パラレル to LOVEる・第4章〜What Mad Metaverse(発狂した多元宇宙)〜⑪
「――――――雄司、雄司、起きて。間に合わなくなっちゃうよ……」
ぼんやりとした意識のなかで、聞きなじみのある声がする。
続いて、掛け身体をゆするような感触を覚えた直後、
「ほら、もうこんなに時間が経ってるよ」
と言って、幼なじみが、スマホ画面のデジタル時計を指し示す。
ディスプレイには、5447時間45分30秒という文字列が表示されていた。
あまりにも大きな数字で、それが、どれだけの日数を表しているのかもわからない……。
だが、まだまだ睡眠不足を訴える身体に応えるように、
「う〜ん……三葉……あと、5分……」
寝返りを打ちながら返事をすると、彼女は、
「な〜に、ベタなこと言ってるの!?」
と応じたあと、
「いい加減、起っきろ〜〜〜!!」
と、オレの寝顔に冷水を浴びせてきやがった。
「うお〜〜〜〜冷てぇ〜〜〜〜」
絶叫するオレに向かって、幼なじみにして、密かに想いを寄せていた相手である女子生徒は、満面の笑みで宣言する。
「どう? 目が醒めたでしょ? 起きたら、さっさと、わたしの話しを聞く準備をする!」
そう言って彼女は、濡れた顔を拭くためのハンカチをオレに手渡してきた。
周囲を見渡すと、病室を思わせる殺風景な壁が四方を囲んでいる。
意識を失っていたためか、ぎこちない動きで、淡いオレンジ色のいかにも女子らしい趣味のハンカチーフを受け取ったオレは、遠慮なく顔を拭いながら、「三葉……」と声に出しそうになった言葉を飲み込んだ。
目の前の少女が、良く知る幼なじみに比べて、少し大人びた雰囲気を漂わせていることに気づいたオレは、あらためて、彼女に返答する。
「クリーブラット……いきなり、叩き起こして、なんの用だ?」
やや、仏頂面での問いかけになったのは、心地よい安眠を妨げられたことに加えて、オレは、彼女自身から言外に、
「もう、白井三葉には近寄るな」
という意味の警告を受けていたからだ。
「ツレない言い方だな〜。そういうところは、シュヴァルツそっくり……ホントは、わたしに起こしてもらえて嬉しいくせに……」
こういう謎の自己肯定感の高さは、中学生になってからの三葉とそっくりだ。
だが、残念ながら三葉本人ならともかく、目の前の並行世界の住人とは、さほど親交を深めた覚えはないので、その自信にあふれた言動も、ご愛嬌とは感じられない。
「申し訳ないが、オレはシュヴァルツ本人じゃないからな……イチャつくなら、ご本人と好きなだけやってくれ。アイツなら、毎朝アンタに起こしてもらえるなら、表情に出さなくても、内心で大喜びだろう」
「ふ〜ん、そういうこと言うんだ……」
クリーブラットは、言葉では不満を表しているようだが、シュヴァルツの心情に触れた後半のこちらの返答を聞いてからの彼女の口調と表情は、明らかに喜びを隠しきれていない。
しかし、その後、すぐに表情を取り繕って、彼女は、オレに語りかけてくる。
「玄野雄司クン、今日は、あなたにお礼を言いに来たんだ」
(お礼を言いに……? 前回の言動とは、エラい違いだな……)
怪訝な表情で、彼女のようすをうかがうと、
「シュヴァルツたちは、無事に銀河連邦の捜査官たちが、身柄を確保してくれたわ」
と、心の底から安心したように報告をする。
「彼が、怪我ひとつすることなく、留置されることになったのは、あなたのおかげだと捜査官たちが言ってたわ。本当にありがとう」
クリーブラットは、そう言って、深々と頭を下げる。
おそらく、彼女は、シュヴァルツの行った所業と、その逮捕時の処遇を心配していたのだろう。
安堵するようなその表情から、クリーブラットのシュヴァルツに対する想いが伝わってくるようだ。
ただ、オレが、
「そうか……ちょっと、意識を失っていた間に、そんなことがあったんだな……」
と、相槌を打つように応答すると、彼女は少し困ったような表情で返答する。
「そう……あなたの意識のなかでは、そうなんだろうけど……あなた自身の肉体は……」
そう言って、クリーブラットは、オレの全身に視線を移す。
言われてみれば、さっきハンカチを受け取って、顔を拭いたときから、手足をはじめとした身体全体が、妙に動かしにくいと感じる。
「もしかして、あの事故から、オレは寝たきりだったのか……?」
確認するようなオレの問いかけに対し、クリーブラットは、ゆっくりと首をタテに振って肯定する。
「さっき見せたデバイスのデジタル表示……これは、あなたが昏睡状態に陥ってからの時間を示しているの。その時から、もうすぐ5448時間が経過するけど……日数にすると227日。月単位で言えば7ヶ月と12日の期間になるの」
「そうか……7ヶ月以上も……」
あまりにも、長い期間におよぶことであるため、話しを聞いただけでは実感がわかないが、さっきから感じている、なまったままの全身が、彼女の言葉の信憑性をなによりも雄弁に証明していた。
「なるほど、どうりで、身体全体が重たいわけだ……今から筋トレを始めないとだな……」
冗談めかした口調で、そう言うと、クリーブラットは、穏やかな笑みを浮かべて答えてくれた。
「そうね……まだ、身体は若いんだから、がんばれば、すぐに元の生活に戻れると思うな」
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