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ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #13(全13話)

#13 熱血!すとりーとバスケット

 店頭購入、コレクター仲間との交換、ネットオークション。
 歩みは遅くても、一歩一歩確実に進めていく。そしてとうとうコンプリートに残り1本までこぎつけた。

 最後に残ったソフトは『熱血!すとりーとバスケット』だった。格闘からドッジボールにサッカー、時代劇までこなす「くにおくん」シリーズのファミコン最終作で、相手プレイヤーへの直接攻撃や必殺シュートなど通常のバスケットボールでは考えられないハチャメチャさが売りの作品だ。1993年発売とファミコン末期にリリースされたことや、「くにおくん」シリーズ全体が人気作だったこともあって早くからプレミア化していた1本でもある。
 発見自体はたやすかった。光希がバイトしている「おもしろ館」のショーケースに並んでいたのだ。買おうと思えばいつでも買える。だが光希はコンプリートまで残り1本となってからも数か月買うのを躊躇していた。

 値段の問題ではない。これを買ってしまえば長かったファミコン全ソフトコンプリートへの道が終わる、それが何だか不安だったのだ。
 もちろん続けようと思えばコンプリートの先にもまだ見ぬファミコンの荒野は広がっている。非売品ソフト、バージョン違い、なんなら海外版ソフトだってあるし、周辺機器に攻略本など手つかずのアイテムは数限りなくある。ファミコンの全貌を知ろうとするうえでコンプリートは通過点にしかすぎない。それでも大きな区切りには違いなく、クリア後の喪失感を恐れてラスボス手前まで来たRPGを止めてしまうような感覚に陥っていた。

 だが、いつまでも引っ張るわけにはいかない。
 光希の自由な大学生活にもタイムリミットが迫ってきていた。もうすぐ大学4年となる身だ。就職活動に卒論にと取り掛かるべきことがすぐそこに迫っている。「おもしろ館」でのバイトも辞めて本腰を入れなければならないだろう。それまでにコンプリートを果たしたいと思った。

 それでも引っ張りに引っ張り、結局『熱血!すとりーとバスケット』を購入したのはバイトの最終日だった。

 2002年3月。約7年をかけたファミコン全ソフトコンプリートは、ついに成る。

「ああ、これで全部揃ったんだ……」

 達成時の感慨は、自分でも驚くほどにあっさりとしたものだった。感動のあまり飛び跳ねたり、号泣したりなんてドラマチックな出来事はない。夢の終わりに辿り着いたかのような、感じるのはそんな静かな寂しさばかりだった。

 同じ頃、チェリィもまたファミコン全ソフトコンプリートを達成していた。
 久しぶりに会い、お互いコンプリートしたことに居酒屋の一角で乾杯する。光希はどこか心に目標を見失った虚しさを抱えながら、ではあったが。

 もしかしてチェリィも同じ気持ちなのだろうか?
 聞きたいが、光希はためらいを覚える。チェリィが語っていたのは新たなファミコンソフトのバージョン違いを見つけたことだったり、最近遊んだゲームのことだったりといつもと変わらずにいた。そう、コンプリートという目標に向かって邁進していたあの頃と。
 チェリィはずっと先の、未踏の世界へと足を止めず行こうとしている。きっと喪失感なんてものとは無縁だろうと思えた。慌てて別の話題を探す。

 光希が思いつくのは、差し迫った就職活動の話題くらいしかなかった。
 本格的に動き出し始めたものの、世は就職超氷河期と呼ばれている時代。数十社にエントリーを送ってもほとんどは書類選考で弾かれる。光希は今のところ面接までこぎつけた会社さえ1社もなく、早くも戦意喪失し始めていた。酒が入った勢いもあり、思わず愚痴をチェリィにこぼす。

「……そんなわけで進捗終わってるよ就職活動。チェリィはこの先「おもしろ館」で仕事を続けていくの?」
「コウも大変やなホンマ。俺は今の仕事続けてくつもりでおるで。接客が好きなんもあるけど、何よりゲーム屋からレトロゲームを盛り上げていきたいからな。そのためにはまだまだやること山積みやねん」

 コレクションだけではない。チェリィは仕事の面からもブレることなく目標へ向かおうとしている。すでに新作も出ないファミコンでこういうのもおかしな話かもしれないが、未来を切り開こうとしているように思えた。きっとそれはチェリィが心からゲームを、ファミコンを愛しているからなのだろう。

――“好き”を突き詰めてほしい。

 真琴が最後に残した言葉を、光希は反芻する。チェリィはコレクターの立場から、ゲームショップ店員の立場からその言葉を実践しようとしている。
 自分にできることは何だろう? “好き”を表現する方法、自分にしかできないアプローチ。あるとすれば――。

 かすかな心当たりはあった。それが正しいのか勘違いなのかは分からないが、見合った会社への履歴書送付も完了済みだ。毎回苦労している志望動機もあの時ばかりは嘘みたいにスラスラと書けて、それだけでも満足だったことを思い出す。
 奇跡でも起こらない限り書類選考すら通過しないだろう。だが、この就職難の時代でも挑戦する権利だけは誰にも等しく与えられている。だったら一時の夢くらい追いかけたっていいはずだ。ただ、そんな気持ちだった。

 ところが奇跡は案外、あっさり現実のものになったりする。例えばファミコン収集ではずっと探していたソフトがひょんな所から手に入ったり、市場価格を無視したような安値で見つかることがあったりしたように。それがゲーム以外で発揮されることだって、時にはある。

 光希は、ゲーム雑誌の出版社で面接を受けていた。
 好き勝手に描いた志望動機が採用担当者に刺さったのか、それとも別の理由か。何が評価をされたのかは分からないが、ともかく書類審査を通過し集団面接にまでステップを進められたのだ。
 趣味のホームページを運営することは、光希の中で大きな発見をもたらしていた。自分が書いたゲームの紹介文が誰かの心を動かして、顔も知らない相手の新しいゲームとの出会いに繋がる。文章の持つ力の強さを知り、もっと多くの人に届く媒体で発信をしたいと光希は考えるようになっていた。
 忘れ去られたレトロゲームの素晴らしさを文章で伝えたい。いつか再評価され、二度と忘れられることのない歴史となるように。
 それが光希にとっての、自分にしかできない“好き”の突き詰め方だ。

「大学生活の中で打ち込んだことはありますか?」

 お決まりの質問が面接官から投げられる。
 就活生たちは次々と自分の歴史を切り取り発表していく。部活動で優秀な成績を収めたこと、ボランティア活動に情熱を捧げたこと、資格を取ることに全力だったこと……どれもが傍から聞いていても立派なもので、どこで誰に聞かれようと恥ずかしくない内容だと光希には思えた。
 
 光希の順番が回ってくる。
 焦慮はあった。だが、心はとっくに決めている。自分という人間を誰かに伝えるうえで、決して外せないことなのだから。誰がなんと言おうとも、笑われようとも胸を張って言ってやる。

「ファミコン全ソフトを集めたことです。変わった趣味だと思われるかもしれませんが、その中で私は多くのことを学び、大切な友人たちを得ました。その経験を活かし私が御社でやりたいことは――」

 桜は、いつの時代でも変わることなく咲く。
 2003年の春。ファミコンがリリースされた1983年から、20年目の春だ。
 きっと今年はメモリアルな出来事がいくつも起こるのだろうと光希は思う。自分のこれまでの活動は、これからの活動はほんの少しでも盛り上げの原動力となっているのだろうか。分かりやすい数字で出るわけなんかではない。それでも、きっと無駄ではなかったのだと信じていたかった。

 自分の人生を変えたのはファミコンだ。高校生のあの時、何気なく手に取った1本のソフトから人生は大きく分岐を始めた。だからこそ、恩返しがしたい。人生にとてつもない充実をもたらしてくれた夢のマシンに。
 そのためにできることは何だろう? 光希は考えをめぐらせて笑みを浮かべる。先に広がるのは、かつての自分のようにファミコンはもう終わったゲーム機だと誰もが思っている世界。その認識を変える道にいまだ先人などなく、どう歩いていくかはすべて自分次第なのだ。

――いつかきっと、素晴らしい過去だったと振り返れますように。

 光希は歩き出す。
 過去を鮮明にするための、未来へと。

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