パラレル to LOVEる・第4章〜What Mad Metaverse(発狂した多元宇宙)〜⑭
「今日こそ、目が覚めるでしょうか……?」
「担当の先生によると、『昨日から、検査の数値が良くなった』って、ことだけど……もう半年以上も、このままだからね……」
薄ボンヤリとした意識の中で、オレの良く知るふたりの声が聞こえたような気がした。
「桃……母さん……そこに居るのか?」
頬や口元の筋肉も衰えてしまっていたのだろう……おそらく、リハビリが必要だと思われる動かしにくなっている唇から、そう言葉を発すると、
「「えっ!?」」
という、ふたりの声が重なった。
ぼうっとした視界の中、まぶしさをこらえながら目を開けると、記憶どおりの声の主の表情が見える。
「なんだよ、ふたりとも……そんな驚いた顔してさ」
声を発するのと同じく、表情筋も衰えてしまっているので、上手く笑えたのかわからない。
そんな自身の身体能力の劣化を実感しつつも、自分の発言に対して、
(いや、7ヶ月も眠ったままなら、ふたりの反応も当然だよな……)
セルフでツッコミを入れられるくらいには、脳のはたらきは、活性化している。
「くろセンパイ……!」
「雄司……」
続けて声をあげるふたりに、ゆっくりとうなずいて応答すると、母親が後輩女子に対して、指示を出した。
「桃ちゃん、ちょっと、このバカのようすを見ていて! 私、先生と看護師さんを呼んでくるから!」
その声に、何度もうなずいた桃は、母が出ていったあと、オレの左手を握って言葉をかけてきた。
「センパイ……ようやく、目を覚ましてくれて、ホントに良かった……ワタシの誕生日に目覚めるなんて、サプライズしすぎですよ……」
涙ぐみながら語りかける彼女に、
「桃、心配かけちまったな……」
と返答し、感謝を示すため、両手で握り返そうとするものの、右手を自分の左側に動かすことすら困難なことがわかる。
(これは、クリーブラットに語った以上の努力が必要かもな……)
と、今後の我が身に降りかかるハードモードぶりを考えて苦笑する。
その直後、母親が看護師を伴って病室に戻ってきて、慌ただしく検査の日程調整などが始まった。
そして、一週間後――――――。
初期のリハビリの経過が順調だということで、友人が面会に訪ねてきてくれた。
病室に訪れた冬馬と、しばらく、ふたりで話したいと頼むと、母と看護師さんは、快く席を外してくれる。
親友とふたりきりになったところで、声をかけてみる。
「ゲルブ、聞いてるか? 冬馬とふたりになったことは見えてるんだろう?」
オレの問いかけの中に聞き慣れない名前が出てきたからだろう、友人は一瞬、怪訝な顔色になったが、少しだけ痙攣するように身体を震わせたあと、にこやかな表情で応じる。
「良くわかったね、玄野雄司。体調も良いみたいでなによりだ」
「ありがとう。わざわざ、並行世界から見舞いに来てくれて、すまないな」
「お礼を言ってもらえるほどのことはないよ。ボクは、銀河連邦捜査官としての職務を果たしに来ただけだからね」
「そうか……相変わらず仕事熱心だな。で、今日はどんな用なんだ?」
あくまで、任務に忠実な公務員ぶりの苦笑しつつたずねると、親友の姿を借りた捜査官は、穏やかな笑みのまま応答する。
「目覚めた後のキミの経過観察と、トリップ能力の確認だよ」
予想していたとおりの返答があったので、こちらも、あらかじめ準備していた答えを返す。
「体調も精神状態もいたって良好だ。なんなら、担当医にも確認してくれて良いぞ。あと、例の能力の方は、きれいサッパリ消えちまったみたいだ」
実際、ようやく右腕を後頭部までスムーズに動かすことができるようになったタイミングで、事故後に覚醒したトリップ能力が使用できるか試してみたのだが、目の前に、一瞬だけ巨大な天体が見えたものの、巨大ディスプレイの電源がオフになったかのようにプツンと画面が真っ黒になって、すぐに入院中の病室の光景に切り替わった。
オレの返答に、「そうか……」と短く応じたゲルブは、
「だけど、一応、念のために……」
と、ことわりを入れて、懐からトリップ能力の有無を見極めるトリッパー・ジャッジメント・マシンのデバイスを取り出し、こちらに向けて照射する。
端末から放たれたレーザー光線の色は、青のまま変化はなかった。
「なるほど……キミの言ったとおりだね。捜査官としては、トラブルの種が減って、めでたしめでたしだけど……ボク個人としては、イレギュラーな存在という特異な観察対象がいなくなってしまうのは、ちょっと寂しいな」
ゲルブは、皮肉交じりの表情で語るが、その言葉には、並行世界のトリッパー仲間が居なくなる喪失感が感じられたのは、自分のうぬぼれだろうか?
「そっか……こっちからゲルブに会いに行くのは難しくなったけど、良かったら、たまには、オレたちのセカイにも遊びに来てくれよ。アンタが身体を借りる冬馬には、オレから何か奢っておくよ」
そう返答すると、彼は笑顔で応じる。
「あぁ、許可が降りたら、そうさせてもらうよ。タイミングが合えば、ブルームやクリーブラットも一緒にね。キミも、浅倉桃と一緒に卒業できるようにがんばりなよ」
ゲルブの言葉には、こちらも「おう……!」と、笑顔でうなずき、握手を交わす。
二学期から半年もの間あいらんど高校を長期欠席したオレには、見事に留年という結果が言い渡された。
それでも、オレが、その処分をスンナリと受け入れ、四月から高校二年生をやり直す気持ちになったのは、異なるセカイで、同居人という側面も持っていた下級生の存在が大きい。
「桃たちと、一年余分に高校生活を送れるなら、それも悪くない」
自分に言い聞かせるように返答した言葉に、ゲルブも無言でうなずく。
ふと、病室の窓に目を向けると、病院の中には、桃の花が見頃を迎えていた。
季節は、三月の上旬。
まだまだ、気温が低いは続いているが、春は、もう目の前に迫っている。
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