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『ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』2期8話を語る。

こんにちは。蕩です。今回の執筆は予定的にハード。
虹ヶ咲2期は開幕から面白かったのはもちろん、5話からエンジン全開の予兆を見せ、6話からは理解が追いつかないほどに"良回"が続いてて困っています。

3話の時点で「良い最終回だった」と呟いてしまう人間が多発する事態だったというのに、今回の8話に関しては最終話と言いますか、何かもう"集大成"に近いものを見てしまった気がして、"本当の最終話"は何が待ってるのか想像するだけで震えてしまいそうです。

さて、「TOKIMEKI Runners」の披露回でしたね。

今回の記事も映像表現や台詞から自分なりに汲み取った解釈を書いていきますが、ちょっと脱線する際には説明を必ず入れますし、長い説明が必要な事柄は省いて触れないので、最後まで気にせず読み進めてください。

自分の記事はライバーさん以外というか、アニメ全般を楽しんで「虹ヶ咲のアニメは観てる。でもメディアミックスの情報には何も触れていない。」って読者さんもきっと多いと思っているので、そうゆう方にも楽しんで頂けるような内容にしていくことを頑張りたいです。

最後まで読んで頂けたら幸いです。
いや読もう。読むべき。読みなさい。読んで😭
気軽にお付き合いください。よろしくちゃん。

「虹が始まる場所」

絵コンテ・演出:ほりうちゆうや
ダンスパート絵コンテ・演出:河村智之
脚本:田中仁

総作画監督:
横田拓己, 小野田将人, 冨岡寛, 山本亮友, 渡邊敬介
©2022 プロジェクトラブライブ! 
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会
どんだけ考えても…トキメカナイヨー!!

第2回スクールアイドルフェスティバルも最終日。
タイムテーブル的に大トリは「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」が務めるようですが、侑ちゃんが鋭意制作中の楽曲は滞っており、全てが順調に進んでいるわけではないことが伝わる始まり方になっていました。

同好会に対して、ファンに対して、そしてランジュに対して"自分のメッセージ"を届ける場所が迫ってきている事実もありますし、自身が"全て担当する初めての楽曲"ということから、「私が納得させることの出来る最大の魅せ方」とは何だろうって深く考えるのは当然。

加えて、スクールアイドルは「歌って」「踊って」「話して」"自己表現"する手段が活動の繋がりと明確になっていることに対し、"侑ちゃん(=楽曲担当)"の場合は自身が直接ではなく、披露する際には"誰か(=同好会)"を通すことで、初めて自分の気持ちが伝わるって立ち位置が難しいところなんだと思います。

せっかく開催できることになった
大事なフェスの曲だから最高のモノにしたくってさ。 

でも…みんなの素敵なところを
どうやって表現できるか、とか。

どうしたらファンの人達に喜んでもらえるか、とか。

それに…この曲がランジュちゃんと約束した
"私が同好会にいることの答えに相応しいのか"、とか。

そうゆうの全部叶えられるものになってるのかな、
って思うと、自信なくなっちゃって。

考えれば考えるほど、頭がぐるぐるしちゃってさ。

2枚目のように「みんなの素敵なところを」の台詞とともに"みんな(=同好会)"を映しつつ、"柱"によって侑ちゃんだけ隠れたままなの面白かったですね。

さて、こうゆう事をたくさん考えちゃいますよね。
作中において「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」は支持を得ていて、そんな彼女たちが大切なフェスの最後に披露する"楽曲"を、彼女たちと、彼女たちを大好きと叫ぶファンが納得するモノにしないといけない。

また、個人的な約束として"ランジュ"に対して"自身の存在を証明する"ため、ただ単に同好会が歌うことで盛り上がる曲ではなく、同好会が歌う中で"高咲侑の自己表現"を感じ取れるモノにする必要がある。

たくさんの課題を抱えていて、それらを全て"1曲"に詰め込んで完成させるのは相当な無理難題で、だからこそ試行錯誤が絡み合い「考えれば考えるほど」に囚われてしまったんじゃないかなって思います。

侑ちゃんの曲を私たちで歌うなんて、
それだけですっごく素敵なことなんだからさ。(🎀)

いや…でも…こうゆうことなんですよね。
確かに"実力""クオリティ"は表現者として重要な要素なのは間違いないんですけど、きっと本当に魅力を感じているのは奥底にある「自分」なんです。

侑ちゃんも、作中のファンも、私たちも「虹ヶ咲の全員が"自分"を伝えようとする」って姿勢こそに心臓を掴まれたんだと思いますし、歩夢たちが優しい言葉をかけられるのは、彼女たちが想う「自分」の中に"侑ちゃんの曲を歌うこと"も含まれているからだと思います。

また、侑ちゃんはたくさんの方面に対する"納得"を追い求めるあまり、自分が信じた"トキメキ"に迷い続けていましたが、侑ちゃんが行動をする際に「誰か」を考えなかったことはないんですよね。だから、侑ちゃん自身の「自分」を表現することは、既に「誰か」も含んだ表現になるということ。そういった助言の数々。

他要素に対する"配慮"は表現への"ノイズ"で。
侑ちゃんが"誰か"を考えずに発言や行動を起こした瞬間はありませんし、彼女が真っ直ぐに捉えた「自分」こそが、既に"最高の答え"だったんだと感じています。

「いや、そうはならんやろ」
「いや、そうもならんやろ」

同好会の言葉もあり、侑ちゃんの中の意識や表情が変わることで解決しそうな雰囲気も漂ってましたが…。

「ニジガク号」が止まってしまいました😇
流しそうめん同好会の監修が不具合起こしちゃったの面白すぎるし、そもそも「ニジガク号」が曲がり切るにはカーブが急すぎて笑っちゃいましたけど、案外こうゆう企画って盛り上がるので、参加生徒たちが割と本気で悲しそうなのは、少し共感する部分もありました。

これも…何とも難しい演出ですよね…。
1話は公開する映像を間違えて同好会の宣伝が水の泡になりそうだったところ、静寂のもとにランジュが"圧倒的なパフォーマンス"をすることで、会場にいた全員の視線を釘付けにするって流れだったと思います。

今回もほとんど同じじゃないですか??
「ニジガク号」が順調にゴールしてライブが開幕するはずだったのに、流しそうめん同好会の監修が行き届いてなくて肝を冷やしたところ、ランジュの足音だけ鳴り響く瞬間から"圧倒的なパフォーマンス"をすることで、スクールアイドルフェスティバルが始まりを告げる。

1話の時点で周囲の心を動かし、今回も現実的には動き出すはずのない「ニジガク号」が彼女のパフォーマンスによって動き出すっていう"華やか""圧倒"を証明する姿ではある一方で、結局は"自分(=1人)でやるしか方法がない"って意味にもなりますよね。

加えて、船が動き出した瞬間に待つ先は"ゴール"。
虹ヶ咲の面々は栞子を含め、最後に披露する楽曲とともに"新しいスタート"を切るのに、ランジュにとってはトップバッターとともに"ゴール"してしまう船。

実際は船動かしたの"はんぺん"なんだけど(笑)
まあまあそうゆうのは置いといて、彼女は今回も最後までずっと「みんな」が作る経験や景色を体験することがなかったって結末に繋がりますし、今後の展開として場を去ろうとする意味での"ゴール"は苦しかったです。

ただ、"圧倒的な魅了の権化"なのは間違いない。
全体が狼狽えて落ち着いていない場面に、たった1人でステージに上り、音楽もかからずに"アカペラ"から始める勇気と視線を集める実力は紛れもない"本物"。

侑ちゃんは"そうゆう人間"に対して、自分の存在を証明するための"アンサー"を楽曲に乗せないといけないわけなので、さっきは同好会メンバーの言葉に励まされていたものの、再び悩み始めてしまうのは仕方ない。

1期はもちろん、2期もユニット活動を通して個々が自己表現を進化させているため、同好会のスクールアイドルたちをは曇った表情を浮かべることなく、ステージに向かって歩き出す一方で、侑ちゃんは"その場に立ち止まったまま"なのが印象的な場面でした。

また、"右側"に向かう同好会とは逆で、誰も待っていない"反対側"に向かって歩き出すのも、侑ちゃんが追い詰められてる状況を丁寧に表現していましたね。

スクールアイドルに限らず、参加している人間の大多数は"自分のトキメキ"を信じて会場中に振り撒いているというのに、侑ちゃんは悩んだ末に"自分が感じたトキメキがわからない"結果として、歩みを止め、反対側に歩き出し、"階段の下(=輝きを放つ場所から最も離れたところ)"に移動した瞬間でした。

ランジュだけじゃない。
他のスクールアイドルだって、きっとそうだ。

自分の存在すべてをステージに賭ける。
そうゆうものなんだ。

でも僕たちはそんなことする必要はない。

求められる曲を作って、
評価してもらえるなら、それで良いじゃないか。(ミア)
同好会のアイドルのために曲を作るっていう
ベイビーちゃんの判断は、絶対に間違ってない。

みんな、喜んでくれるさ。(ミア)

ミア…おま…めっちゃ優しいやん…。
誰も来ることはない場所(=みんなと反対側)に下りてきた侑ちゃんに対して、ミアだけは苦しそうな背中に気づいて声をかけるだけでなく、階段を下りて"影(=悩みの場)"に入ってくるのが、素敵な瞬間でした。

「ベイビーちゃんの判断は間違ってない」

こんなに心強い言葉はないですよね。同じ作曲家という立場にいる天才的な人間が「間違ってない」と言ってくれるわけですし、2期に関しては侑ちゃんに"共感"してくれる存在って実はいなくて、だからこそ、唯一の同じ立場であるミアが肯定してくれるのは温かい。

でも、侑ちゃんのため"だけじゃない"と思ってて。
これはきっと、ミアが「自分の存在すべてをステージに賭ける」ことが"できない"っていう「自分」を肯定したいための言葉でもあり、そんな自分に近い侑ちゃんを肯定してあげることで、「自分も正しい」と内側に言い聞かせる構造にもなっていたと思うんですよね。

だから作曲家という立場が"影(=悪い)"ってわけではなくて、ただ単に「周りが求めてる曲を作って評価されるだけで良い」って道を選べないからこそ、侑ちゃんは"影(=望ましくない)"に入り、そんな侑ちゃんとともに自分も肯定したいから、ミアだって"影(=全てを賭けられない)"に入ったんだと思います。

ああ…やっぱり…"優木せつ菜"なんだ。
1期の1話で「CHASE!」を聴いた瞬間から"純度全開のトキメキ"に出会ったわけで、「世界が色づいて光り出す瞬間を"君(=スクールアイドル)"と見たい」って気持ちを知ったから、侑ちゃんはここまで走り続けることが出来た。「その心が"アンサー"」なんです。

はあ…完璧すぎる。綺麗すぎる。美しすぎる。
今回だって「Infinity!Our wings!!」で1期3話,12話と2期6話と同様の"拳を突き出す"振り付けと同時に繰り出される「I believe in it(=自分が絶対的に信じているトキメキに向かって) ただただ 真っ直ぐに」という歌詞によって、侑ちゃんは"トキメキ"を覚醒。

こうゆうのって実際にあるじゃないですか…!!

自分はアニメの中では『らき★すた』『けいおん!』を小学生ながら観ていたのが"原点"で、他にもバンドで語るなら「the pillows」(フリクリで有名)が小学生の時に出会った最高の"原点"で、同じコンテンツの中から大好きなものは増えましたけど、やっぱり立ち戻った瞬間は絶対に「これなんだよな…」ってなります。

だから、高咲侑という存在が"優木せつ菜(=原点 , 始まり)"の存在によって、再び"自分のトキメキ"に向かって走り出すことができる物語は共感の嵐でした。

皆に励まされた時
せつ菜の歌声で"トキメキ"を得た時
スパスタ3話のライブ直前

侑ちゃんが"トキメキ"を取り戻した瞬間は最強。
実はランジュのパフォーマンス前に同好会メンバーから励まされて兆しが見えた時も、少しだけ前向きな眼の芝居が入ってたんですけど、この時はまだ"眼を半分だけ開いて輝きを持っていない状態"だったんですよね。

でも…せつ菜の歌声を肌で感じた時には…。

明らかに"眼が全力で開いたうえにハイライトが回転して輝いてる"状態になる変化も素晴らしすぎる。最後の画像はスパスタ3話でかのんちゃんが緊張を吹き飛ばした瞬間で、この時は「1人じゃない」って決意を体現するように"ハイライトが回転"する演出が組み込まれていたのを思い出しました。かっこいい演出で大好き。

侑ちゃんも"自分のトキメキ"を再自覚して、「階段の下で悩んでるわけにはいかない」「みんなと同じ舞台に立って自分の表現をしたい」"決意"をした瞬間だったからこそ"ハイライトが回転"したの天才…🌈🌈

同時に"影(=望ましくない)"を退け、侑ちゃんの意志と連動するよう"光(=自分が望むもの)"に入っていくのではなく、まるで"自ら光を生み出していく"かのように感じるカットは感動が神輿を担いでました。

"自分"を目一杯伝えようとしている
みんなの姿にトキメいていたんだ…。

私も…みんなに近づきたい。
みんなと一緒に…今ここにいる私を…伝えたい!!

そうなんだ…これが私の"トキメキ"!!

これが"答え"。侑ちゃんの"アンサー"

スクールアイドルではないのに「スクールアイドル同好会」に属している理由は何故なのかってランジュとともに侑ちゃん自身も考えてきたと思いますが、きっとその答えは「スクールアイドルと一緒に夢を見て自分を表現すること」なんじゃないかなって。個人的には。

侑ちゃんはスクールアイドルを自分自身がやるのではなく、音楽科の道に進むことで"音楽家"の夢の向こうで見据えた「自分を音楽で表現するとともにスクールアイドルと夢を見る」のが"トキメキ"。これはスクールアイドルではないけれど、「スクールアイドル同好会」に属して皆と活動をする理由に繋がりますよね。

ああ…最高の答えじゃん…最適解だろ…。
だからさ…「CHASE!」なんだよなっていう…。

ミアの描写も欠かさないのほんとに。
虹ヶ咲は本当にどこまでも抜かりないです。

もちろん"光"は一定の範囲に広がっていくため、当然のことではあるのですが、わざわざ"ミアにも光が射していく"カットを混ぜ込んだ事に関しては、侑ちゃんを肯定するとともに「自分も」肯定するよう言い聞かせていた部分があった彼女に、「ミアちゃんも一緒に全てを賭けよう」といった意味が込められているのかも…。

別に、侑ちゃんが"階段の下(=皆が輝きを放つ場所から最も遠い場所)"にいて、自分の問題が解決した瞬間から「ありがとう」の言葉と同時に一人で階段を駆け上がる展開でも問題ないんですよね。階段の下に残ったミアが「やれやれ」的な、照れと哀愁を持ち合わせた表情を映して終わりにするのも全然アリなんです。

でも、ミアも一緒に連れていくのが"侑ちゃん"。
実際に次回はミア回だと思いますし、おそらく彼女が踏み出す兆しを現時点でも作っていて。その結果として場を去ろうとしているランジュだったり、今回の"光"が完全に届かない描写から「The Sky I Can't Reach」に繋がっていくんだろうなって勝手に思っています。

Are you serious!? 本気で言ってるのか!? (ミア)

うん。それに合わせて、
アレンジを変えたいんだ。手伝ってくれる?(侑ちゃん)

さらに、侑ちゃんのトキメキは止まりません🌈
ミアが驚いた後に「アレンジを変えたい」と言っていることから、驚いたことは"侑ちゃんが後方のステージに立って伴奏する"ことだったんじゃないかなって。

階段の場面では、ミアが侑ちゃんに温かい肯定の言葉を向ける一方で、実は「自分」のことを肯定したい気持ちもあったかもしれないと書きましたが、これってクールな性格に見えるミアが"本音を漏らした"状態に相当近いと仮定できると思います。もしそうなら…。

彼女は"「自分」も同じ(=全てを賭けずに求められたものを提供する)"と肩を組んだのに、「私は同好会の皆とステージに立って自分の在り方を表現する」なんて真逆のアンサーが返ってきたら、それはもうミアだって我を忘れたよう驚くしかないですよね(笑)

でも、きっと侑ちゃんのこの"在り方"も次回のミアが進化する物語の踏み台と言うか、きっかけの一つにはなっていそうな気がしますし、こうやって"トキメキ"を撒き散らして伝染させていく姿は「自分の知ってるトキメキ星人の侑ちゃんなんだな」って改めて思いました。

ある人(ミア)が助けてくれたから。
新しい歌は生まれました。

ある人(栞子)が提案してくれたから。
今回のフェスティバルは実現しました。

ある人(ランジュ)が素敵なライブを見せてくれたから。
私たちはもっと成長することができました。

そしてここに集まってくれた
スクールアイドルを愛してる皆さんがいてくれたから。

このフェスティバルは無事
フィナーレを迎えることができました。

さて…侑ちゃんは同好会の皆にとっても、自分にとっても「良いね」と言える楽曲を作ることができ、ライブに向かって走り出す準備万端のままステージの場面へ。

ここ。本当に。我ながら最高を掴み取りました。
実際にステージに立っているのは1期と同様"9人"ではあるものの、楽曲も事実上は侑ちゃんが"1人"で作り上げたものの、そこには"栞子 , ミア , ランジュ"の存在がいてくれたからこそ、こうやって進化した状態として「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」がステージに立てていることになるんですよね。

だから本当は"12人と1人"のステージ。

加えて、こうして作中でスクールアイドルを愛している人間が集まったこと。虹ヶ咲はアニメ化の話がないプロジェクトだったのに、キャストやスタッフ陣の頑張りとファンが応援を続けたことで、テレビの前にも彼女たちを愛する人間が集まったこと。これら全ての"スクールアイドルを愛する人間"が集まったことにより、伝説と呼べる"8話"が生まれたってドラマが作品における何よりの"トキメキ"になったのではないでしょうか。

さあ。幕が上がります。視線の先に。
いや…。予想を裏切った視線の反対側には…。

あまりアニメ世界線以外の話をするのは、ファン向けと言っているような気がして避けたいのですが、少しの説明だけで伝わる演出なので触れようと思います。

3rdライブの際に「夢がここからはじまるよ」のライブ演出として、後方のステージにスポットライトが当たることでピアノが正体を現し、そこに"妃菜喜ちゃん(=侑ちゃんの声優さん)"が登場するってサプライズがあったんですけど、その時の観客の反応って完全に"1枚目の画像"の通りだったんですよね。

また、妃菜喜ちゃんがピアノを弾く際、緊張のあまり手が震えていたのですが、今回における侑ちゃんも手が震えていて、確かに逆輸入なのは間違いないです。だからと言って逆輸入が素晴らしいのではなく、"初めて大衆の前でピアノを弾く瞬間は同じように手が震える"という共通点から、やっぱり2人は同一人物と言うか、一心同体の存在なんだなって思えるのが良いんです。

他にも「個人的に好きなところ」のパートで現実のライブと同じ演出を逆輸入した点に触れますけど、物語においての共通演出の素晴らしさは、ただ単に逆輸入をした粋な演出が最高と片付けるのではなく、"侑ちゃんと妃菜喜ちゃんが重なる"までのドラマこそ、"作中の観客と現実の観客が重なる"ドラマこそ、この演出を素敵なものにしたんだろうって考えで過ごしています。

答えを導き。証明する場所に辿り着いた姿。

正式なステージからバトンを受け、後方のステージに現れてスポットライトを浴びる姿。大勢の観客を前にスクールアイドルたちと同じ舞台に立ち、素晴らしいピアノを披露する姿。ピアノの演奏とともに心を動かし、観客の一体感とともに"ブレードの海"が広がる光景。

また、同好会のステージからバトンを受け、自分のピアノによって"ブレードの海"が広がった先は"再び同好会のステージ"という、視覚的にもアンサーを返しているのが、何ともたまりませんでした。

完全に"高咲侑"は"ここ"にいますよね。
せつ菜の歌声から「今"ここにいる私"を伝えたい」というトキメキを抱えた彼女が、ずっとトキメキを信じて走り続けた彼女が、自己表現として辿り着いた先の舞台上で"トキメキを叶える瞬間(=ここ)"は最高。

これ以上語ることはあるのか。野暮なのか。
虹ヶ咲が大切に育て、大事な場面で姿を変え、今回だって姿を変えてくれた「TOKIMEKI Runners」を披露するのも素晴らしかったです。集大成のようでした。

アニガサキ特有の"カメラワーク"が炸裂です。
ぐるんぐるん回る"バトンタッチカメラワーク"良い。

実は1期からアニガサキのライブって、スクスタの衣装だったり、物語を感じさせるようなイメージカットが絶対に挟まれてたんですけど、今回は初の"CGと作画のみのライブ"になっていたのも、作中の登場人物たちの気持ちを汲み取った"スタッフ陣の気迫"の存在と証明が伝わってくる仕掛けだったと思います。

生まれたのはトキメキ 惹かれたのは輝き
あの日から変わりはじめた世界

歌詞も本当にピッタリなんですよね。

まさに1期の1話から「生まれたのはトキメキ」で始まる物語になっていて、侑ちゃんはスクールアイドルのみんなが「自分」を表現しようとする「輝き」に惹かれて踏み出せたわけで、そんな「あの日から変わりはじめた世界」をせつ菜の歌声で思い出し、これまで積み重ねた全ての"トキメキ"を詰め込んだ結晶として生み出されたのが「TOKIMEKI Runners」と信じてる。

最後は侑ちゃんの"涙混じりの笑顔"が至高。
何とも形容し難い。複雑な表情が全てを物語る。

凛々しい表情であったり、悩んだ表情だったり、嬉しい表情であったり、たくさんの表情を浮かべていた彼女でしたが、きっと"表現者"という立場を初めて達成した瞬間だったからこそ、今まで見たことのない"初めて見せる表情"が自然と出てきたのかもしれません。

「虹が始まる場所」 の読みは 「TOKIMEKI Runners」

普段はアバン開けたOP後にサブタイトルが画面下に出てくるんですけど、今回はまさに物語において楽曲が誕生したのと同時に「TOKIMEKI Runners」とサブタイトルが出てくる演出まで冴え渡っていて、どこまで天才を披露し続けるのか困るくらい最高でした。

最初から最後まで拍手が止まらない。
本当に素敵な回をありがとうございました🌈🌈

個人的に好きなところ

どこまでもランジュが追い込まれる世界線。
画像から"風(=スクールアイドルの仲間たち)"は吹き込んでいるというのに、ランジュ自身が目を背けてしまう芝居も重なり、今回の侑ちゃんの光影の演出とは正反対に"影がかかったまま"なのが辛いところ。

また、侑ちゃんや同好会のパフォーマンスを素直に褒める気持ちであったり、それを自分から目の前に登場して伝えることができる姿勢は本当に素晴らしいの渋滞なのですが、一方で、"表情は見えない"うえに"誰の耳にも入らないほど小さい声で「ばいばい」"と言う臆病な部分も見える瞬間だったのではないでしょうか。

次回のミアが、そして幼馴染であり唯一の曇った表情を浮かべて察していた栞子が、同好会の支えとともに彼女を救い出す話数が来ることを信じて、これからの展開も見守っていこうと思います。200万再生おめでと!!

侑ちゃんの逆立ち最高でした。
毎話しても大丈夫。こっちは助かる。

中須。へらへらしてるのかわいい。
褒められた時に否定しないのがかわいい。

彼方ちゃん…。それはシャフ度…いいぞ…。
ぜひ、シャフト作品にも登場してください。

副会長。めっっっちゃ出てくるやん。
いやいや、あのカーブは「ニジガク号」無理だろ😇

完全一致してしまった世界線。天才すぎた
この侑ちゃんの背中、少し幼くてかわいい。好き。

ここめっちゃ好きなんですよね。かっこいい。
最初の頃よりも頼もしい後ろ姿に感動でしたね。

今日も。推しが。かわいいですね。

侑ちゃんの手の震えもそうですが、作画パートの"ハンディ感"ある画面動を用いたカメラワークも、実際にその場にいるような緊張感やリアリティを感じられる気分になれて、とっても好きな場面になっていました。

彼方ちゃんはいつでもかわいい。
自分が虹ヶ咲に興味持ったのは彼方ちゃんのおかげ。

作画パートで一番可愛かったと思う。まじで。
あどけない雰囲気で手を添えるの、女優感すごい。

上側は"初の円盤作品"、下側は"1stライブ円盤"のジャケットなんですけど、これらを唯一のイメージカットとして登場させるのも良かったです。

部室や個々の部屋には"3rdライブ円盤"のジャケットが飾られていますし、今回は逆輸入演出を組み込んでいるのもあって、やっぱり"9人(と1人)"で披露する最後のパフォーマンスであること、そして今までの軌跡を強調してくれていた気がするんですよね。

3話の時点で"9人(と1人)"の物語はピアノとともに終わりを迎えたと書いたんですけど、今回のライブでは"9人(と1人)のパフォーマンス"も最後を迎えたことになるって意味なんだと思います。

だって、"ある人"がいてくれたから今日のステージを完成させることができたわけで、つまり物語に関して触れるなら"12人と1人"が築いた景色で間違いないんです。だから9人のパフォーマンスの最後として、サプライズと終わりを告げてくれたのかもしれません。

1期のノートの正体は「夢ここ」って発覚するの天才。
歌詞割りがメンバーカラーですし、それぞれ文字の雰囲気がバラバラなので、全員が自分の歌詞を考えたんだろうなって考えると、特別感が更に増しました。

また、「夢ここ」の時は同好会が"あなたちゃん(=侑ちゃん)"に感謝の気持ちを込めて届ける意味合いはもちろんですが、皆が作詞をしているって形態だったことに対して、今回は作詞作曲をすべて(一部ミア)を侑ちゃんが綴った楽曲が隣に並んでいて、「夢ここ」のアンサーになっているのも本当に素晴らしかったです。

この大切な回の主要スタッフ陣も熱かったですね。

作品を引っ張り続けている河村監督、素敵な物語を支え続けている田中仁さん脚本、そしてアニガサキの本編からダンスパートにおいて、相当な話数を担当してくれているほりうちゆうやさん、1期からずっと深く携わっている面々で固めたのも、話数の大切さを感じます。

本当に素敵な作品にしてくれてありがとうございます。
これからも応援しています。最後までワクワクです
🌈

総括

これ以上ない"最終回(8話)"でした。
アニガサキは本当に見たいものを魅せてくれるだけでは気が済まず、見たいものの何倍も先の「そんな魅せ方あるんですか」って驚いてしまうような、そうゆう愛に満ち溢れた作品だなって毎話を通して感じています。

こんなに素晴らしい大団円を魅せつつも、ミアとランジュの物語も同時並行で進めているのが安心感にも繋がっていますし、それらが全て解決した後、きっと本当の最終話で披露する"12人と1人"のパフォーマンスはどんな破壊力を持ってしまうのか。今から嬉しい悩みを抱えていて、最終話は来てほしくないけど、早く揃ったステージを観たいって気持ちが格闘していますね。

最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。
今回はもう素敵が止まらない内容だったので、リプやコメント欄で皆さんの"大好き"を教えてくれたら嬉しいなって思います。ぜひぜひ、お待ちしています🌈

拡散の方もよろしくお願いします。noteの"♡"も。
面白くない内容だったら申し訳ないですが、今回の記事も本当に沢山の人に読んでもらえたら嬉しいって気持ちを込めて全力で書いたつもりなので、周りのライバーさんやアニガサキを視聴している方にもどんどん広めてくれると、あとで全力で泣いて喜ぶと思います🎙

次回は9話の記事でお会いしましょう。では🌈🌈

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