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人と違うことに価値を見い出す文化に染まったら?

 数日前にアップした記事で、「皆が同じリクルートスーツを着る」ことに反発して、全く違うスーツを着て就職試験に行ったお話を書きました。

 アメリカから帰国直後は、私自身かなり尖っていて、日本文化や生活、人々に対して逆カルチャーショックも感じていました。(母国である日本の文化に対して違和感を感じること、特に外国での生活が肌に合った時に感じやすくなります)日本の大学生たちの大多数が、同じようなメイク、髪の色をして、似たようなファッションに身を包んでいることに強烈な違和感を感じていました。本当にその恰好が素敵だと思っているのか、それとも流行りや周りの皆に合わせているだけなのか、よく分かりませんでした。

 アメリカ留学中、「あなたはどう思うの?あなたの意見を述べなさい。」「黙っていたらあなたの意見はないものと見なされるから、存在価値0になるよ!」「人とは違うオリジナリティを出しなさい。」と折に触れて、表現を変えながら、人々が口にするのを聞きました。外国人だから、留学生だから、というわけではなく、アメリカ人の間でも主張すること、表現すること、人と違うことを強みとして打ち出すことは、必須のようでした。

 異国で、他の人と違う自分であることを英語で必死に主張する、そういう生活を1年近く送ってきて、いざ帰国してみたら、「就活のルール、これね!」と急にマニュアルのようなものを渡されました。そして、「エントリーシート100社以上送ったのに、面接2社しか行けなかった。」という知り合いの知り合いがいたり、自分の知人でも公務員試験に落ちたから大学院に進学する人がいる中、私もよく分からない就職サバイバルバトルみたいなものに参戦することになりました。
 
 自己分析としては、
①状況は厳しいな(超就職氷河期)
②タイミングは遅いな(他の同級生たちは大学3年秋から、就活を始めていたため、約1年遅れでのスタートでした)
③だけど、時期的には4年での留学帰国組より2か月遅れたくらいかな(大学院対策の勉強を2か月していたため)
④本気出せばいけるな。
⑤でも、迎合して採用してもらってもしんどそうだな。
⑥このままいこう。これが自分の強みだ!

といった感じで、就職活動に挑みました。ただの「皆と一緒は嫌!」という軽い気持ちでリクルートスーツを着なかったわけではありません。ある程度覚悟をもって、このスタンスが受け入れられないのならばその会社とも合わないという考えで、皆と同じスーツを着るのを拒否しました。

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