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ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 八話

八.第六章①:恋の自覚は突然に

 ガルディア内、魔物対策課は人が少ない、魔物に関する事故を解決しにいっているのだろう。残っている魔族は待機組としてデスクで書類整理をしていた。

「シオンちゃんと最近どう~」
「…………」

 にやにやとするバッカスを無視してアデルバートは報告書の整理をする。アデルバートはバッカスに絡まれてた。シオンのことを知ってから「どうよ、進展した?」と聞いてくるので、正直にいって面倒だった。

「シオンとはそういう関係ではない」

 アデルバートの言葉にバッカスは「進展してねぇの!」と驚いたように声を上げる。何をそこまで驚く必要があるのかとアデルバートが見遣れば、「気にはなるだろ?」と聞いてきた。

「何がだ。シオンとは契約しているだけで……」
「でも、興味はあるだろ?」
「なんでそう思う」
「お前、人間に興味ないじゃん」

 確かに人間には興味がなかった。それがどうしたというようにアデルバートが訝しげに目を細めると、バッカスは「だってお前」と続ける。

「シオンちゃんと話している時、すっげぇ優しげだったぞ。あといつも以上に表情が豊かだった」

 人間に対して淡々としているアデルバートがシオンの前では優しげな表情になり、怒りの感情まで露にしていたとバッカスは言う、あれは惚れていると思ったぞと。アデルバートはその言葉が信じられなかった、自分がそんなふうにシオンを見ていたのかなんて。

「同僚のグラノラちゃんにすらそんな表情みせないじゃん。つーか、長い付き合いの私ですら見たことないぞ、あんな表情」

 お前のあんな表情は見たことがないと断言するバッカスにアデルバートは何も言うことができない。知らなかったのだ、自分がそんな表情を彼女に向けていたことに。そんなことを言われても気づいていなかったのだ、答えることはできない。

 優しげな表情とはどんなものだったのだろうか、どんなふうに怒りを露にしたのか。バッカスが言うには表情筋が死んでる奴の顔じゃないらしい。表情筋が死んでいるという喩えが一番しっくりくるとも言っていた。

「あれが惚れてないとかお前、無いだろ」
「そんなことを言われても、シオンとはそんな関係ではない」

 シオンはただの人間で契約関係にあるだけだ。情愛の関係ではない、彼女もそんな感情を抱いてはいないだろう。

「あのさ、お前さ」

 そこでバッカスがアデルバートを指差す。そうじゃないんだよと彼は呆れたような表情を向けていた。

「お前はシオンちゃんのことをどう思っているかってことを聞きたいわけ。そういう関係じゃないのはわかったから」

 お前の気持ちはどうなんだと問われえて、そんなことを考えたことも無かったとアデルバートは口を閉ざす。シオンをどう思っているのか、最初はそうだ、お人好しの危機感のない人間だったはずだ。

(最初?)

 何故、最初と考えた。それでは今は違うということになる。今、今はどう思っているのか。シオンはお人好しで危機感はなく、無欲な人間だ。その印象は今も変わらないけれど、彼女は魔族だから人間だからと区別せずにそのままを見てくれる。アデルバートをヴァンパイアだからと恐れることもなくて彼女は優しいのだ、きっと。

「……わからない」

 自分の感情のはずなのに、それが解らない。彼女のことをどう思っているかなんて、嫌いではない、ならば好きなのか。その好きは情愛からなるものか、友愛からなるものか。分からない解らない、考えれば考えるほどに己の心が見えない。

「そうだなぁ……ほら、シオンちゃんを見て何か感じなかった?」
「感じた?」
「そう、感じたこと」

 シオンを見て感じたこと。何かと考えて思い当たることがいくつかあった。急に黙ったアデルバート察したのか、「あったんだな」とバッカスに言われる。

「……最初に血を分けてもらった時に対価で服を渡したんだ」
「シオンちゃんが選んだやつ?」
「いや、彼女は無欲すぎて選ばなかったので、俺が似合うと思ったものを買い与えた」
「……それに私は驚きだけどな」

 お前が誰かに似合う服をプレゼントするのは想像できないと言われて、アデルバートも自分でもそう思うわなくなかったので否定はしなかった。

「この前、観劇に行ったんだが……その時、シオンはその買い与えた服を着てくれていた」
「もしかして、お前……」
「想像以上に似合っていてその……可愛らしいと思った」

 シオンに似合うと思って渡した服だったけれど、想像以上に似合っていて言葉が出てこなかった。女性を見てそれほどまでに目を惹かれたのは初めてで、暫く見つめてしまったし、可愛らしいと素直に口にしていた。

 それだけではなく、プレゼントした服を着てくれて嬉しかった感情があって、その言いしれない感覚に動揺したのを覚えている。

「おま……お前がそう思うってさ、もう好きだろ」
「……いや、でも……」
「他にもなんかあるだろ?」

 他にと問われてアデルバートが思い出したのはシオンの優しさだ。孤児院の子供が徘徊しても、叱ることはせず、諭すように声をかけていた。その温かさが眩しく感じた。彼女の小さな優しさを感じるたびに、もっと触れてみたいと思うほどに。そうやって思い出してみれば、出てくる出てくる彼女に対しての感情が。

 話を聞いていたバッカスですら、「お前、それで好きじゃないって冗談にもならない」と言われてしまうほどだ。自分ですらそう感じるけれど、信じられなくてアデルバートは黙る。

「もう決まりだろ、諦めて自分の感情に素直になれ」
「……どうしろという」
「それはもうシオンちゃんを落とすんだよ」
「彼女の意思もあるだろう」
「お前な! シオンちゃん逃したら、次いつそんな存在に出逢えるか分かんないぞ!」

 アデルバートは恋愛に興味がないだけでなく、女性に惹かれるとういうのが滅多にない。シオンを逃せば、次にいつそんな存在が現れるか分からないというほどにはないのだ。これを逃すなとバッカスは言う。

「そういうがな……」

「お前んとこの父親の説得はシオンちゃんを恋人にしてから考えればいいんだよ! 母親を味方につければ勝ち目あるだろ!」

 父、と聞いてアデルバートは渋面になる。アデルバートの父は人間を嫌ってはいないにしろ、思うことはあるらしい。代々、ヴァンパイア同士で繋いできている家系だというのに、人間が入るのはどうなのか、父が思わないわけもないのだ。

 父の影がちらつくけれど、シオンに抱いた感情というのはバッカスのいう「好き」というものであるのは間違いない。否定したかったけれど言葉が見つからなかった。

「シオンちゃんを逃すな」
「お前、他人事だと思って……」
「お前の事を応援してんだよ!」

 バッカスは「恋愛のれの字もないお前がやっと見つけた人なんだから応援するだろ!」と言って、アデルバートに肩を掴んだ。

「自分の気持ちに素直になれ!」

 あまりにも強く言われてアデルバートは頷くしかなかった、それがバッカスの友を想う気持ちであることを知って。

   ***

 ひらひらと蝶々が降りてくる、触れればぱっと弾けて宙に文字が浮かび上がった。アデルバートは送られてきた伝達を呼んで顎に手を遣った。そんな様子をシオンは何かあったのだろうかと眺める。

 教会を出てもうすぐアデルバートの住むアパートメントにに着くのだが、呼び出してもきたのかとシオンが考えていれば、彼は「まぁ、問題はないか」と呟いた。

「何が?」
「口で説明するよりは実際に見たほうが分かりやすい」
「実際に見る?」

 シオンは言葉の意味が理解できずに首を傾げる。アデルバートは「もうすぐ分かる」と言ってアパートメントの門をくぐった。

 玄関を開けると白い何かがばたばたと音をたてながら走ってくる。何だろうと顔を上げて、〝それ〟を視認したシオンは思わずえっと声を上げた。

「ギュキャアアア」

 白銀の竜が目の前にいる、中型犬ぐらいの大きさで。シオンがは目を瞬かせながらドラゴンを見つめていれば、後ろにいたアデルバートが「スノー・ホワイト」と呼んだ。その声に反応して白銀の竜は嬉しそうに跳ねた。

「え、何これ?」
「スノー・ホワイトだ」
「あの大きいドラゴン?」

 そうだとアデルバートは答えると小型化している白銀の竜を抱きかかえる。じっとそれを観察してみてあの時に見たドラゴンとそっくりだった。

「どうしているの?」
「実家の山が土砂崩れにあってな……」

 スノー・ホワイトはアデルバートと契約しているドラゴンで、上級であり希少種である。普段は実家の裏にある山が彼女の巣になっているのだが、定期的にその手入れが行われるのだという。つい先日、土砂崩れが起こってしまい、その手入れに暫く時間がかかるために実家から送られきたとアデルバートは話す。

「スノー・ホワイトは荒れた大地を好まない。土砂崩れや災害で荒れてしまうと住処とは認めない」

 特に雪や氷を好むスノー・ホワイトのための住処となっている山の一部は魔法によって氷雪で覆われているらしい。それはそれで見てみたいなとシオンはその光景を想像した。氷上に降り立つ白銀の竜は絶対によく映えるだろう。

「いつもなら屋敷にいるのだが、召使の面々も世話に手を焼いてしまってな……」

 定期的な手入れはそう時間がかからないけれど、今回は長期にわたる。一日二日ならばまだよかったのだが、三日目からスノー・ホワイトは行動を起こした。彼女は腕白な性格ゆえに屋敷中を走り回っては物を玩具のように壊してしまうのだ。

 初めは大人しくしていても、我慢がきかなくなっていく。その結果、母の気に入っていた中庭の景観を壊してしまった。

「先ほど、母から連絡がきてこの悪戯娘を暫く預かりなさいと言われた」
「あー、さっきの伝達魔法ってそういう……」

 スノー・ホワイトはアデルバートの腕の中でぎゅいぎゅいと鳴きながら甘えている。こんな可愛らしい姿でも走り回られたら大変だろう。

「魔力の消費とか大丈夫なの?」

 召喚魔法は上級種になればなるほど魔力の消費が激しい。今の状態は大丈夫なのかとシオンは不安げにアデルバートを見た。

「その心配はない。召喚したわけではないからだ」

 召喚し、使役つまり戦闘で操る時には魔力を消費する。しかし、今は召喚したわけでも使役しているわけでもない。それに小型化している時はスノー・ホワイト自身も魔力を消費しないため、分け与える必要もない。それを聞いてシオンはそういうものなのかとスノー・ホワイトに目を向ける、と綺麗なサファイヤのような瞳がじっと見つめかえしていた。

「バッカスさんは白雪って呼んでたよなー」
「スノー・ホワイトだと長いらしい」

 どちらで呼んでもスノー・ホワイトは自分の名だと判断できるのだと言われて、シオンは「じゃあ、白雪って呼ぼう」と声をかける。スノー・ホワイトは返事をするようにぎゃうっと鳴いた。

 ソファにスノー・ホワイトを降ろすとアデルバートはロングコートを脱ぎ、シオンのために飲み物を出そうとキッチンへと向かった。シオンはスノー・ホワイトの隣に座るとじっと観察する。いつ見ても綺麗な白銀の姿、鋭い刃のような尻尾、宝石のような青い瞳。そのどれもが目を惹きつけて離さない。

 触ってもいいのだろうかとシオンはつんっとスノー・ホワイトの額を突く。スノー・ホワイトはぬっと顔を上げると首を傾げて、それがまた可愛らしくて思わず頭を撫でる。スノー・ホワイトはされるがままだけれど嫌そうではなく、ぐるると喉を鳴らしている。

 スノー・ホワイトがぴょんっと跳ねるとシオンの膝の上に乗って甘えるように頭をぐりぐりとしている。なんだろう、猫や犬のようだなとそんなことを思いながらシオンはスノー・ホワイトを撫でた。

「……懐いているな」

 そんなスノー・ホワイトの姿にアデルバートは少し驚いていた。彼からグラスを受け取るとシオンは驚くことなのかと聞いてみる。すると、スノー・ホワイトはあまり人に懐かないのだとアデルバートは話した。

 人間だけでなく魔族にすらあまり懐こうとはせず、アデルバートの両親にすらそうなのだと。それでよく契約できたなとシオンが思えば、察してか「卵から孵化させたからだ」とアデルバートは説明する。

 ドラゴンは卵から孵化させることでも契約は行える。アデルバートの場合、たまたま卵を保護したら孵化してしまい、親だと認識されてしまったからだった。偶然、それが希少種のドラゴンで契約も交わすことができたというだけだ。

「運がいいとよく言われる」
「まー、確かに運がいいよね」

 ドラゴンの卵を保護したら孵化してしまい親だと認識される、そんなこと早々あることではない。赤子の頃からしっかりと育てていればそれが認められて契約を交わすこともできる。アデルバートはその性格から丁寧に育ててきたのだろうなとシオンはなんとなく想像ができた。

「んー、なんで懐いてるんだろ」

 自分は特に何もしてないけどなぁとシオンは膝の上で丸くなるスノー・ホワイトを見る。アデルバートは少し考えてから、「察したか」と小さく呟いた。

「うん?」
「なんでもない。多分、俺の契約者だと分かったのだろう」

 契約者であるアデルバートと契約している存在だと認識しているから大人しいのではないかと推察した。同じ契約している者同士なので、アデルバートに危害を加えることはないと判断したのだろう。シオンはなるほどと頷く、同じ者同士ならそうなるかと思って。

 採血をするためにキットを用意しているアデルバートをぼんやりと眺めていると、ぎゃうっとスノー・ホワイトが起き上がりシオンの顔を覗くようにぬっと首を伸ばした。どうかしたのかと頭を撫でるとぐるると目を細めてすりついていくる。

 可愛いなぁとそんなふうに思っているとスノー・ホワイトに頬を舐められた。犬だ、これとシオンがくすりと笑えば、スノー・ホワイトはますます舐めてくる。くすぐったい感覚にシオンが「どうしたの」とスノー・ホワイトを抱える。よしよしとあやしながらふと視線を戻すと、アデルバートの眉間に皺が寄っているのに気がついた。

「アデルさん、どうしたのー?」
「……いや」

 そう言ってアデルバートはシオンからスノー・ホワイトを引き剥がすとソファへと降ろす。採血の邪魔になるからだろうがそれ以外にもあるような気がしたけど、それが何なのか分からなくてシオンは不思議に思いながら左腕を出した。

 採血はそれほど時間もかからずに終わったので、シオンは喉が乾いたなと果実水を飲む。ふと、興味深げにスノー・ホワイトは見つめていることに気づいた。喉でも渇いているのだろうかとシオンがグラスを置くと、それにスノー・ホワイトは顔を近づけてがじがじと噛み始める。わずかにヒビの入ったことに気がついてシオンは慌てて止めるように抱きかかえた。

「危ないって!」
「ギャウアー」
「どうした」

 血液を仕舞い戻ってきたアデルバートに今あったことを伝えると、またかと呆れたように彼は息をついた。どうやらスノー・ホワイトには噛み癖があるようだ。ただ、なんでもいいというわけでなく、硬いものや綺麗なものを好むのだという。氷は特に好きらしく、魔法で本来よりも硬く凍らせた氷を与えて落ち着かせるらしい。

「スノー・ホワイト、ほら」

 氷魔法で冷やされている保冷庫から花のような形をした氷を取り出すと、アデルバートはそれをスノー・ホワイトに与えた。スノー・ホワイトは嬉しそうにそれを咥えてがじがじと齧る。

 魔法でより硬くなっているからなのか、花の形をした氷はすぐに砕けることはなかった。これを与えれば暫くは噛むことはないのだとアデルバートは言ってシオンの隣に座った。

「白雪って一頭だけなの?」

 番とかさとシオンが聞いてみれば、いないとアデルバートは教えてくれた。希少種なため繁殖は考えられているがまだ相手が見つかっていない。何せ、スノー・ホワイトは選り好みするのだという。

 並のオスでは例え同種であっても見向きもしないのだ、彼女は。もうそろそろ母になってもいいと思うのだがと、アデルバートは困ったふうに表情をかえる。

「そっかー。お転婆だしなぁ。てか、白雪って家でじっとしてられるの?」

 聞いているとこのまま一頭でいさせるのは危ないような気がするとシオンが言えば、アデルバートは契約者の命令には忠実だと答えた。

 契約者であり育ての親であるアデルバートのいうことをスノー・ホワイトは破ったりはしない。暴れるなと言われれば大人しくしている。屋敷でそれができなかったのはアデルバートが傍にいなかったことが原因だ。

「でも外に出たいだろうなぁ」

 本来は山でのびのびと暮らしているのだから、狭い室内で過ごすのはスノー・ホワイトにとっては退屈だろう。あと二、三日経てば帰宅できるとはアデルバートが言うものの、少し可哀想だなと思ってしまう。

「もう暫くの辛抱だからなー」
「ギャウギャウ」

 抱きかかえればスノー・ホワイトは嬉しそうに鳴く。頭を撫でてやれば喜ぶので教会で飼っている番犬たちに似ているなとシオンは小さく笑う。それをじっとアデルバートが眺めていることに気づいて、シオンが彼を見ればなんとも渋い表情をしていた。

「アデルさん?」
「……なんでもない」
「そうは見えないんだけど……」
「よく懐いているなと思っただけだ」
「……そう?」

 渋い表情のまま、アデルバートが言うのでシオンは引っかかるものの、そういうことにしておこうと深く突くことをしなかった。

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