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パラレル to LOVEる・第4章〜What Mad Metaverse(発狂した多元宇宙)〜⑩

 引き続き、サムネイル画面の大群が高速で流れていくなか、またも無意識に手を伸ばして触れた画面が再生される。
 今度は、さっきよりも時間が経過して、画面の中の少年は、少し大人びた顔つきになっているように見えた。

 =========PLAY=========

 ・爆発的に蔓延した感染症の影響で、人類の半数以上が亡くなったセカイ
 ・二大強国の対立の結果、核戦争で地球上の大半の生物が死滅したセカイ
 ・温暖化が進んで、砂漠地帯と水没した地域に二分されてしまったセカイ
 
 目の前では、以前にオレが目撃し、そこから目を背けた、さまざまなが映し出されている。

 当然のように、それらのセカイに住む人々は、自分たちに降り掛かった不幸を嘆き、苦しみ、悩んでいる。

 感染症で身内を亡くして嘆き、核戦争による放射能汚染に苦しみ、砂漠と水没した地域のみとなった大地では食糧難に悩んでいる。

 俯瞰した視点から、それらは、そのセカイの人類が選択を誤った結果、生まれた現象だということが理解できた。
 
 自分自身は、人類のそんな危機的な状況から目をそらし、なるべく見ないようにしていたが、並行世界には、そんな逃げ腰のオレとは異なる行動を取ろうと考えた人間がいた。

 多くのセカイで、人類の苦境を目にしたシュヴァルツは、

「そういうものだ ……」

という諦観した感情と、

「なぜ、彼らがこのように苦しまなければならないのか……」

という各セカイの人々に同情を寄せる心で引き裂かれそうになっている。
 そう、オレの脳……いや、心にも、その時にシュヴァルツが感じていた心情が、映像作品を観賞する以上にリアリティを持って流れ込んで来ているのだ。

 ゲルブたちが、並行世界の住人の知識や経験と同期する、と言っていたことが、はじめて肌感覚で理解できた。

「こんなにも、人々が苦しんでいるのあれば、そのセカイごと……」

 そう考えた彼は、それから、並行世界の住人の苦境を救う活動に身を投じ、『ラディカル』という組織のリーダーに上り詰めた。

 セカイ統合による多元世界の救済――――――

 それが、彼と『ラディカル』が掲げる活動目標だ。

 オレは、これまで、シュヴァルツは、自分たちのセカイを至上のモノとして、他のセカイを見下しているからこそ、多元世界の統合などという偏った考えを持ったのだろう、と考えていた。

 だが、今になれば、それはオレの思い込みだったということがわかる。

 ただ、彼の急進的な思想は、彼の親友や周囲の人々と軋轢あつれきを生む要因になったのも、また事実のようだ。

「ゲルブ! これは、自分たちのセカイだけでなく、並行世界の住人をも救う救済措置なのだ! なぜ、それが理解わからん!」

「シュヴァルツ……たとえ、他のセカイの人たちが苦しんでいるとしても、それは、彼らのセカイの自己責任だ。ボクたちが、勝手に介入して良い問題じゃない」

「自己責任だと? それは、一部の権力者が誤った選択をした結果だ。苦しむ庶民には、なんの落ち度もない。そんな人々の苦しみを見過ごせというのか?」

「だとしても、だよ。どんな未来やセカイを築いて行くかは、そのセカイの人たちの選択に委ねるべきだ。他人の苦しみを自分たちのセカイと統合することで克服するなんて、傲慢だとは思わないのかい?」

 かつては、親友同士だったとおぼしきシュヴァルツとゲルブの議論は、いつも平行線をたどったようだ。

 多元宇宙に関する知識に乏しいオレ自身に、彼らの主張のどちらが正しいのか判断するのは難しかった。

 ただ、他のセカイの人たちの苦しみを救うことが可能であるならば、その手段を取ろうと考えるのは人として当然であると考える一方で、シュヴァルツたちと異なるセカイに住む身としては、こちらの意志を無視して、かってにセカイを統合されてはたまらないという、至極、一般的で面白みの結論に落ち着いてしまう。

 =========STOP=========

 映像の再生が終了しても、オレは、しばらくの間、ぼう然としたまま、身体を動かせないでいた。

(シュヴァルツの想いを感じ取ったいま、オレはどうすれば……)

 考えることに気を取られ、目の前のことに意識を集中できないでいる間も、大量のサムネイル画像は、どんどん前方から後方に流れ去っていく。
 その中には、シュヴァルツのお気に入りなのか、何度も、視聴している楽曲もある。

 そんな映像を眺めながら、今度も無意識に伸ばした手が触れた映像には、これまでと異なり黒い髪の色をしたオレが映っていた。

 ただし、それは――――――。

 =========PLAY=========

 高校の校門の前で、迫りくる乗用車の影。

 そのクルマがゆっくりと自分に近づいてくる光景は、記憶を失う前に覚えていた内容とピタリと一致する。

 ブレーキを掛けるきしんだ音とともに身体に衝撃を受け、上下四車線の道路のセンターにある中央分離帯の生け垣に弾き飛ばされたあと、映像は暗転したまま再生を続けている。

 映像とも言えない真っ暗な画面を目にしたオレの鼓動が、急激に早鐘を打ち始めた。

 これは、間違いなく、シュヴァルツではなく、彼が抜き取った並行世界の人間の記憶だ。

 そして、この記憶の持ち主の名は――――――。

 =========STOP=========

 そのことに気づいた瞬間、オレの意識は、あの時と同じようにプツリと途切れた。

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