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ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #02(全13話)

#2 サマーカーニバル'92 烈火

「ファミコンソフト?多分家に眠ってると思うけど……。何に使うの?」

 いらないファミコンソフトを譲ってほしいと友人に声をかけたまではいいものの、光希はその返答に困っていた。友人の疑問はもっともだ。とうの昔に飽きて片付けたおもちゃを欲しいと突然言われたら、自分だって興味と少しの怖さを感じつつ意図を聞き返してしまうに違いない。
 実は今になってファミコンの奥深さに気づいたんだ、だからソフトを集めて片っ端から遊んでいきたいと考えてる――そう率直に答えればいいのかもしれない。しかしその答えは相手にどう捉えられるだろうか。何を思ったか最新ゲームじゃなく古臭いゲームを追い始めた変わり者とレッテルを張られるのがオチだろう。
 光希は決して目立つタイプではない。学業はそこそこの成績で、所属するサッカー部でもレギュラーなんて夢のまた夢。友達は多くもないけど別に少なくもない。クラスでは居るか居ないか分からない程度の微妙な存在感で毎日を過ごしているタイプだ。それゆえ下手に目立つような言動は避けたかった。目立つことはすなわち、不要に叩かれる危険にも繋がる。
 なるべく興味を持たせず、不自然でない答えを。期末テストで問題用紙に対峙した時よりも迅速に、光希は脳をフル回転させた。

「いや、久しぶりに遊んでみたいなって思って」

 絞り出した答えがそれだった。冷静に考えれば、遊んでみたいからって何もソフトを譲り受ける必要までは全くない。そもそも何故突然興味を持ち出したかという疑問には答えていないままだ。探りを入れられてしまえば速攻でボロが出る、張子のような答えに光希は内心で冷や汗をかく。
 しかし幸運なことに友人はそれ以上追及することはなく、後日ソフトを快く譲り渡してくれた。

 突っ込まれやしないかとヒヤヒヤしつつも、光希はこの調子で思い当たる友人に次々声をかけていった。その反応はほとんどが同じで、いぶかしがりながらもソフト自体は何の問題もなく譲ってくれる。もはや使わない物なのだから、みんな別に惜しくもないということなのだろう。

 学校も部活も休みの日には、光希は思いつく限りのゲームショップを寄り歩いた。「わんぱくこぞう」「カメレオンクラブ」「ブルート」「TVパニック」といったチェーン店から、なんか儲かるらしいからと別業種からゲーム販売に手を広げたとしか思えないやる気ゼロのローカル店まで。
 成果はまちまちで、規模の大きいファミコンコーナーもあれば、看板に“ファミコン”とデカデカと書いているにも関わらず最新ゲームしか扱われていない店もあった。
 ゲームショップに入ってみるまで、お目当てのファミコンソフトが眠っているかは分からない。それだけに発見できた時、それも1本どれでも数百円なんてワゴンセールに遭遇した時の嬉しさは、宝の山を見つけた海賊のような気分を味わえた。

「懐かしい、『バルーンファイト』だ。小学生の頃友達みんなで遊んで、協力するつもりがすぐ殺し合いになってケンカまでしたっけ」
「『ロックマン6』? シリーズ遊んだことはあるけど「ロックマン」ってファミコンで6本も続編出てたんだ……。でも1980円はかなり高いな。保留しとこう。どうせファミコンを今更買う客なんて自分以外居ないし売れることはないでしょ」
「この絵柄は見たことある……。確か「パタリロ!」の人だ。タイトル名は『エリュシオン』。RPGみたいだけど全然知らないゲームだな」
「何これ異様にでかいゲームソフトがある!『なんてったって!!ベースボール』っていうのか。後ろに小さなカセットを差すことで選手データが更新できる仕組みとは、考えたなぁ」
「『サマーカーニバル'92 烈火』か、これは全然知らないゲームだな。シューティングみたいだし後期に発売されたソフトならまぁ外れはないでしょ。980円はちょっと高めだけど興味あるし行っとこう」

 誰も寄り付かないゲームショップの片隅に眠る財宝。他人から見ればガラクタ同然でも、光希にはそれらが輝いて見えた。人に理解されなくてもいい、こうして未知のファミコンソフトを探す時間が自分だけの愉しみなのだから。

 探索の範囲はゲームショップだけに留まらない。電話帳を片手に、おもちゃ店やリサイクルショップ、古本屋まで光希は赴いた。こちらは専門店であるゲームショップ以上に当たり外れが激しいのが特徴で、無い場合、あって捨て値同然の場合、あるが十数年ずっと定価販売されている場合に大別された。できる限り安くソフトを手に入れたい光希にとって、もちろん狙うは捨て値での販売。持っていないソフトがあれば、とりあえず手に取り購入を進めていく。

 とはいえ、ここでも世間体が立ちはだかる。いくら持ってこられた物を機械的に売る店員とはいえ、もはや型落ちのファミコンソフトを何本も買おうとする客はどう見たって怪しい存在だ。特にさほどお客が来なくて暇を持て余しているようなおもちゃ屋では、そんな古いものを買ってどうするのかと世間話的に質問が浴びせられることも少なくなかった。
 別に何度も店に寄るわけじゃなし、涼しい顔して買えばいいだけの話なのだが、高校生男子なりの自尊心がそんなスマートな会計を光希に許してくれない。ここでも言い訳を考える羽目になった。

「いや、昔このソフト持ってたんで懐かしいなと思って」

 嘘だ。今初めて手に取った。なんなら数分前まで存在自体を知らなかった。
 しかしこの答えは、たいていそれ以上の質問をシャットアウトできた。客の過去に経てきたゲーム遍歴を詮索するほどには、店の人間だってさすがに暇ではないし興味もない。光希は嘘をついたことにほんの少しの罪悪感を覚えながら、ソフトを鞄にしまい込むのが常となった。

 光希の手元には見る見るファミコンソフトが増えていった。その数はゆうに100本を超えている。箱や説明書まで揃った新品同然のものもあれば、裏面に持ち主の名前が書かれていたり、雑誌の付録と思わしきシールが張られていたりするものもあったりと状態はまちまち。しかし遊ぶ分にはどれも何の問題もなく、とっかえひっかえファミコンに差してはプレイする日々が続いた。

“人生はロールプレイング”とは「ドラクエ」の堀井雄二氏の座右の銘だ。それになぞらえるならレトロゲーム探索は「ポケモン」型の収集系RPG+「トルネコの大冒険」のようなローグライクRPGといえるだろう。
 収集については言うに及ばず。知らなかったゲームに出会い少しずつ自分のものになっていく快感は筆舌に尽くしがたい。ローグライクRPG要素は新しい店へ行くごとに、それどころか何度目かの訪問でも変わる販売ソフトのラインナップにある。それはダンジョンに入るたびマップが様変わりするシステムに似ていて、今日は何か新しい発見があるかもしれないと光希の足を進めさせる原動力になった。
 一方でゲームと決定的に違う点もある。それは他に誰もやっていないファミコン収集には効率よい攻略法やクリアまでのセオリーなどないことだ。もちろん攻略本もないし、なんなら基本情報すら自分で探さなければ答えが見つからない。例えば収集を続けていく中、光希の頭によぎったのは素朴すぎる疑問だった。

 ファミコンソフトは全部で何本あるのか?

 同じゲームハードのソフトを100本以上持っていることは普通に考えれば十分凄いはずだ。だが、かつて遊んだり雑誌で見たはずのゲームがいまだ手元にはない。知らないゲームとなればきっとその数倍はあるだろう。全部集めて遊ぶといっても、総本数が分からなければゴールのないマラソンを走っているのと変わりない。このまま集め続けるにしてもあまりに先の見えない行程に感じられた。

 基本的過ぎる疑問が氷解したのは、たまたま寄った本屋でのことだ。ゲーム雑誌や攻略本が並ぶ中、まるで辞書のように分厚い1冊の本が光希の目に止まった。
“大技林”。
 これまでに発売されたゲームの裏技を網羅的に掲載するコンセプトを持ったその本は、過去発売されたゲームの情報が全て載せられたデータベースでもあった。もちろんファミコンソフトも全掲載。ゲームの本数を確認するうえでこれほどうってつけの存在はないだろう。

 ファミコンソフト総数はすぐに確認できた。
 その数、1240本。
 まだまだ十分の一にすら届いていなかった。だがゴールが提示されれば、ずいぶんと気持ちは楽になる。道が開けたことで光希は心の中で小躍りし、ズッシリと重いその本をレジに持っていこうとする。

 その時、ふと見慣れないゲーム雑誌が隣にあることに光希は気づいた。大書された企画名らしきものに目が釘付けになる。
 そこには「500円で1ヵ月遊べるRPG」との文字が踊り、ファミコンにPCエンジン、メガドライブ、スーパーファミコン、ゲームボーイの名がある。しかも取り上げられたゲームタイトルは、どれも光希が知らないものばかりだ。
 慌てて手に取り、ページをめくる。全く無名のゲームが、いかに面白い内容なのか筆致を尽くして書かれ続けていた。
 何これ、こんなゲームも、こんなゲーム雑誌も今まで見たことない。

 そんな中に光希がよく知るゲームが1本だけあった。それが『東方見文録』。ファミコンを見直すきっかけとなった、あの怪作だ。
 まさか自分以外に、あのゲームの魅力に気づいた人間がいるなんて。それも1996年の今に語るなんて――まるで自分の人生と接点のないはずの執筆者とその雑誌を、何だか共犯のように光希は感じた。

 改めて雑誌を手に取り、名前を確認する。
“ユーズド・ゲームズ”。
 時代を逆走する日本初の中古ゲーム専門誌。確かにこんな雑誌は他にない。だけど自分には怖いくらいど真ん中ストライクな内容だ。

 「じっくり読むしかないだろう、これは」
 光希はその雑誌と大技林を手にし、改めてレジへと向かうのだった。


→第3話


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