垂直居士

水平からの離脱にあがく漫筆家。 人が何を考えて生きているかに興味をもって、生きていま…

垂直居士

水平からの離脱にあがく漫筆家。 人が何を考えて生きているかに興味をもって、生きています。名前はそのまま「すいちょく」で差し支えありません。居士は号で、仕官せず野にある男子の読書人の意ですが、必ずしも本人を適切に表してはおりません。

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  • 近未来アニマルペディア

    実験的短編『近未来アニマルペディア』をまとめました。

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垂直に生き、論理で乗り越えよ。

 一人の学徒として、学問に向き合う態度はいかにあるべきか。  人それぞれの考え方はあるとしても、自分にとって、学問とは常に生き方の問題であり、自己確認であり、自…

垂直居士
3年前
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帝都ヲ暗黒化セヨ(五・一五事件異譚)

 その頃、つまり昭和七年頃の農村の窮乏は、極めてひどいものでした。数年前から生糸は売れなくなり、二束三文になりました。米は豊作にもかかわらず外地からも入ってきて…

垂直居士
3日前
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永遠回帰と長い日

 コロナの後遺症がなかなか消えず、貴重な連休は泡と化した。全く動けないわけでもないが、妙に倦怠感が続き、気道が狭くなっているような息苦しさを感じて、気持ちはずっ…

垂直居士
6日前
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中島敦『わが西遊記』

 本日は中島敦の生誕日であり、過去にもこのnoteでも関連記事を投稿してきた。最近Twitter/Xで紹介した古書・中島敦『わが西遊記』に対して少々反響をいただいたので、こ…

垂直居士
13日前
48

漱石『彼岸過迄』の散歩道

 春になると散歩したくなるのが人情で、古今の散歩本でも小脇に抱えながら、ぶらりぶらりと行く当てもなく彷徨いたくなる…などと考えながら、先日古書店で安価で購入した…

垂直居士
2週間前
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周回遅れの男

 コロナに罹患した。今さら、である。私の人生ではいつもこんなふうに、何かを踏み出そうとしたときに出鼻をくじくような感じで、少し流行から外れたようなものが一周遅れ…

垂直居士
3週間前
69

私も参加している文芸同人誌『夢幻』創刊号、販売開始しました。よろしければ商品ページのサンプル画像だけでも楽しんでください。よろしくお願いいたします。

https://reve8realite.official.ec

垂直居士
1か月前
38

社会の発展と呼ばれるものは、プリミティブな問題ないし状況が整理されて、制度の名のもとに次々と包み隠されていくことではないのか。

垂直居士
1か月前
35

四月に新しい風

 この四月から、人生においていくつかの新しいことが始まります。私にとってはそれらが全て「書く」ことに関連していると思っているので、noteでの記事にしておこうと思い…

垂直居士
1か月前
56

夢のまにまに

 あまり熟睡していないのか、最近は以前よりもしばしば夢を見るようになった。ある日の夢はこんなだった。  自分は船団のような集まりの指揮を取る、どうやら艦長的な立…

垂直居士
1か月前
48

詩と情熱によって世界を捉える

 以前からことあるごとに目にして気になっていた数学者・岡潔と批評家・小林秀雄の対談本『人間の建設』(新潮文庫)を読んだ。この本は帯や裏表紙の解説では「知的雑談」…

垂直居士
2か月前
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読書すればそれなりに脳が刺激されて書きたいことは増えるのに、どうもまとめきることができず、記事を途中まで書くのに気に入らなくて放り出してしまうことが多い。以前からそういう傾向があるが、このところ特にそんな感じで頭の中が混濁して整理されない。落ち着くためにとりあえず椅子を新調した。

垂直居士
2か月前
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勝本清一郎の森鷗外論

 近代文学者について少しずつ掘り下げていきたいと思っていて、森鷗外はその対象の一人である。評論家・文学史家の勝本清一郎に『近代文学ノート』という著作があって、そ…

垂直居士
2か月前
57

免許更新と母親

 誕生日や記念日などの特別な日はなるべく一人で静かに過ごすようにしている。というより、普通の日と同じように過ごしていれば自然とそうなるだけなのだが。  誕生日、…

垂直居士
2か月前
60

心を溶かして芽吹かせる

 noteをはじめて4年経ったという通知がきました。なんと4年とは!驚くばかりです。実際は記事を本格的に書き始めるまで半年ほどブランクがあったので、実質的に続いたのは…

垂直居士
3か月前
60

死んだ状態をあらわす

 大江健三郎と古井由吉の対談本『文学の淵を渡る』(新潮文庫)には、文学の本質についての示唆が多く含まれている。  この本の冒頭近くで、「死んで在る」という状態を…

垂直居士
3か月前
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垂直に生き、論理で乗り越えよ。

垂直に生き、論理で乗り越えよ。

 一人の学徒として、学問に向き合う態度はいかにあるべきか。

 人それぞれの考え方はあるとしても、自分にとって、学問とは常に生き方の問題であり、自己確認であり、自らの来し方を反芻自問することに他ならない。すなわち、ここにこうして奇妙な回想の類や自己批判の駄文を連ねることも、これまでの経験を振り返り、自分の立ち位置を確認し、吟味して批判するという、ひとつの学問的修練につながるものだと考えている。馬鹿

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帝都ヲ暗黒化セヨ(五・一五事件異譚)

帝都ヲ暗黒化セヨ(五・一五事件異譚)

 その頃、つまり昭和七年頃の農村の窮乏は、極めてひどいものでした。数年前から生糸は売れなくなり、二束三文になりました。米は豊作にもかかわらず外地からも入ってきてどんどん余る状態に陥り、やはり値段が大幅に下がりました。どの百姓の家族も貧窮に苦しみぬいて、娘たちは売りに出されました。
 私はその一年ほど前から橘孝三郎先生の愛郷塾で学ばせていただいていました。常日頃から清廉を私たち塾生に説いておられた橘

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永遠回帰と長い日

永遠回帰と長い日

 コロナの後遺症がなかなか消えず、貴重な連休は泡と化した。全く動けないわけでもないが、妙に倦怠感が続き、気道が狭くなっているような息苦しさを感じて、気持ちはずっと病臥状態に留まっている。職場ではコロナその他の感染症が猛威を振るい、同じフロアの八割くらいの職員がコロナに感染し、それ以外の職員も喉や気道に違和感を覚えて体調を崩すという、学級閉鎖状態になっていた。私は4月の半ばに罹患し、それ以降ペースが

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中島敦『わが西遊記』

中島敦『わが西遊記』

 本日は中島敦の生誕日であり、過去にもこのnoteでも関連記事を投稿してきた。最近Twitter/Xで紹介した古書・中島敦『わが西遊記』に対して少々反響をいただいたので、こちらであらためて紹介してみたい。

 本書は京北書房から、戦後の1947(昭和22)年9月に刊行された。もちろん中島敦の死後の出版である。『わが西遊記』というのは、「悟浄出世」・「悟浄歎異―沙門悟浄の手記―」をまとめて称したもの

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漱石『彼岸過迄』の散歩道

漱石『彼岸過迄』の散歩道

 春になると散歩したくなるのが人情で、古今の散歩本でも小脇に抱えながら、ぶらりぶらりと行く当てもなく彷徨いたくなる…などと考えながら、先日古書店で安価で購入した文庫本の武田泰淳『目まいのする散歩』とルソーの『孤独な散歩者の夢想』をぱらぱらとめくってみたりしている。

 武田泰淳は『目まいのする散歩』に収録された「笑い男の散歩」という小文で、「漱石はノイローゼにおちいり、いつも自分が国家の秘密の国家

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周回遅れの男

周回遅れの男

 コロナに罹患した。今さら、である。私の人生ではいつもこんなふうに、何かを踏み出そうとしたときに出鼻をくじくような感じで、少し流行から外れたようなものが一周遅れてやってくるようだ。思えばこの4月の初めはたくさんの新しい出来事に遭遇し、さらに仕事においても予想外の事態があって多忙が続いたため、心身に負荷がかかったと思われる。

 コロナ罹患者の症状の辛さについては様々な人々によって記録されているとお

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私も参加している文芸同人誌『夢幻』創刊号、販売開始しました。よろしければ商品ページのサンプル画像だけでも楽しんでください。よろしくお願いいたします。

https://reve8realite.official.ec

社会の発展と呼ばれるものは、プリミティブな問題ないし状況が整理されて、制度の名のもとに次々と包み隠されていくことではないのか。

四月に新しい風

四月に新しい風

 この四月から、人生においていくつかの新しいことが始まります。私にとってはそれらが全て「書く」ことに関連していると思っているので、noteでの記事にしておこうと思いました。

 まず、大学院に通うことになりました。
 私の記事には、ぐちぐちと研究や学術活動への未練めいたことを書き散らすものがしばしばあったのですが、そう書きながらもアカデミズムの世界で研究するなんて全然向いてないと思っていました。こ

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夢のまにまに

夢のまにまに

 あまり熟睡していないのか、最近は以前よりもしばしば夢を見るようになった。ある日の夢はこんなだった。

 自分は船団のような集まりの指揮を取る、どうやら艦長的な立場にあるらしかった。何か大きな意志に反して、全ての船を撤収させなければならないという苦悩に直面しているようで、前艦長らしいベテランや副官らしい女性に、本当に撤収していいのかということを何度も確認された。その理由も状況も具体的でないのだが、

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詩と情熱によって世界を捉える

詩と情熱によって世界を捉える

 以前からことあるごとに目にして気になっていた数学者・岡潔と批評家・小林秀雄の対談本『人間の建設』(新潮文庫)を読んだ。この本は帯や裏表紙の解説では「知的雑談」とうたわれているが、両人からほとばしって縦横無尽に披露されている知識や教養は味付けにすぎない。本書でほぼ一貫して語られているのは、人間における情感の優位ということであるように思われた。その流れの中で、詩をめぐっての考え方がしばしば出て来る。

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読書すればそれなりに脳が刺激されて書きたいことは増えるのに、どうもまとめきることができず、記事を途中まで書くのに気に入らなくて放り出してしまうことが多い。以前からそういう傾向があるが、このところ特にそんな感じで頭の中が混濁して整理されない。落ち着くためにとりあえず椅子を新調した。

勝本清一郎の森鷗外論

勝本清一郎の森鷗外論

 近代文学者について少しずつ掘り下げていきたいと思っていて、森鷗外はその対象の一人である。評論家・文学史家の勝本清一郎に『近代文学ノート』という著作があって、その第3巻に収められている一連の森鷗外論を興味深く読んでいたが、とりあえず以下に要点をメモしておくことにした。

「世界観芸術の屈折」
 日本音楽は、鳥の声や渓流や雲や霧の世界に悟り切っていき、西洋音楽にみえる「人間臭さ」がみられない。勝本は

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免許更新と母親

免許更新と母親

 誕生日や記念日などの特別な日はなるべく一人で静かに過ごすようにしている。というより、普通の日と同じように過ごしていれば自然とそうなるだけなのだが。

 誕生日、どうせ暇なので免許更新の予定を入れておいた。思い返せば過去何度かの更新も全て誕生日の当日に行くのが常だった。ペーパードライバー暦20年以上の私は、もちろん無事故無違反のゴールド免許である。18の歳に地元で取得したはいいが、そこから一体何度

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心を溶かして芽吹かせる

心を溶かして芽吹かせる

 noteをはじめて4年経ったという通知がきました。なんと4年とは!驚くばかりです。実際は記事を本格的に書き始めるまで半年ほどブランクがあったので、実質的に続いたのは3年半程度ということになりますが、それでもよく続いたものです。自分は根っからの怠け者でケジメもなく、努力や勉強が好きではないと思っているのですが、実はコツコツ積み重ねることが唯一の取り柄なのかもしれません。ただ、物事をほとんど達成した

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死んだ状態をあらわす

死んだ状態をあらわす

 大江健三郎と古井由吉の対談本『文学の淵を渡る』(新潮文庫)には、文学の本質についての示唆が多く含まれている。

 この本の冒頭近くで、「死んで在る」という状態をどのように描くかという問題がとりあげられており、大江健三郎は次のように述べている。

 大江健三郎のデビュー作である『死者の奢り』において、主人公の一人語りという形態をとりつつも、脱走兵の死体に語らせるという発想には、死んでいる状態の人間

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