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変化において心がけていること - Part3 - 土台を整えておく

前回までの2回、わたしが変化において心がけていることについて書いてきました。今日は第3回、シリーズ最終回です。まずここまで2回の復習を。

Part1〜3のうち、1つめは、いつも何か新しいことをすることでした。

そして2つめは、スペースをつくることでした。

土台を整えておく

そして今日3つめとして挙げようと思うのは、土台を整えておくことです。



実際に変化の波がやってきた時には、その波を乗りこなすだけの体力が必要です。その体力を自身に備えておくということ。

来る波を受け入れる - 大きい波、小さい波 -

ヨガを始めてからの自分は外からやってくる変化に対して以前よりも柔軟に来る波を受け入れようという姿勢になりました。
以前は変化がやってきそうな時は「来ないでくれたらいいのに。」
そして、いざ来たら「いやだ、変わりたくないのに。」
そんな風に思ってしがみつこうとしていました。

でも今は「この波はわたしをどこに運んでいくのかな」と好奇心をもって波に乗ろうとしている自分を感じます。

この気持ちの変化は、人生に対する捉え方が変わったせいもあるし、- Part1 - いつも何か新しいことをすると、- Part2 - スペースをつくっておくの実践によるところも大きい。

ただ、波に乗ってみようと思ったところで、そうは言ってもいろんな波がある。やさしい波なら容易に乗りこなせるかもしれないけど、大きい波はたとえ前向きに取り組んでもタフです。大きい波を乗りこなすにはそれなりの力が必要だと思うのです。その力としては、いわゆる「身体」的な体力も必要だし、「精神」的な体力も必要かなと思っています。

身体的土台 

「身体」と「自分」の関係をわたしはよく車のボディと運転手の関係に例えます。
今回の文脈でいえば、いくら運転手である「自分」がその目的地に進もうという意思を持っていても、車体である「身体」にそこにたどり着けるだけのキャパシティがないと大変な時がある、ということです。
この意味で、やはりヨガを通して日常的に身体を動かしていることは土台を整えておくことに貢献しているんだなと思うのです。

精神的土台

そして目的地に向かう途中で様々な判断を迫られることも出てきます。その時に状況に流されずに目的地へ向かうための選択をすることは必ずしも楽な道ではないこともあります。その意味では「身体」的な体力だけでなく、「精神」的な体力も必要です。

場面でいえば、特に自分だけでなく周りの人が絡む判断になる時が苦しくなることが多いかもしれません。
周囲の圧力を受けた時。または周りに反対されそうだから、周りを傷つけてしまいそうだから、周りのヘルプが得られないから、自分の意思を後回しにしようとする時。
そんな時に精神的なタフネスが必要とされるように思います。

そんな精神的土台はどこから来るのか。
ここを紐解いていこうと思ったらまたすごく長くなりそうですが・・・
シンプルにいうとありのままの自分を受け入れていくということなのかな。

やりたいこと。やりたくないこと。
できていること。できていないこと。
今、自分が体感している感情。
認めやすいもの・認めづらいものあれど、それらの一つ一つ、自分の中にあるものを少しずつでもあるがままに受け入れていくことにより、少しずつ形成されていくものなのかもしれません。

子どもを見ているとこういった精神的な葛藤はよく見えます。でも大人になるにつれて認めづらいことを隠すのがうまくなったり、認めるのが辛すぎるあまりに自分でも意識しないうちになかったことにしているということが起こります。そうなってくると、そこを認められるまでに浮かび上がらせるのは結構大変です。でもそここそが精神的なウィークポイントかもしれません。

わたしもまだまだあると思います。きっとこれは生きている限り終わりがなくてずっと続いていく作業なのかなと思っています。
浮かび上がらせていくのにトリガーの役目を果たしてくれそうなツールは様々にあるし、リラクゼーションがこれを助けてくれると思います。

ここまで3回にわたり、長文を読んでくださりありがとうございました。

実はわたし自身は占星術でみてもらった際に「変化が苦手なタイプ」と言われたことがあります。でもそれと同時に「急激な変化が起こりやすい人生」とも言われました。
振り返れば急激に環境が変わるような経験を幾度かしてきていて、大きめのダメージを受けたこともあります。
でもここ数年、変化を前向きに捉えられるようになったのはこんなことのおかげかも?ということを整理してみました。
少しでも何かしらのヒントになればうれしいです。

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