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フローリストではない自分が花屋の代表になるまで。


今思うと、偶然のようで、巡り合わせでもあったような気がします。

創業者じゃないの?フローリストじゃないの?と言われることも多いので、少し想いを説明できればと思います。

BOTANIC開業まで(ファウンダーのエピソード)

BOTANICの前代表でファウンダーは、都内の某有名フローリストで修業。
その後独立して、BOTANICを立ち上げました。

彼は花業界にビジネスチャンスを見ていたことに加え、実際にフローリーストとして修行する中で、花という商材の魅力に惹かれながら、劣悪な労働環境や生産性に課題を感じていました。

そして、花の魅力を多くの方に伝えることと、小さなころ花屋を夢見ていた優秀な人材がこの業界に集まってくることを夢見て、中目黒に小さな花屋を開きました。

外観写真


BOTANICにジョインするきっかけ

筆者である当方は、新卒で入った会社の同期であったファウンダーの旧友として、そんな小さな花屋にいちお客さんとして、ほんのたまに遊びに行って花を買わせてもらう関係でした。

包み隠さず言うと、当時は花・植物に特段の関心があったわけではありません。
ただただ単純に、あまり見知らない業界への興味から、少しづつ彼の経営の相談に乗るようになりました。

彼はその時点で業界内で注目される存在でしたが、より一層、会社が成長するために、ミッションに共感し、ビジネスに明るい人材を欲していました。

僕は、経営コンサルティング会社でのビジネスを企画・実行する経験と、メーカーでの現場経験から、打ってつけの人材だったのだと思います(たぶん)。
また、アート/デザインへの理解力も、(お世辞かもしれませんが、)評価してくれていました。

BOTANICにジョインした理由

「関心がなかった」と言いましたが、僕の両親の田舎はどちらも農家をやっていて、小さな頃から帰省の毎に農作業を手伝っていました。
(祖母いわく、物心つくかつかないかの頃から、野菜収穫センスに溢れていたそうです笑)
その中で、年々増える遊休農地も目の当たりにしていましたし、営農の難しさを肌で感じていました。

ですので、農家のこせがれとして、「一次産業を良くしたい!」「何らかの形で関われないか?」という想いをずっと持ち続けていました。

花・植物をどちらかというと「一次産業」という切り口で捉え、積極的に経営の相談に乗っていたのは、今思うと自分で引き寄せていたような気もしています。

また、事業を手伝う中で、無意識に花や植物に目が行くようになりましたが、旅行やビジネスで訪問した海外の国々と比較して、「花・植物を気軽に贈る/飾るカルチャーが日本にはない」ことに気が付きました。

【海外で目にしたカルチャーの例】
・花を脇に抱えて、颯爽と歩く人々
・奥様のために、毎週金曜日に花を買う男性
・ホームパーティーの度に必ず花を買う人々
・小さな飲食店の各テーブルにある、1輪の花
・街角の自販機で売られる花束
・道端や電車の中で花を売る人
・小さな部屋にも必ずある観葉植物        etc...


一方、日本では、事業を手伝う中で、「花をプレゼントすると、(特に特別な日ではなくても、)ほぼすべての人がめちゃくちゃ喜ぶ」という、たくさんの機会を目の当たりにしました。

また、真摯に花に向き合うプロフェッショナルであるフローリストと日々接し、心を打たれることもたくさんありました。


そうしたエピソードが少しづつリンクして、
・理想と現実のギャプが激しい「レガシー産業」である花業界をよくしたい
・BOTANICという組織でこそ、最もそれが実現できる可能性が高い
と考え、当初COO副社長としてジョインしました。

※今では、現場の施工にも参加し、休日を利用しては毎週のように生産者に出向き、日々花を飾り、植物棚を買い、、この業界にどっぷりとつかっています。。


加えて、ファウンダーとは性格も花の捉え方も違っていましたが、共通していたのは、社会的に意義があることをビジネスを通して実現したい、という「根拠のない正義感」でした。

「花・植物はこんなにも素晴らしいものなのに、それが世の中に伝わっていない!」
「もっとポテンシャルがあるモノだから、誰かがそれをアップデートしないといけない!」
と、外から見るとある意味「理解不能」かもしれない純粋な社会貢献の精神で、他の全てを投げ出してBOTANICを運営しています。

代表交代の背景

僕がジョインしてから会社も順調に成長し、スタッフが20人を超えてきたタイミングで、既存の「個性ある花屋」の単純な延長では、僕たちが目指すミッションやビジョン(社会へもたらしたい影響や会社としてありたい姿)は達成できない、と考えていました。

そして、日々議論する中で、2021年6月に、より固定概念がなくビジネスに明るい当方が代表を引き継ぐことになりました。

当時、 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が社会的に影響を及ぼし、会社としても大きなインパクトがあったタイミングだったなど、理由は一つではないのですが。
会社として、オーナーフローリストから僕に代表を変更した理由は、大きくはこの点にありました。

会社としては、ある意味、「第二の創業」と捉えています。
(その後の歩みは、またどこかでご紹介させていただきます!)

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最後に

僕は、BOTANICのファウンダーでもなければ、フローリストでもありません。
でもだからこそ、できることがあると考えています。


「花き業界を生産者、フローリスト、消費者にとってより良くしていく」ために、ビジネス(特にIT)はもちろん、アート/デザインを両立し、フローリストが適正な報酬をもらいながら、クリエイティブかつ生産性高く働く。

また、フローリストのアート/デザインの力を多くの人に知っていただくために、もっとお客さまに寄り添い、海外と同じ、もしくはそれ以上の「気軽に花・植物を飾る/贈るカルチャー」を創る


それらを、固定概念やしがらみに縛られることなく達成することが、小さな頃に花屋を夢見た優秀な人材がこの業界に集まってくるファクターになると思っています。

そしてまた、フローリストではない自分がBOTANICの代表である意味だと考えています。

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