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ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #06(全13話)

#06 エルナークの財宝

 秋葉原訪問で負った心の傷が癒えるまでは、数か月かかった。
 その間に年は明け、1999年。それでも光希のファミコン熱は収まることはなく、探索に出かけ、買ってきたゲームを遊び、ホームページを更新する日々は続いている。日本橋まで足を伸ばすこともすっかり当たり前になり、ここ最近は大阪のおもちゃ屋やレトロゲームを扱うショップを開拓し始めるまでになった。

 そんなある日のこと、1通のメールが届く。
 差出人は“チェリィ”と名乗っていた。直接の交流はないが、ファミコン関連のサイトに時々書き込みをしている人だったはず。何だろうと光希は思い早速メールを開いた。

――はじめまして。この前アップされた「おもしろ館」の探索記、見ました。面白かったです。

「おもしろ館」は、光希が少し前に訪れた大阪のゲームショップだ。小規模なチェーン店ながらレトロゲーム販売に力を入れており、品揃えは下手な日本橋や秋葉原の店顔負けの充実ぶり。実際光希もその店で何本かのソフトを購入しており、素晴らしい店だと感じた。これは店の認知度が高まってほしいと思って探索記も書いた。
 ホームページを運営していると、誰もが読める掲示板に書き込むことは恥ずかしいのか、メールで直接感想を伝えてくれる人がたまにいる。この人もそういった類だろうかと思いながら、光希はメールを読み進めた。

――実は私、「おもしろ館」の店員です。

 椅子からひっくり返りそうになった。
 ヤバい。これはヤバい。自分の書いた文章が、まさかの店員にまで届いてしまっている。光希は焦るほかなかった。記事では決して悪いことは書いていないし、むしろ全編褒める内容にしている。それでも受け止め方はそれぞれで、自分が良かれと思って書いたことが当事者にとっては触れてほしくないことだったなんてケースは十分あり得る話だ。これは最悪、出禁を言い渡される可能性も覚悟せねばならないのか? 恐れおののきながらメールの続きを読んだ。

――私もファミコンが好きで、個人的にソフトを集めています。コウさんは関西在住のようですし、よければ一度会ってお話しませんか? 「おもしろ館」の店員側からの話もできると思います。

 とりあえず怒りのメールではないことに光希はほっとした。しかも同じ趣味の相手から直接会いたいとのオファーまで含まれている。あくまで客でしかない光希にとっては、店の事情を聞けるという誘いも非常に魅力的だ。
 しかし、と光希は思う。これは文面通りに受け取って良いものなのだろうか。実は店内であの記事が問題になっていて、書いた人間を誘い出すために仕掛けてきた罠なのでは? 行ったら事務所に連れ込まれてボコボコにされるのでは? 疑いだすとそんな最悪の未来すら想像してしまう。
 仮にそういった悪意がないとしても、先日の秋葉原での心の痛みがまたぶり返してくる。実際に会ってみたら話が合わない、あんな思いはそうそう繰り返したくないのだ。光希はすっかりオフ会恐怖症に陥っていた。
 同じ趣味を持つレトロゲーム店の店員と話せるチャンスと、会った時に襲い来るかもしれないリスク。悩ましい両天秤を前に、光希は長い時間をかけて思案する。やがて意を決し、光希は返信を打った。

――分かりました、会いましょう。

 実際にやってみなければ分からない。それは光希がファミコンに触れ直す中で実感したことだ。だったらボコボコにされる可能性があろうとも、また癒しがたいトラウマが生まれることになろうとも、リスクを怖がらずに行くしかない。

 オフ会当日。
 光希は待ち合わせ場所に決めた「おもしろ館」の最寄り駅で、不安に包まれていた。
 行くしかないと勇ましく決意したものの、いざその時間が迫ってくると怖さはぬぐえない。どんな相手が来るのか、一体何が起こるのか。こんな時に持ち歩いているゲームボーイカラーを悠々と遊びながら待てるような胆力があればいいのに。そんな風にまで光希は思った。

 約束の時間になる。駅にひとりの男が近づいてきた。標準体型の光希よりも小太りで、背は低い。歳はおそらく同じくらいだろうか。それほど暑くもないのに額には汗が浮かんでいた。

「コウさんですね? はじめましてチェリィです。いやぁ遅れるか思うたわー。やっぱ徹夜でゲームしたらあかんですね。あ、ちなみにやってたゲームは『エルナークの財宝』なんやけどこれが難しくて難しくて。あれクリアできる人間なんてこの世に居るんかなぁ?」

 いきなりのマシンガントークだった。しかも関西弁がかなり強い。面食らいながら光希は口をはさむ。

「どうもはじめまして……。チェリィさん、今日はよろしくお願いします」
「チェリィでええよ。堅っ苦しいの苦手なんでお互い敬語なしの呼び捨てで行こうや。ほなどうしようか、まずは「おもしろ館」行ってみる?」
「そうですね、じゃあ早速向かいましょう」
「だから敬語はええって。真面目やなぁ」

 押しの強い人だな、と光希は心の中で思った。とはいえ積極的に話すのが得意ではない光希にとっては、話を聞く側の方が気楽ではある。そんなことを考えている間にもトークは止まらない。

「ところでさっき言うてた『エルナークの財宝』はプレイしたことある? あれ攻略本も攻略サイトもなくて難儀してるんよなー」
「プレイはしたことがありま……あるよ。でも1面もクリアできなかったなぁ。どこまで進んでも無限ループって感じで」
「ちゃうねん、あれは壁のある場所で上をずっと押し続けたらクリアできるねん。だから一応先には進めるんよ」
「マジっすか! よくそんな解法気づくなぁ……。何面まで進めたの?」
「5面。多分最終面やと思うんやけど何しても先に行けん場所があるんよな。あれは絶対バグやで。トーワチキやし」
「ああ、同じトーワチキだと『シャーロックホームズ 伯爵令嬢誘拐事件』なんかも凄かったよねぇ。ホームズが題材なのに何でキックで街の人を倒すアクションゲームになるんだっていう」
「ええ何それ知らん! そんな訳わからんゲームあったんか!」
「あれは是非遊んでみてほしいな。「おもしろ館」にあるかな?」

 何しろ初対面だ。いくら相手が構わないと言ってもなかなか敬語は抜けきらない。しかし話していくうちに緊張感はほぐれ、光希はチェリィに親しみを感じ始めていた。間違いなく自分と同じファミコン好きだと分かったからだ。多少マニアックな話でも受け止めてくれると分かれば、話すネタはいくらだって湧いてくる。こうしてファミコントークを気兼ねなくできる機会を、ひとりソフトを集め続けてきた光希は待っていたのだから。

「おもしろ館」に着き、ファミコンの棚を物色する間も2人の会話は止まらない。無数のファミコンソフトを調べて買うべきかどうか悩む時間は、ただでさえ至福だ。そこに隣に相談できる相手までいるとなれば、楽しさは何倍にも増幅する。

「俺これ持ってへんな『バトルラッシュ』。確かバーコード使って遊ぶゲームやったっけ?」
「そうそう、データックっていう周辺機器の専用ソフト。価格は……2000円か。全然見ないゲームだし買っといた方がいいんじゃない?」
「そうやな。おおこっちには『高橋名人の冒険島4』があるで。見かけないといえばこれも全然売ってへんよな」
「それは持ってない! 4000円と高めだけど行っとくべきかな?」
「買うべき。持ってるけどゲームとしても面白かったで。前3作がジャンプアクションなのに探索ゲームに変わってたのは驚いたけどな」
「じゃあその言葉を信じて。あ、プレミアソフトが並んでいるところも見に行きたいな。それにしても最近そういうソフトって高くなりすぎじゃない?」
「その辺は店側にも事情があるんよ。ていうかそういう話もするってメールで送ったんやったよな。店内ではアレやから後でゆっくり話すわ」

 そうだった。店側が記事を問題視しているのではないかと数十分前まで心配していたのだ。楽しくてすっかり忘れていた。何よりこんなにファミコンを愛する人間が貶めるような罠を張るわけがないと、チェリィに対する奇妙な信頼感が光希の中に生まれていた。

 めいめいにファミコンソフトを購入し、近くのファミレスに場所を移してファミコントーク第2ラウンドを始める。話しているうち、チェリィの素性も自然と分かってきた。今日行った「おもしろ館」店員ではなく他の系列店に勤めていること、ファミコンはここ3年で集め始めたこと、光希と同じく全ソフト収集を目指していること。光希にコンタクトを取ったのは純粋に興味を持ったからで、やはり店とは関係なかったようだ。会う前に心配していた旨を伝えると「そんなわけあるかい!」と一笑に伏してくれた。

「しかしお互い全ソフトコンプリートまでは遠いなぁ。コウは今手持ちのソフト何本?」
「この前600本を超えたところ。チェリィは?」
「俺はもうすぐ700本やから少しリードやな。そうや、協力せぇへんか?」
「協力?」
「そうや、自分はもう持ってるソフトでも相手は持ってないってあるやろ? そういう時に教え合う、そしたら集めるペースも上がると思うねん」
「いいね、その話乗った」
「よし、じゃ早速携帯の番号交換しとこか」

“チェリィが なかまに くわわった!”
 そんなメッセージが脳内に表示された気がした。


→第7話


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