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響けユーフォニアム「川島緑輝ちゃんは男の娘!」説を盛大に外した話

*京都の伝統工芸『響け!ユーフォニアム』

府立高校の吹奏楽部がコンクールでの金賞をめざして奮闘する部活青春ストーリーの人気シリーズ『響け!ユーフォニアム』の最新アニメが、この2024年4月から始まりました。

2015年のアニメ第1期以降、若者がひたむきに音楽に打ち込む中で繰り広げられるさまざまな人間関係と、そこで行き交う生々しい感情のリアリティが話題を呼び、アニメ第2期~各種の劇場版がつくられてきましたが、今般はそれらの続編としての満を持してのアニメ第3期となります。
原作小説の作者・武田綾乃氏の瑞々しくも斬新な感性は、物心づいたときにはすでに『セーラームーン』などの洗礼を受けていたと推察できる「1992年生まれの女性」というプロフィールのなせる技なのでしょうか。そんな武田氏の絶妙な才覚が発露した原作のポテンシャルを、アニメ制作を担う京都アニメーションが120%引き出して描き出した高クォリティの映像作品は、そこに挿まれる音楽ともあいまって、まさに京都の伝統工芸と呼んでもよいくらいの逸品です。

 →『響け!ユーフォニアム』アニメ公式サイト
 https://anime-eupho.com/
 → 原作小説『響け!ユーフォニアム』宝島社特設サイト
 https://tkj.jp/info/euphonium/

そのあたりが広く評価され、今では人気もうなぎのぼり。
だからなのかは定かではないものの、アニメ第1期などは深夜にKBS京都で細々と放送されているだけだったのが、今般のアニメ第3期はなんとNHK教育テレビでの全国放送!

というわけなので、今期はゼヒ、みなさま日曜夕方にはNHKにチャンネルを合わせてみてください
(もちろん各種ネット配信もあります)。



*理由が重なった速攻どハマりin2015年

思えば2015年の4月を前に新作アニメ情報をチェックする中で、なんとなくオモシロそう、なるほど部活青春モノかぁ、高校1年生主人公ってイイよね~、ところで「ユーフォニアム」って何?? みたいな感じで、とりあえず視聴候補に入れた本作アニメ第1期ですが、放送が始まるや否や、予想以上に引き込まれてしまいました。
原作小説も購入することとなり、第1巻は速攻で読了。
5月の連休には、我が娘・満咲を連れて、作品舞台である京都府宇治市まで「聖地巡礼」に出かけたりもしました。

なかなかガッツリな、どハマりっぷりです。
ここまで作品に魅了される度合いが高いのは稀有でもあるでしょう。

今にして思うと、そうなる理由は、いくつかが重なっていました。

①基本的に高クォリティ
上述のとおり優れた原作が、その魅力を存分に引き出したアニメ作品になっている

②特に「高校1年生」モノには個人的に弱い
若者がひたむきに何かに取り組む青春群像というのは、大人の心をも魅了して止まないものだが、やはりワタシは自身の高校時代との兼ね合いもあり、特に主人公の高校1年生としての物語には特に強く惹かれるというところがある

③当時ちょうど我が娘・満咲も高校1年生
2015年4月は、ちょうどワタシの娘(←便宜上わかりやすさを優先して予てよりこう言い切っています)がリアルに高校1年生になったタイミングであり、②がひときわ強まることにもなっていた

④2015年は自作小説主人公たちも高校1年生
以前にワタシが執筆した自作小説である『1999年の子どもたち』の主人公たちもまた2015年度の高校1年生であり、作中には我が娘・満咲をモデルにしたキャラクター[佐倉満咲]も登場(というか現実の娘が高校1年生になるタイミングに合わせたので舞台が2015年)。③と連関して、②がさらに強化

⑤しかも自作小説とは舞台が微カブり!
『響け!ユーフォニアム』の舞台は前述のように京都府宇治市。一方④の『1999年の子どもたち』の舞台として登場する「東山城市」というのは宇治市の隣の京都府城陽市がモデル。結果として共通する場所が登場するなど、これまたいろいろ連関し、感情移入のツボが質的にも量的にも増大した

なるほど。
ハマる要因の「きせきのハーモニー」ですナ;

そんなこんなで、アニメ第1期当時や、続編となるアニメ第2期がオンエアとなった2016年時点には、あれやこれやをいろいろと書き残すことともなっていました。

 → 響けユーフォニアムがエースをねらえよりむしろプリキュアに似てる件!?
 [佐倉智美のジェンダーあるある研究ノート]
 https://stream-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2015-07-09_eupho2015-eA

 → ユーフォニアムが響く宇治へ日帰り「聖地巡礼」
 [今日も明日も花ざかり(佐倉智美「お知らせブログ」)]
 https://est-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2015-06-08_UJI-eupho

 → 秋のお知らせブログ編『響け!ユーフォニアム』を隣の城陽市から検証する
 [今日も明日も花ざかり(佐倉智美「お知らせブログ」)]
 https://est-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2015-10-13_real2015autumn

 → 『響け!ユーフォニアム2』舞台を対岸の京田辺市から訪問する
 [今日も明日も花ざかり(佐倉智美「お知らせブログ」)]
 https://est-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2016-11-03_UJIeup2

 → 冬のツッコミブログ編『響け!ユ…2』舞台を対岸の京田辺市から訪問する
 [佐倉智美のジェンダーあるある研究ノート]
 https://stream-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2016-12-03_UJIeup2


*真骨頂は「好きの多様性」

ただ、ワタシが最も『響け!ユーフォニアム』シリーズに対して唸った点が何かというと、そこに描き出された【好きの多様性】だったりします。

というか「好きの多様性」という概念を錬成できたのが『響け!ユーフォニアム』のおかげだったと言うべきでしょう。

それぞれ「気になる異性」もいる一方で強力な引力で結ばれる主人公・黄前久美子と高坂麗奈。
鎧塚みぞれと傘木希美の拗れまくった赤い糸や、そんな鎧塚みぞれ気にかける吉川優子を軸とした中川夏紀らとの南中学出身者の絶妙な塩梅の四角関係。
その吉川優子が崇拝に近い憧れを抱く中世古香織はと言えば、田中あすかへと向けている
並々ならない巨大な感情。
そして田中あすかとは、これまた主人公・黄前久美子の間に生ずる魂の熱き交流……。

じつに、さまざまな「好き」の感情が多面的・重層的に飛び交う人物相関図なわけです。

当然に、それらは「異性」「同性」「恋愛」「友情」といった切り分けは不可能。
むしろ、個別の「好き」が各々独自のものであり、単純な解釈コードで2種類に仕分けたりはできないことを実証しているのが、この『響け!ユーフォニアム』シリーズの人物相関図だと言うこともできましょう。

異性愛か同性愛かという軸線だけでは男女二元論を超克できないし、異性愛主義の(同性愛排除をA面と見たときの)B面である「男女ならば恋愛でなければならない」規範が持つ問題点にも斬り込めない。
もっと関係性の数だけ個別の「好き」の様態もあるという方向に持っていけないか……。
そんなふうに、当時ちょうど「性的指向」をめぐって考察を進めていたワタシにとって、この『響け!ユーフォニアム』シリーズの人物相関図との出会いは僥倖でした。
しかして、ここから【好きの多様性】についての思考も、まとめ上げられることとなるのでした。

なのでいちおう、以前にも一度このあたりについて整理したことはあります
(この記事中ではまだ「好きの多様性」というワードを使うには至っていませんが)。

 → 愛をとりもどせ! ユーリとユーフォと百合とBL
 [佐倉智美のジェンダーあるある研究ノート]
 https://stream-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2017-01-09_ReGravity


あと、そんな経緯なので、拙著『性別解体新書』でも、「好きの多様性」について論じる箇所では、ガッツリと『響け!ユーフォニアム』に言及しています。
結果、『性別解体新書』の参考文献リスト中、小説も含めると、同一著者でいちばん挙がっている冊数が多いのが[武田綾乃]!
社会的相互行為論などを用いて「[心の性別]を解体」する際に用いた E.Goffman の著書群をおさえてまさかのトップでのランクインですw

いやはや、こうなるともはや佐倉智美センセイ、『響け!ユーフォニアム』に足を向けて寝られないですねノ


*「川島緑輝は男の娘ではないのか!?」

で、そんな『響け!ユーフォニアム』ですが、そもそも最初にワタシが原作小説まで早々に購入するきっかけとなったのには、これまた別の事由がありました。

それが
「川島緑輝は男の娘ではないのか!?」
 …という疑義。

川島緑輝とは、主要登場人物の1人で、作中では演奏技能も高く人格的にも安定したキャラとして配置され、他方キャラクターデザインの面ではカワイイ系の萌え担当とも言える、独特の魅力を持った存在です。

そして、そんな川島緑輝チャンに対して、最初の数話のうちにワタシはピンときてしまったのです。
この子、もしかして、男の娘なのでは!?

根拠はありました。

あえてあざとカワイく調製されたキャラデザや、各種の言動のそこはかとないエキセントリックさは、何らかのワケアリ設定を仄めかす演出だと解釈できます。

出身中学は中高一貫の女子校で、なのになぜか内部進学せずに男女共学の公立高校に入学してきたのには、よんどころない事情の推測も禁じえません。

なにより漢字で「緑輝」と書く名前の読みが、なんと「サファイア」だという設定!
もちろん「サファイア」といえば、かの『リボンの騎士』のあのキャラの名前でもあります。名前を揃えることで、川島緑輝チャンにもあちらと同様にトランスジェンダルな要素が入ってますよ~というメッセージが示唆されている可能性も相当に高いでしょう。

実際、2010年代半ばごろというのは、現実世界での「LGBT」の理解が相応に進展してきたのと呼応して、アニメに登場する性的少数者属性を持ったキャラの描写メソッドも著しく洗練されてきている時期でした。
『響け!ユーフォニアム』が始まる前年である2014年の秋には、かの『プリパラ』におけるレオナ・ウェストというエポックメイキングな事例も登場しています。
その意味でも、ここで『響け!ユーフォニアム』のようなリアリティレベルの作品にも、現実のトランスジェンダーの位相を的確に反映した存在を描き出すことは、ぜんぜんアリですし、意義も非常に大きい。
まさに「川島緑輝ちゃんは男の娘!」であることは、世界が期待する設定であると言えるではありませんか!!

まぁそのあたりは、アニメ第1期当時の2015年にも、ひととおりは書いてあります。

 → 『響け!ユーフォニアム』を隣の城陽市から検証する
 [佐倉智美のジェンダーあるある研究ノート]
 https://stream-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2015-06-09_eupho2015s


しこうして、「川島緑輝ちゃんは男の娘」説の真相を探るために、取材班は南米の奥地へと飛んだ………もといワタシは所用での立ち寄り先にあった阪急高槻市駅のエキナカ施設の書店で、記念すべき原作小説初巻『響け!ユーフォニアム――北宇治高校吹奏楽部へようこそ』を購入したのでした。


*「川島緑輝ちゃんは男の娘!」説は外れたけれど

そんなこんなで読み始めた原作第1巻。
前述のとおり読み進めるうちにどんどん惹き込まれて、その作品世界にすっかり魅了され、所期の目的は半ばどこかへ行ってしまったのですが、つまるところ「川島緑輝ちゃんは男の娘」説については、決定的に明示的な記述は出てこず、逆に「そうではない」と判断するほうが穏当だと確認される結果となりました。

……個人的には、すごく惜しい!

むろんソレで『響け!ユーフォニアム』のスバラシさが覆るわけではないですし、「好きの多様性」の観点からは男女二元的な性別観をベースにした異性愛至上主義を相対化する効果も絶大な作品であることは揺らぎません。
むしろ「好きの多様性」をベースに人物相関図を設計したほうがウケる! というわかりやすい実績を示したことは、他作品にも影響を及ぼし、今日のアニメ作品群をより良きものにしている、そういう功績がはかりしれないと言うこともできるでしょう。

そしてそんな蓄積の果ての現在、いろいろなアニメ等の中での性的少数者キャラの描写は、着実に進化が続いています。

昨年度・2023年の戦隊『キングオージャー』での「性別不詳」描写なども、そのひとつの到達点だったと言えるでしょう。

 → 性別なんてどうでもいいキングオージャー
 [佐倉ジェンダー研究所web令和本館]
 https://note.com/tomorine3908_nt/n/n05170c92e674

逆に言えば、この川島緑輝チャンの事例のように男の娘説を外すことが起きるくらいに、そうである事例も一般的になった。
とにもかくにも、もはや時代は「LGBTはもうあたりまえ」なのです
(こちらあたりからもリンクを辿っていただければ…)。

 → 2013年セクマイ描写のターニングポイント
 [佐倉智美のジェンダーあるある研究ノート]
 https://stream-tomorine3908.blog.ss-blog.jp/2023-07-14_turning2013


そんな世界線の延長上にいる2024年のわたしたちは、フィクションで描かれる予示的政治たる先進的モデルケースと現実世界に未だ残る旧時代の残滓としての厳しい実情を見比べながら、明日のよりよい多様なセクシュアリティがフツーな世の中を着実に進めていきたいところですね。

*余談・原作既読でもアニメは楽しめる!

で、まあそんな事情で『響け!ユーフォニアム』原作小説のシリーズ初巻を一気に読み終えたワタシは、間髪を入れずに2巻目、3巻目にも手を出し、以後、順次刊行されたすべての原作小説を読破するに至っている次第でした。

なので、現在放映中のアニメ第3期も、いちおう先の展開はすでに知っている状態だということになります。

人によっては原作を読むことでアニメのネタバレをくらうのが嫌ということもあるかもしれません。
「読んでから観るか、観てから読むか」は、たしかに悩ましい選択であることがままあるでしょう。

しかし少なくとも『響け!ユーフォニアム』に関しては、原作ネタバレ状態でアニメを観ても、まったくモンダイないというのが経験に基づく実感です。
というより、原作既読でアニメ視聴に望むことで、アニメ版に対する解像度が120%くらいに上がります。
これは絶対におトクではありませんか!!

なのでアニメで『響け!ユーフォニアム』にちょっとでも惹かれたという人は、ぜひとも原作小説も読みましょう、今っすぐに!!

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