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LLM留学と米国内研修を終えて思うこと

私は勤務先の社費留学制度を利用し、2021年夏から米国内ロースクールのLLMに1年間留学し、その後はニューヨーク州司法試験を受験・合格、さらに6か月の米国内研修(米国企業の法務部門にて勤務)を経験しました。今まさに帰国の途についており、日本に帰国する飛行機の中にてこのエントリーを書いています。せっかくなので留学・研修を終えて感じていることをまとめておきたいと思い、この記事を書きました。会社向けに書くような「国際法務の実務を経験し~~」「国際コミュニケーション力を云々かんぬん」みたいなことは省略して、格好つけない本音に近いものを思うままに書きたいと思います。(もし公開していることが恥ずかしくなったらこの記事は消すかもしれません。)

【時系列】
2019.04. 留学準備開始
2020.02. コロナによる留学延期決定
2021.07. LLM留学開始
2022.05. LLM卒業
         07. ニューヨーク州司法試験受験・合格
         09. 米国内研修開始
2023.03. 帰国

留学を決意するまで

私は法学部を卒業した後、新卒で入社した会社で法務部門に配属され、それ以来法務部門での勤務を続けております。学生時代から「ゼネラリストではなくスペシャリストになりたい。大学で学んだ法律を活かして、入社後も法律関連の専門性を磨きながら働きたい。」と考えていたため法務部門で働き始めることができたのは希望が叶った形で非常にラッキーでした。

入社してからは国内案件を中心に担当しており、国際案件(英文契約含む)を担当することもなく、また社内の海外部門や海外のクライアントとやり取りをすることもほぼゼロと言っていいほどありませんでした。さらに私は学生時代に留学したこともなく英語に対して強い苦手意識もありましたので(入社直後に受けたTOEICでは410点を叩き出したこともそれに拍車をかけ)、部署に英語で電話がかかってくると留学経験のある同期に助けを求めるほど、英語から”逃げる”生活を送っていました。

そんな中、入社して数年が経ってから自身の中長期的なキャリアを考えたとき、英語をやらずに企業法務パーソンとしてキャリアを積んでいく道がどうしても見えず「ちゃんと取り組まないといけないか…」と思い始め、まずはTOEICからと少しずつ英語の勉強を始めました。(本当は英語から逃げ切れないことは薄々気付いていましたし、毎回の人事面談で上司からも言われていましたので、正確には「覚悟を決めた」が近いかもしれません。)

その後少ししてからLLM留学から帰ってきた職場の先輩に発破をかけられたことがきっかけで、LLM留学を目指すことになります。「せっかくやるならLLMまで行ってみよう」「もしかしたら学生時代に諦めた弁護士資格が手に入るかもしれない(その時思い描いていた国のものではないけど)」「留学ってなんかかっこよくない?」という非常に安易な気持ちもありました。ただそういう安直な動機が心から湧いて出てくるもので、苦難にぶち当たった時でも崩れにくい強固なものだったりします。少なくとも私の中では。ですので、この安直な心の声に従ってLLMに挑戦することにしました。

その後、たくさんの方に助けて頂いたおかげで希望通り社費でLLMに行けることになり、いくつかの大学からオファーも頂いて、コロナで1年延期という予想外の出来事もありましたが、2021年7月からLLM留学が始まりました。


得たもの① 失敗する・恥をかく経験

LLMプログラムがスタートしてからは、毎日様々な刺激を受けました。「刺激」というとなんだか前向きな響きがありますが、実際は「失敗」や「恥」と呼ぶべきものです。

・講義で1回は発言しようと勇気をもって挙手をして発言みたものの教授から何回も聞き返され心が折れる
・休憩時間に欧州系の学生が集まっている輪に飛び込んでみたものの全然会話に入り込めず結局アジア系の元に帰る
・JD(米国現地学生)との合同ゼミでは講義中の議論に全く入って行けず毎回の講義終わりにドイツから来たLLM生と2人で慰め合いながら帰る(時にはその同級生に「もっと発言しなきゃ」と叱咤されたことも)

そんな「上手くできなかったな」「失敗したな」と思ったことばかりを鮮明に覚えていますが、これはこれで良かったのだと思います。私は恥をかくということが元々苦手で「上手くやろう、こなそう」としてきましたので、今回の留学のテーマの一つとして、たくさん恥をかいてその殻を破ろう、というのがありました。

留学に来ているとそもそも私は「外国人」で「英語が満足に話せない」ので、どう頑張っても「上手くやる」ことはできません。そのため何をやるにしても「上手くやる」なんてことはかなり可能性が低いのです。それでも何かを得ようと、一歩を踏み出してみようと思ってやることに価値があると信じて、様々なことにチャレンジしてみました。(もちろん一歩を踏み出せないときもたくさんありましたが。)

そういった経験を通して少しですが「恥をかく」ことにも慣れましたし、自分が思っている以上に「恥をかく」経験をしても他の人はあんまり覚えていないものだと体感できました。もし覚えられていても「よくやっていた」「良いチャレンジだった」と言ってくれる人も多く、前向きに捉えてくれているんだなと思いました。

「失敗するかも・恥をかくかもと思ってもチャレンジしたほうが良いよね」「案外自分のことなんて人は気にしてないよね」というのは知っていても、実際に行動に移しにくいものだと思います。私もそんな一人でした。それでも留学を通じて、半強制的に「失敗してみる」という経験がたくさんできたことは、これからも「失敗してもいいからやってみよう」と思って挑戦しやすくなりますし、挑戦する人を今までより強い気持ちで応援・後押しできるんじゃないかと思っています。

この記事の冒頭でも「恥ずかしくなったら消す」と書いてました。恥ずかしくても消さずに残しておけば、誰かからフィードバックをもらえるかもしれませんし、この記事が誰かの役に立つかもしれないので、今のところは消さずに残しておくつもりです。(それでもいつか消すかもしれませんが。)


得たもの② 「自分が良いと思ったこと”で”いい」という感覚

ある程度大きい組織にいると「上から認められることが良いこと」という考え方が染みついてしまうことがあると思います。また日本の教育システムの中で育つと、どうしてもその感覚が身についてしまう人が少なくないのではないかと思います。

学生でいる間は正解を出すことを求められる場面が非常に多いですし、会社に入ってすぐも一定の「正解」を組織や上司が持っていて、それに合致するアウトプットを出すことが求められるように思います。(もしかすると法務部門は特にそういう特性が強いのかもしれませんが)

私はそれにはまってしまい「正解」に辿り着こうとする思考からなかなか抜け出せませんでした。「唯一解がない」という問題にあたったときも何かしら「正解っぽいもの」を見つけようと頑張ってしまうんです。それが業務上の課題でない自分のキャリアでも、人事面談で上司が「いいね」という反応をしてくれるようなキャリアプランを探してしまっていました。

それが留学に来てから、ガラッと変わったように思います。国際色豊かな同級生に囲まれ、違う国の文化の話などをしていると「違い」がたくさんあることを知れますし、そういう「違うよね」という話題は結構盛り上がるのですが「どちらが優れているか」「何が正解か」という話にはなりません。そういう話になりかけても、価値観(何を重要視するか)が異なるので、人によって「どっちが合う/合わない」というのがあるだけで「どちらが正しい」なんて決められないですから。

そういうことを実際に経験すると、今まで自分がなんとなく目指していた「上司が良いと思うこと」は結局上司の考え方や価値観に合わせていることに過ぎないのだと改めて思い至りました。その上司の人生経験と自分の人生経験は当然異なることがいっぱいあります。私が経験したLLM留学も上司は行っていないかもしれないし、LLMに行っていても違う大学かもしれないし、もし同じ大学だとしても過ごした同級生異なり全く違う経験になるはずです。そういった”違う経験”の上で生きているのですから、同じものを見ても違う見え方をしているはずです。

特に自分のキャリアのことなんて上司の考え方に合わせていても仕方がありません。自分が良いと思えたこと、これが自分には良いんだと思えたことを追求していくべきです。これはなんとなく頭でわかっていたことですが、そういう考え方が腹落ちしてきた実感があります。
(もちろん上司の意見も素直に受け止めることで得られることがたくさんあると思いますので、バランスが大事だと思っていますが。)


得たもの③ 初めて気づく自分の特性・強み

色んな価値観に囲まれていると、今まで見えていなかった自分自身の特性が見えてきます。外国人留学生に囲まれていればそういったメンバーの中での日本人である自分の強みが見えてきますし、日本人同級生の中でもこれまでとは違った自分らしさに気付くことができました。それはある種、いわゆる日本人っぽいもの、所属する会社の文化からくるものも当然ありますが、改めて自分を客観視することができ、新たな発見が多くありました。

特に私はこれまで新卒で入社してから一つの会社、一つの部署に勤めてきましたので、その会社・部署の中での自分という目線で自分の強み/特性を考えていました。強みや特性は相対性の高いものですので、こういった文脈だと会社の文化・部署の文化、メンバーが共通して持つ強み、には気付きにくいところがあります。組織の中で差別化できないからです。

具体的に言うと、私の場合は
・情報発信が苦手と思っていたがそれは組織内の相対的なものに過ぎなかったこと、
・中長期的な物事に継続して取り組めること、
・成果物に対する正確性の要求度合いが周囲よりも高いこと、
などが新たな気付きでした。

こうした新たな発見があると、組織を出たときに自分が発揮できるバリューの解像度がより高くなります。「自分は何で貢献できるだろうか」ということを考えるときに新たな武器を手に入れたような感覚です。


得たもの④ 視座が変わって見える景色が変わる

LLMの秋学期に履修していたゼミでは「最先端技術と法規制の関係」について学びました。また春学期に履修したもう一つのゼミでは「Future Law」というテーマで法規制のあるべき姿について学生同士で議論をしました。

それらのゼミでは、米国の規制やビジネスをベースに議論が行われるケースもありますが、米国外の学生もいるため「米国外ではどうか」という視点で議論が展開されることもままあります。そうなるとやはり世界のいろんな国の規制のことに興味が出てくるわけです。

法の捉え方も文化的な影響を強く受けていることが印象的でした。日本では法はある種「守って当然」という位置づけになっており、立法の際も「規制される側が現実的に遵守できるか」という目線で議論がされることも当然あります。一方でEUでは法を「目標的なもの」と位置付けて施行後すぐは守れない企業が多くても法があることでそれを守れるように努力していくよう促すことができる、という考え方があるため、何を法として置くか、という議論の出発点が少し異なるように思われ、非常に面白い点だと感じました。

また日本人同級生と話していても「日本をどうにかしたい」「日本がもっと良くなるために」という目線で話をする同級生もおり(特にお酒が入って気が大きくなったとき)この野心にも刺激をもらいました。幸運にもLLM留学に来ることができるような立場にいる自分が、日本のために何かできることがないか、いややらなければいけないんじゃないか、という気持ちも少しですが生まれました。いわゆるノブレスオブリージュ的な感覚です。今後の仕事もそういう目線でやりたいことを探していくことになるんじゃないかと思います。(私も今お酒を飲んでいるので気が大きくなっているだけという可能性もあります。)


得たもの⑤ キャパシティの拡大

あくまで相対的な話ですが、日本はハイコンテクスト社会と言われ、多くの人が同じ文化的背景・様々な前提・文脈を共有できることから、言葉を尽くすよりも「察する」ことが求められる文化と言われます。私はそんな社会で生まれ育ってきましたので、自分の中で無意識の「当たり前」がたくさん作られており、その当たり前の上に生きています。

しかし留学に来るとそれが崩れました。
・同級生は時間通りに集まることがない(なんなら講義中の休憩時間終わりの時間も平気で遅れてくる)、
・決められた提出期限までに提出されないものが多い、
・足を組んで背もたれに寄り掛かったまま発言する学生もいる、
・一つのメールで複数質問しても最初の質問に対する答えしか返ってこない、
・そもそもメールなんて複数回リマインドしてようやく返ってくるみたいなこともある、

挙げたらきりがありませんが、こういったこと一つ一つに対して「ちゃんとやれよ」と怒りの感情が湧いてくるのではなく、「そうくるか。なるほど。じゃぁこうしてみるか」という考えになるように変わってきています。感覚としては、一回受け入れて、その上で自分のやり方を変えてみる、というものです。

こういった違いが文化的背景からくるものなのか、個人の特性によるものなのかはあると思いますが、そこで怒ったり諦めたりするのではなく受け容れられるようになる、というのは関係構築の面でも非常に重要だと思います。

こういうのを「懐が拡がる」というのかもしれませんが、懐が大きい人間になれるように引き続き色んな「違い」を知って体感して、受け止める・受け入れる練習ができたらなと思っています。

(ただ個人の特性としてそういったものが発露しているときに、どう伝えて改善してもらうか、という練習ができなかったのは若干の反省です。そういったスキルこそこれから必要になるはずですので…)


最後に

留学に来て間違いなく自分の世界は拡がりました。もちろん、キャリアという目線で見れば留学をしたことで(=業務を離れたことで)逃したチャンスも少なからずあったと思います。ただ自分の人生という目線で見たときに、新しい人やものにたくさん出会うことができたLLM留学にチャレンジしてよかったと心から思えます。(こんな年になって新たに「友達」と呼べる存在もたくさんできて本当に嬉しいです。)

勤務先の会社には大きい声では言えませんが、米国内のいろんなところにも旅行に行くことが出来ました。日本では見ることのできない大自然をたくさん体感することができ、一生思い出に残ると思えるものにたくさん出会うことができました。アメリカで定番のお土産であるご当地マグネットがものすごくたくさん集まりました。

(決して旅行できるからというわけではありませんが)もしLLM留学に行こうか悩んでいる方、もしくは会社に制度があるという方、環境の許す限り是非チャレンジして欲しいと思います。特に社費制度は使わないと予算の都合上無くなっていく運命にあると思いますので、積極的に手を挙げてアピールして予算を付けてもらい、どんどんチャレンジして欲しいです。人によって何を感じるかは様々だと思いますが、日本で働き続けることで感じられることとはまた違ったことが感じられるかと思います。

長くなりましたが最後までお読み頂きありがとうございました。

(LLM留学するという私のわがままに付き合ってくれて一緒に戦ってくれた妻には感謝の気持ちでいっぱいです。Special Thanks: 妻、です。)






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