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いつもより素敵に見えた、14カ国目の空【フィンランド・ヘルシンキ】

いろんな世界の空を見て思うのだけれど、1日中晴れ渡っていた日の夕暮れよりも、少し雨が降って止んだくらいの日の方が、オレンジ色がきれいに見えるのはなぜだろう?

空には雲が残って、少し濡れたような青の色をしていて、傾いた陽の光がオレンジやピンクのグラデーションを作って、なんだかどこかダイナミックな色の変化をする気がする。今まで見た中で一番美しかった夕暮れは、そういえば雨季のサイパンで見たそれだった。

あの日もたしか日中は雨が降っていて、さぁこれから日が暮れる、と思った頃に急に空が晴れてきて、ピンクなんだかオレンジなんだか、もう神々しいんだか何なんだかで目眩がするくらい、動けなくなるくらい。本当にきれいだったのを、覚えている。たしかあれは、24歳の頃の私だった。

今日、フィンランドに到着した最初の日の夕暮れも、やっぱり雨上がりのきれいなそれだった。

私は18時過ぎにヘルシンキ空港に到着して(スウェーデンのストックホルムからはものの40分だった、値段は7000円ほど)、19時半にはヘルシンキ生まれ、ヘルシンキ育ちだというアテッネという女の子のフラットに着いていた。

20時前に着く、と言っていたのに、19時半に私がピンポン、と呼び鈴を鳴らしたものだから、19:29に家に帰ってきたというアテッネは扉を開けながらとても驚いていた。

でも、驚いたのは私の方だった。

なんて素敵なフラットなの。

と思ったから、自然と口からその感想が漏れていた。「ありがとう。私のこの家が気に入っているの」とアテッネは言う。

私はこの家で、これから9日間を過ごす予定だった。ステイメイトは私のほかにあと2人。留学生で、家を探している最中のチャイニーズのチャンがこの部屋に一人、奥の部屋には今夜、これからジャーマニーの女の子が来る予定よ。あとはトモミと私だから、このフラットは今週はガールズ・フラットね、とまたアテッネが笑う。ふくよかな体が魅力的な、笑顔の素敵な学生さんだった。

ちなみに私が寝るベッドは、さっきまで5年間旅をしているというひとが寝ていたということだった。「トモミが8ヶ月間旅をしていると知っていたら、そのひとを何としてでもあなたが来るまでに引き止めておいたのに。だって、おもしろいじゃない。長期間の旅人の運命的な出会い@ヘルシンキなんて」とアテッネはまた笑う。

***

きれいな夕暮れを背景に、ドイツから今日やってきたというティーナはパソコンに向かっていた。「日本のことが好きよ。京都に5日間だけ行ったことがある。あなたは、私よりずっと年下に見えるわね。なんで日本人って、みんな若く見えるのかしら」と溜息をついた彼女は、言い返してやりたいくらい私なんかよりもずっと若く見えた。そして、実際にとても若くて、26歳ということだった。

家の中には、私たち2人。アテッネもチャンも、今は出かけていていなかった。キッチンでお湯を沸かしながら、「ねぇティーナもこれを飲む?」とミントティーのパックを指差しながら言ったら、「えぇもらうわ。でも私も紅茶を持ってるの。交換しない?」と笑って言った。

そのあと私たちは、お互いのパソコンをテーブルの上に持ちだして、ティーナはミントティーを、私はティーナにもらったアップルティーを飲みながら、4人掛けのテーブルに向かい合う形で、黙ってカチカチとキーボードを叩いていた。

ドイツには行ったことがなかった。チェコとデンマークの間にドイツがあるのは知っていたけど、私は北欧に少しでも長くいようと決めて、チェコから陸路でドイツを経由するルートではなくて、飛行機でひょいっとデンマークまで飛ぶルートを選んでしまった。

こんなとき、ドイツに行ったことがある、と言えたらなぁ。

「何をしているの?」と聞かれる。

すでに仕事をしながら世界を巡っていることは話していたから、具体的な仕事の方だな、と思って「クラウドファンディングって知っている? それのプロジェクトページを編集しているの」と至極真面目に事実の通りに答えてみた。

「もちろん知っているわ」と彼女は続ける。プロジェクトオーナーの友人を手伝う形で、と説明したら、彼女は画面を見た途端概要を理解して、「へぇ、書籍ライティングやウェブコンテンツ編集だけじゃなくて、こういった仕事もするのね」と言った。

きっと、何かしらの形でウェブの仕事に関わって生きているひとなのだな、と私は思う。そういえばこの滞在は、ヘルシンキ市内のリサーチと、ひとに会って話を聞くためだと言っていた。たしか、研究のためだとかなんとか……興味を惹かれた。

「ねぇ、あなたも何か書き仕事をしているの?」と聞いてみる。

「えぇ」とティーナは言う。「もしかしたら似ているかもしれないわ」と続けていく。

ティーナは、ドイツを拠点に時折海外に出かけて、ITとコミュニケーションをテーマに?(私は専門用語が聞き取れなくて、何度も「◯◯って何?」と聞き返していたら、最終的におさまったところが「この2つの掛け合わせみたいなもの……かな?」という表現だった、というだけのことだ。もう少しきちんと英語が話せるようになりたいと切に思った)

人々に話を聞いたり、なにか街を調査しながら文章を書いているフリーランスのライターということだった。旅の話も、タイ、韓国、日本、フィンランド、スウェーデン、ニュージーランド、オーストラリアとたくさんの共通言語を持っていた。すでに書き溜めたものがあるから、今年の11月までにそれをまとめて、来年には本を出そうと思っているという話だった。

私も11月までを目処にひとつ本を書いていて、と思って、でも別にそういう偶然は口に出すもんじゃないな、と感じてなんとなく言わなかった。

(私はめんどくさい女だから、こうやって飲み込んでいく言葉が日常の中でとても多い。けれど次に日本に帰ったらこういうことは極力なくしていこうと思っている。普段多く口にする無駄な言葉の代わりに、必要な言葉を世の中に音として出していきたいのだ)

「けれどフリーランスはもうそろそろ脱したくて」とティーナが言ったとき、ちょうどチャンが帰ってくる。

チャンに会うのはこのときが初めてだった。もちろんティーナも。「ハイ」と言う。「モイモイ」とティーナが親しみを込めて言う(モイモイ、はフィンランド語で「やぁ!」の意だ)。

一通り自己紹介をすませて、パソコンを抱えて席に戻る私たちを見て、チャンは「あなたたちは一緒に来たの?」と問いかける。たしかにドイツと日本という違いはあれど、同じ日にこの宿にきて、同じようにパソコンを操って、同じように明日から街に出かけて、いまテーブルに向かって文章を書いていた私たちは、たしかにそう言われるくらいには属性が似ているのだな、と思う。

「フリーランスを抜けたくって」と彼女は続けた。

「うんどうして?」と言ったあとに、私は「多分、分かる気がする」とも付け加える。

「フリーランスって、ハードだわ。自由で、楽しくて、最高で、いろんな場所に行けて、自分のためにも時間を使えて。でも、やっぱりハードだわ。1年目が一番つらかった。働く時間は、月曜日から……」

とそこで言葉が詰まったから、

「日曜日まで」。と私が続けてみた。

「そう!」とティーナが笑う。

「月曜日から日曜日まで。一人で働くのは時に辛いし、やっぱりそう、ハードよね」って少し困った顔をする。だから、フィンランドからドイツに帰ったら、すぐに会社に属す予定があると言っていた。

「私はフリーランスだった時期も少しあるけれど、今は会社に勤めていてね」と少し補足していく。この旅で、編集・ライティングの仕事をしている女性には何人か会っていた。マレーシアや、バリ、タイやクロアチア、スウェーデン。時にはドミトリーに住み着きながら、「この国では文章はお金にあまり変わらない」と嘆く人にも会っていた。けれど、同じようなスタイル(移動や旅を軸に置く)で働く女性に出会ったのは、ティーナが初めてのように思えた。

「でも、ドイツでは以前よりもフリーランスとして働きたいと思う人、そして実際に働く人が増えているのよ」とティーナは言う。「日本もそうかも、ドイツではなぜ?」と聞いたら、うーん、と少し考えて彼女は答えた。

「インターネットが発達して、世界はよりコネクトしやすくなった。人々はもっと自由に、もっと好きな場所で、好きなように生きたいと思うんだと思う」

そっか、って私は思う。

国を超えても、変わらないものってやっぱりあるんだな、って今日も思う。

私は、ティーナのことはまだ良くわからないけれど、このひとのことを好きになるような気がした。

フィンランドの、最初の夜だった。時差は、スウェーデンよりも1時間縮まって、日本との差は6時間になっていた。少し、日本に近付いた気がした。

夜になっても、まだ空は明るくて、窓の外はきれいで、なんだかまた夢のなかにいるみたいだなって、チェコの時みたいに思った。


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