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【翻訳部辞書:W】Wig

こんにちは。プロジェクトマネージャーの小沢です。翻訳部辞書シーズン1のWCに続き、2度目のwの担当です。今回は英和辞典をパラパラめくってwから始まる単語探しをしていたのですが、wは意外とネタになりそうな単語が多いことに気が付きました。今回選んだ単語は”Wig”です。辞書の”wig”の挿絵として描かれている、かつらをかぶっている紳士に目が留まりました。

よく学校の音楽室に肖像画が飾られている、ヨーロッパの音楽家たちが身に着けているあれです。そもそも、挿絵の多くない辞書なのになぜそれを挿絵に入れようと思ったのか、という辞書の編纂者の思惑も気になるところですが、そのかつらが流行した背景などを調べてみたいと思いました。

wigの歴史

まずはwigの語源から。wigという言葉は、17世紀に登場した言葉で、この言葉のもとになったのは、フランス語でかつらの意の”perruque”。これが英語圏にわたり、“peruke”, “periwig”となって、”peri”がなくなって”wig”となったそうです。そして”perruque”の期限をたどると、プロヴァンス語(フランス語南部プロヴァンスで使用される、オック語の一方言)の”parrucca”(美しい頭髪のオウム)からきているとのこと。カラフルなオウムの頭を想像すると合点がいきますね。

調べてみて驚きましたが、なんとかつらは約38,000年も前(B.C. 36,000)から存在しており、フランスで出土した象牙の彫り物がそれらしきものをかぶっているそうです。私の勝手な想像では、ヨーロッパの貴族や音楽家たちが先駆者だと思っていましたが、それよりはるか昔から存在していたのですね。

あの「かつら」について

B.C. 36,000からの歴史を調べていたら、なかなかあのかつらまでいきつかないので、ピンポイントで調べてみました。

かつらをかぶった音楽家といえば、誰を思い浮かべますか?トップのイラストにあるバッハをはじめ、ハイドン、モーツアルト、ヘンデルあたりが有名どころでしょうか。彼らが活躍した時代を調べると、17世紀から18世紀。この時代のかつら事情を掘り下げてみましょう。

今回はアデランス社様のホームページから多々参考にさせて頂いています。フランスでかつらが本格的に流行しだしたのは17世紀前半、フランスのルイ13世(1601年~1643年)の時代からでした。若いころから髪が薄かったため23歳からかつらを使い始め、宮廷内から市民層へ普及していったそうです。衛生状態が悪かったため、ノミやシラミ対策で短くした髪を隠す目的もあったとか。当時のかつらは左右を長く下しただけの「ラブロック」といわれるスタイルでした。3年B組 金八先生のイメージですね(古)。

ルイ13世の息子のルイ14世(1638年~1715年)は35歳のときに「入れ毛(形を整えるために毛髪を補うこと)」を始め、その後は40人のかつらの職人を雇って、TPOに合わせてさまざまなかつらを作らせていたそうです。色も様々で、ブロンドから黒、白へと変遷していったとか。たしかに音楽家たちのかつらの色も多種多様ですよね。自分だったら何色のものにしようか迷いますね…やはりブロンドは一度やってみたいですし、白にしていつか白髪になった自分を想像してみるのもいいですね。あ、でも一気に老けて見えるのかな。

女性たちのかつら事情もユニークです。こちらも用途によって異なるかつらを使い分け、さらには朝、昼、晩で異なる色のかつらを使用していたとか!なんでも朝は黒、昼は褐色、夜はブロンドだそうです。

あの有名なマリーアントワネットは、かつらとは少し異なりますが、パッドとポマードを使って髪を盛るヘアスタイル「パフ」を考案して流行らせました。いまでも「盛る」という言葉がはやっていますが、むかしから人間は盛るのが好きだったのですね。盛りがエスカレートして、頭が5㎏の重さになったり(5㎏のお米を頭に乗せて歩くことを想像してください)、その高さのせいで馬車に乗れない女性もいたとか…そのあとどうやって移動したんでしょうね。頭を横にして乗ったのか、かつらを外した状態で乗ったのか、はたまた屋根のない馬車に乗り換えたのか…

マリーアントワネット
https://a-littledream.com/marieantoinette/

音楽家とかつら

さて、音楽家とかつらの関係にもどりましょう。かつらをかぶっていた音楽家たちに共通するのは、宮廷に雇われていた宮廷音楽家や、出入りしていた音楽家だったことです。当時、かつらをかぶるのが正装であるとされ、お城に出入りする人はみなかつらをかぶっていくのが礼儀とされていました。

今回調べてみて意外だったのは、モーツァルトは小さなころから「神童」と呼ばれ、宮廷音楽家であった父親に連れられてさまざまな国の宮廷で演奏をしていたものの、宮廷音楽家として成功を収めたわけではなかったということです。いわゆるフリーランスの演奏家、作曲家として生計を立てていました。

音楽室に必ずある肖像画がある作曲家で、かつらをかぶっていないワイルドヘアの作曲家といえば……ベートーベンですね。彼は、ちょうど大学で啓蒙思想を学んでいたころに起こったフランス革命などの影響もあり、権威や権力を嫌い、宮廷ではなく平民の前で演奏したり、教えたりするという道を選びました。よって正装であるかつらとは無縁の音楽家だったのです。ベートーベンはかつらをかぶらずに活動をした、最初の作曲家ともよく言われるそうです。

肖像画を見るだけでは知りえない、かつらの秘密ですね。今回かつらについて調べるにあたり、当時の時代背景や、各偉人達の嗜好、思想など、とても興味深い情報に触れることができました。

かつらについての文章がここまで長くなるとは…
最後までおつきあいいただきありがとうございました。

参考:
『ジーニアス英和辞典 第5版』(株)大修館書店 南出康世 編集主幹
かつらの起源 
プロヴァンス語
ファッションでたどる マリーアントワネットの生涯」
ルイ13世
【宮廷作曲家のお仕事】売れっ子は誰?~音楽家の働き方
なぜベートーベンは頑なにかつらをかぶらなかったのか


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