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きっといつか、「なんて美しい時間だったんだろう」と思い出す日が来る。

いつか私は、ワンピースを着てサンダルを履いて、遠い海の南の島から、日本に原稿を送る暮らしをするのだ。と思っていた。

その原稿の送り方は、茶色い封筒に分厚い原稿用紙をトントン、と揃えてきれいに入れる、みたいなイメージだったから、私はかなり前からこのスタイルを頭の中で描いてきたのだと思う。

夢だろうな、と思っていた。でも夢で終わらせたくなかった。一週間海沿いのアパルトマンで過ごしてみて、そういえばハンモックがなかっただけで、ここでの暮らしはまさに私が描いていたイメージ通りのものじゃないか、と気が付く。

夢は、いつだって後からついてくる。さなかにいるときは、あんまりよく描けない。

***

原稿を書き疲れたな、と思って窓を開けて、ベランダに出る。海から吹く風って、なんでこんなに気持ちがいいんだろう。裸足で歩くと、昨日展望台の岩場で作った傷が痛む。まぁいいよ、昨日の景色がほんとにあったことだって証拠よ、と強がって、なぜか「これは夢じゃないのよね?」とほっぺたをつねる謎の行動のように思う。

ふと下から、ニャー ニャー と、お腹を空かせたような猫の声がする。ベランダから身を乗り出して周囲を見渡してみるけど、姿は見えない。

とにかく今日の私は、ずっと部屋で画面を見ていた。少し休もう、と思ってベランダに出た。であれば階段を降りて地上に出ても同じだ。猫がいるかな、と思って部屋を出て、いくつかの階段を下る。

世界を旅していると、人肌恋しくなるときがたしかにあると、私は思う。悲しいかな私はそれを、時折猫で癒しちゃったりなんかして。

そしてそれを猫も察知するのか、時たま私の姿を見ただけで、ニャー と寄ってきてくれる。

今日も、そのパターンだった。猫、飼ったことないんだけど、この旅でものすごく好きになってしまった。アメトーークでチュートリアルの徳井さんが猫の可愛さを熱弁してたのを観たことがある。今なら気持ちがちょっと分かる。

ダリアが咲く花壇の端に腰をおろす。ニャー とまた猫が寄ってくる。ふと見ると、2匹3匹、子猫のような、大人のような、その中間のようなサイズのネコが複数いることに気が付いた。このアパルトマンの猫なのかな。今は誰もいないから、確認するすべがない。

メインロードから3分ほど坂を下って、海にたどり着くちょうど手前に建つ私のアパルトマン。海沿いには他にもいくつかのアパルトマンが建っている。正確には、徒歩1分圏内にもう2軒。そのほかはもう少し遠くに見える。

ほとんど同敷地内と言っていい建物から、金色の髪の、小さな女の子が出てきた。そして私を見ている。いや違う。正確には私の膝の上にいる猫を見ているのだ。じーっと。

「So sweet...」と彼女は言った。名前をエマと言い、ハンガリーからやってきて、このソリナの街には2週間ほど滞在していることは、後で知った。

猫が好きなのね、と言ったら、「I love cats...」とつぶやく。なんてかわいいの、と思ってそう言ったら、恥ずかしそうにうつむいて、パッと顔を上げて笑って、得意そうに側転を披露してくれた。なんて率直な感情表現をさるのだろう。私がそれをやったら結構やばいな、と26歳開いた年の差を思う。彼女は4歳だった。

ニャー と猫は泣き続けていた。お腹空いてるんだな、と思って、猫とエマにちょっと待っててね、と伝えてまた数段の階段をのぼる。クロアチアの猫に、果たして英語は通じるのだろうか。

ドゥブロヴニクの街で買ったパンを数枚手にして戻る。パンの姿を見つけた瞬間から、猫とエマの瞳が光った。エマも反応するの、と笑いそうになったけれど、彼女は猫が好きだけれど触れるのはまだ怖いと言っていたから、餌をあげながら少し触れたいのだな、と予想した。

時間は、夜の19時半だった。空はまだ明るい。もうすぐ日暮れの気配がし始める頃だった。

クロアチアの海岸線沿いで、ダリアとブーゲンビリアを見ながら、ハンガリーの女の子と猫と戯れる。あんたの人生そんなに暇なの、と言いたくなるような情景だった。


海の方に、アンカの姿が見えた。アンカは、このアパルトマンのママだった。そういえば私はまだ延泊分のお金を支払っていない。これまでほぼすべての宿泊代はネットを通してクレジットカードで決済してきたから、数日前に延泊を申し出た時、その分の現金を私は持ち合わせていなかったのだ。

アンカに、そういえばお金を支払わなきゃ、と伝える。そう、それはいつでもいいのだけれど、トモミは明日何時にここを出るの? と聞かれる。16:30にドゥブロヴニクの港を出る船に乗りたい、私は言う。チェックアウトは10:00よね、と確認する。でも明日は余裕があるから、12:00くらいまでは部屋にいていいよ、と言われる。

そんなたわいもなさすぎる会話や、アンカに教えてもらって少しずつ覚えたクロアチア語、代わりに教える日本語を交わしながら、猫を追いかけるエマを見ていた。

坂の上から一台の車がこちらへ向かってきていた。1週間ここで過ごしてきたから、だんだん慣れてきた。きっと道に迷ったんだ。

案の定、●▲■というアパルトマンへ行きたいのだけれど、と男性3人が私たちに話しかける。当然だけど私は知らない。アンカが応対し、途中からクロアチア語に切り替わる。ひとり、クロアチア語の話せるひとが乗っていたようだ。

クロアチアのことばの響きが、私はとても好きだ。今まで聞いた、どの言語よりも好きだった。「ドブロ ユトロ」「フワラ」「ラクノチ」。カタカナでは伝えきれない巻き舌の発音と、波と風と空の青が、すごくよく似合っている。景色にとても馴染むことばだと、着いたときからずっと思っていた。

車がUターンして坂を上っていく。エマが、両親に呼ばれて夕食を食べに部屋に戻っていく。アンカとひとしきり話をして、彼女も家族との夕食の時間のために部屋に戻るわ、Have a good night.と言われる。

私に懐いた猫の名前は、聞いたのだけれど覚えられなかった。三毛猫だから、というような色の特徴を指した名前だったと思うのだけれど、私にはもう分からない。

アンカの飼っている猫ではないと言っていた。でも、この地域一帯のみんなで育てているみたいなものよ、だから名前もあるの。とアンカは言っていた。

猫と、もう少しだけ戯れる。パンやミルク、パスタを作って残ったハムをあげたら、すっかり餌をくれるひとと認識されたらしく、歩くとついてきてくれるようになった。

部屋を出た時にはまだ明るかった空が、だんだんとオレンジ味を帯びてきて、ピンクになったり、紫になりそうだったり、天然のグラデーションを今日も作り始めた。

そろそろ部屋に戻ろうかな、と思う。階段を上がると、猫がついてきた。部屋まで来る? と日本語で話しかける。やばい、声が出ちゃった。一人旅もそろそろ末期だ。

結局、猫はしばらく私の部屋の扉の前で、出たり入ったり、私を待ったりを続けていた。いっそこのまま一緒に寝ようよ、と思うくらい可愛かった。次の日からは、朝はニャー と部屋の外で鳴き、ミルクをあげると私の部屋のソファで寝るようになった。

遠くから、エマが私に手を振っている。アンカの娘たちが、やっぱり側転をしている。子供の頃って、なんであんなに側転が楽しいんだろう。私も弟と、よくやっていたなという記憶がよみがえる。そういえばロンドンのテムズ川沿いでも、晴れた日に子どもたちが芝生の上で側転の練習をしていた。

3階に泊まる夫婦が、観光を終えて部屋に戻ってきた。小さなアパルトマンを選ぶひとたちは、みんなどこかまとう時間がゆっくりなように、思える。私を見かけて少し話して、またみんな部屋に戻っていく。

なんてことない、本当になんてことない50分、60分だったと思う。

信じられないくらいきれいな風景の中、なんてことない暮らしが今日も世界中、いたるところで営まれてる。

きっといつか、私はこの日を思い出して、なんて美しい時間だったんだろうと思うのだ。

いつか南の島から原稿を送るのだ、と描いていたことを思い出し、あぁこれがそうだったのか、と終わってから気が付くのと同じように。

いつだって夢のさなかには自覚がない。「私は美しさの中に本質があると思う」と、今書いている原稿の主人公、福岡の糸島で暮らす畠山千春さんが言っていた。


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