の雰囲気も熱気にあふれている。


解散をするなら、盛り上がっている時にすべき。

それは、俺の六本木での先輩が言ったのだか、俺が自分で思いついたのだか、今では覚えていない。
しかし、そんなことはどうだっていい。俺は、進化論のようにシンプルで、それでいて有用なこの言葉が好きだった。

会をお開きにするのは、盛り上がっている、会もたけなわの時に限るのだ。
男女の会で、盛り上がり終わってなんだか落ち着いてきた時にお開きにすると、もう後は眠くなるだけだ。タクシーに乗って帰ろうかなとか明日何の予定があっただろうかとか、皆そういうことを考え始める。
そんな時まで待ってはいけない。

飲み会を印象深く、そして”効果的”にするには、盛り上がっている時に急に解散にすべきなのだ。
盛り上がっている時に急に解散になると、人は寂しさを感じる。時間もまだある(深夜2時だけど、盛り上がっていた直後は大抵眠くない)。
そうすると、一番盛り上がっていた異性と飲もうという話になる。深夜に酔った気の合う男女が二人きりで飲みに行けば、自然と片が付く。

そう、自然の流れを作るのだ。
バスケットボールのシュートはジャンプの最高点の直前で打つのが良く飛ぶし、鉄は熱いうちに打つのが正解だし、飲み会はたけなわの時にお開きにするのが自然の摂理で正解なのだ。


そして、俺は、今がその時だと感じた。

俺はおもむろに立ち上がると、カウンターの裏にいる店員の方まで歩いていき、店が込んできたから席を他の客に譲るよ、会計をよろしく、と伝えた。隣の客の歌うFlowerは結構上手く、他のテーブルの客も口ずさんだりアカペラで一緒に歌ったりしている。
隣のテーブルでサビを歌い上げる経営者とその友人っぽい男たちを横目に俺は俺たちのテーブルに戻り、テーブル横に立ったまま言った。

「ごめん!盛り上がっているところ悪いんだけれど、”時間制で”出なきゃいけない時間が来ちゃったから、そろそろこの店出ないとなんだ!」

そしてハイスペの方を少し見て目で合図した。
隣のマナミはさっき飲んだテキーラショットで酔ったのか、さっきより少しハイスペに身体をくっつけているように見える。見る人が見ればわかる距離感、ってやつだ。今日初めて会ったようだが、上手くいきそうだ。


後はめんどくさいやり取りは無し。
ハイスペが立ち上がり、先に行こうぜとかなんとか囁いてマナミと出口に向かう。私は他の女子に水を渡したり、上着を着せたりなんかして、少しだけ時間を稼ぐ。
その間に、店員が呼んでおいたエレベーターでハイスペとマナミは下に降り、夜の闇に消える。
あとは二人でどっかのバーに行くなり、すぐ近くのハイスペの家に直行するなり、勝手にやってくれ。

こういう時に、変に二人で帰る理由付けをしようとするのはアホのすることだ。これくらいシンプルで良い。
他のメンツに後でどこに行ったのか聞かれたら、酔って疲れたからタクシーに乗って帰ってしまった、とか、水が飲みたくなってコンビニに行っていたらはぐれてしまったとか、適当に言えばいいのだ。
もしも携帯に電話がかかってきたら、10分後くらいに折り返して同じことを言えばよい。誰も真相はわからない。理由なんていらないんだよ。理由は空白があれば適当に誰かが作り上げてくれる。

ここまでは、初めに店のインターフォンが鳴り、さあ女子たちが席に来るかも、というときに、ハイスペと俺で打ち合わせした通りだ。

ハイスペ、また今度飲もう。今夜は楽しんで。
俺は既にエレベーターに消えたハイスペの後姿を思い出しながら、心の中で呟いた。

続く

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